7
成功によって。
お金が入った。
生活は目に見えて、変わった。
最初は、規模だけだった。
次第に扱う額が一桁、二桁と増えていく。金が入った。
生活は、目に見えて変わった。
最初に変わったのは、規模だ。
次に、桁が変わった。
扱う額が、一つ、二つと増えていく。
案件の質も上がる。
関わる人間の数も、立場も変わる。
だが――
やっていることは、同じだった。
見る。
削る。
決める。
それだけで、すべてがうまくいく。
⸻
「もう、遊びじゃないな」
間宮が言った。
高層階のラウンジ。
ガラス越しに広がる夜景。
グラスの中で氷が、静かに音を立てる。
「最初から遊びじゃないだろ」
俺は答える。
だが、その言葉に実感はない。
規模が大きくなっても、難易度は上がらない。
ただ、桁が増えただけだ。
「感覚、おかしくなるな」
間宮は笑う。
「これだけ動かしてるのにさ」
グラスを軽く揺らす。
「何もしてない気がする」
その言葉に、誰も否定しなかった。
ユイは、窓の外を見ている。
街の光を、ただ観察するみたいに。
「……ねえ」
ぽつりと呟く。
「まだ、ズレてる」
視線はそのまま。
俺たちを見ない。
「何がだ」
俺は聞く。
「全部」
短い答え。
だが、それで十分だった。
俺も感じていた。
ほんのわずかなズレ。
完全に一致していたはずの未来に、
微細な“揺らぎ”がある。
誤差にもならない。
だが――
確実に存在している。
「今日の案件」
ユイが言う。
「一つ、違った」
間宮が顔を上げる。
「違った?」
「あえて、外した」
⸻
空気が止まる。
「……は?」
間宮の声が低くなる。
「何してんだよ」
当然の反応だ。
俺も同じことを思った。
「理由は?」
俺は静かに聞く。
ユイはゆっくりと振り返る。
その目は、いつも通り冷静だった。
「“選択”をするため」
心臓が一瞬だけ強く打つ。
同じ結論に、辿り着いている。
「結果は?」
間宮が問う。
ユイは一拍置いてから答えた。
「少しズレた。でも、変わらない」
⸻
ズレた。
だが、結果は変わらない。
その意味は――重い。
「外れたのか」
「誤差の範囲」
ユイは首を振る。
「でも、“いつも通り”じゃない」
その差は小さい。
だが、確実に線から外れている。
今までの俺たちは、
“辿る”だけでよかった。
だが今回は違う。
初めて、線を外した。
⸻
「私は、これも“選択”だと思う」
ユイが言う。
「……どういうことだ」
「見えてるのに、選ばない」
静かな声。
だが、その意味ははっきりしていた。
間宮が舌打ちする。
「リスク高すぎだろ」
「今まで全部当ててきたんだぞ」
「わざと外すとか、意味わかんねえ」
正しい。
完全に正論だ。
だが――
「意味はある」
俺は言った。
間宮がこちらを見る。
「これができるなら」
続ける。
「俺たちは、“選べる”ようになる」
⸻
場が静まる。
選べる。
その言葉は、今の俺たちにとって重すぎた。
「……失敗したら?」
間宮が低く言う。
「全部、崩れるぞ」
資金。信用。積み上げたもの。
一つのミスで、すべてが壊れる。
「それでもやるのか」
俺は答えた。
「やる」
即答だった。
迷いはない。
いや――
迷い方を、忘れている。
「このままだと、俺たちは」
言葉が自然に出る。
「何もしてないのに、全部決まる状態から抜けられない」
それは、成功より厄介だった。
⸻
間宮が長く息を吐く。
「……狂ってるな」
「今さらだろ」
俺は返す。
数秒後。
間宮は肩をすくめた。
「いいよ」
「付き合う」
その目は、少しだけ笑っていた。
「どうせ、このままでも気持ち悪いしな」
ユイは何も言わない。
ただ、わずかに頷いた。
それで十分だった。
⸻
その夜、
俺たちは初めて――
“間違えること”を選んだ。
⸻
そして、その選択は




