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ある男

 ある男がいた。その男は、ある夫婦のもとに生まれた。父親はとても優しく、仕事で忙しいものの、男はそれなりに幸せだった。だが、そんなある日、母親の不倫が発覚し男の両親は離婚することになった。


 その男は父についていくと言ったが、家庭裁判所が下した判決は男にとって不服なものであった。親権を獲得した母親に親としての自覚、いや、自身の子どもを愛するという、親として大切な所が欠如していた。


 母親は不倫相手と再婚し、男を気にかけなくなった。いや、虐待しだした。母親は愛人を喜ばせる為、どんどん色気づき、男ではなく愛人の娘に愛情を注ぐようになった。

「お前はあの弱男の血が流れている」

母親は男に吐き捨て、男の飯は用意しなかった。自分は愛人とその娘と外食に出かけ、その間、男は必死にバイトで稼いだなけなしの金でもやしを買い、それを湯がいて食べていた。バイト代といっても、その大半は母親に吸い上げられており、男の手元には中学生の一月の小遣いほどしか残っていなかった。


 母親の愛人もその娘も、だんだんと男を蔑無用になった。愛人は男を灰皿代わりに使い、娘は母親のように男からバイト代を吸い上げるようになった。

「金渡さないとママにレイプされたって言いつけるから」

そんな事実はないが、男にとってはその脅しが怖くてたまらなかった。


 そんなある日、その日は娘の誕生日だ。リビングには飾り付けが施され、朝から娘はもてはやされていた。男の誕生日にはおめでとうのひと言どころか、男には罵倒が浴びせられていたというのに。


 男の中で何かが吹っ切れた。まるで、手首につながっていた楔が切れるように、身体が自由になったように感じた。娘がおめでとうと言われている。そんな些細なことで、男の心から何かがあふれ出した。


 男は母親の愛人のクビを掻っ切り、悲鳴を上げる母親と娘を何度も何度も刺した。腹をきり裂き、出てきた腸をも滅多刺しにした。


 男は包丁を洗い流すと、自分の部屋の隅で震え始めた。パトカーのサイレンが遠くから響く。男の心では、死という文字が巡っていた。

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