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あの日から、俺たちは三人で動くようになった。
黒瀬、ユイ、間宮それぞれの役割が
最初からそこにあったかのように、自然に収まった。
最初の案件は、小さな投資判断だった。
規模も大きくない。
リスクも、通常の範囲内。
俺一人でも処理できる程度の仕事だ。
だが――三人でやった。
理由は一つ。
この仕事は序章にすぎない。
力を試し、
最終的に大きな仕事につなげるためだ
会議室には、資料と沈黙だけがあった。
窓の外は夜。
ガラスに映る自分たちの顔が、妙に他人行儀に見える。
「この投資は信頼できる」
俺は資料から視線を外さずに言った。
市場の動き。競合の反応。内部の意思決定
。
それぞれがどう絡み、どこに収束するか。
線としてではなく、層として見える。
「そこ、ノイズ多い」
ユイが短く言った。
指先で資料の一部をなぞる。
「感情的な判断が混ざってる。切るね」
その瞬間、視界がクリアになる。
比喩じゃない。
本当に、余計なものが“消える”。
残るのは、骨組みだけだ。
「……なるほど」
俺は小さく息を吐いた。
「じゃあ、これで」
間宮が言った。
一拍の迷いもなく、資料の一点を指す。
それで、終わりだった。
数週間後。
結果は、予測と寸分違わず一致した。
市場はその通りに動き、投資は最大の利益を生んだ。
偶然ではない。
再現性がある。
それは、すぐに証明された。
二件目。三件目。五件目。
どれも同じだった。
俺たちは、間違えなかった。
「……すごいな、これ」
間宮が、どこか現実感のない声で言った。
手元の数字を見ながら、笑っている。
だが、その笑いは軽い。
実感が伴っていない。
「怖いくらいに」
ユイが静かに返す。
彼女は笑っている。
ただ、結果を見ているだけだ。
違和感は、その頃からあった。
小さなズレ。
言葉にするには曖昧で、無視するには引っかかる。
「……なあ」
俺は資料から目を上げた。
「最近、“考えてるか”?」
二人の視線が、こちらに向く。
「どういう意味だ?」
間宮が聞く。
「そのままだ」
俺は言った。
「選ぶ前に、迷ってるか?」
沈黙。
数秒。
だが、やけに長く感じた。
「……正直に言うと」
間宮が視線を落とす。
「ほとんど迷ってない」
やっぱりな、と思った。
「見えてるからな」
俺は淡々と言う。
「選択肢も、その結果も」
「あなたは?」
ユイが聞く。
「俺も同じだ」
そう答えながら、違和感が残る。
同じ――ではない。
もっと、質が悪い。
最初は“読む”だった。
人の思考、状況、流れ。
それを拾い上げて、組み立てる。
だが今は違う。
“答え合わせ”だ。
すでに存在している正解を、なぞっているだけ。
「ねえ」
ユイが言った。
「これ、やっぱりまずいよ」
否定する理由がなかった。
それでも――止めなかった。
止める理由も、見つからなかった。
結果が出る。
成功する。
評価される。
数字は伸びる。
話は勝手に大きくなる。
そのすべてが、“正解”の延長線上にあった。
だから――
選び続けた。
「これさ」
間宮が言った。
その声は、今までで一番小さかった。
「なんだ」
俺は顔を上げる。
「俺、選んでるのかな」
一瞬、意味がわからなかった。
「どういう意味だ」
間宮は少し考えてから、言葉を探すように話し始めた。
「最初はさ、“選んでる”って感覚あったんだよ」
「どっちにするか、ちゃんと悩んで、決めてる感じ」
そこで一度、言葉が切れる。
「でも今は――」
視線が宙に泳ぐ。
「勝手に決まるんだよ」
空気が、わずかに冷えた。
「勝手に?」
ユイが聞く。
「どっちがいいか、わかる」
「だから選ぶ」
間宮は続ける。
「でも、その“選ぶ”がさ」
一瞬、言い淀む。
「自分の意思なのか、わからない」
沈黙。
その言葉は、妙に重かった。
俺も、同じことを感じていたからだ。
見える。
わかる。
理解できる。
だから、間違えない。
だが――
「それって」
ユイがぽつりと呟く。
「もう“選択”じゃないよね」
誰も答えなかった。
答えは、すでに出ていた。
その夜、俺は一人でオフィスに残った。
電気は落としてある。
窓の外の明かりだけが、ぼんやりと室内を照らしていた。
机に手をつく。
静かすぎる。
思考が、やけにクリアだった。
違和感の正体を、もう理解している。
これは――
“選択”じゃない。
最初から決まっている結果に、最短で辿り着いているだけだ。
過程があるように見えて、
実際には存在していない。
俺たちは、
選んでいるんじゃない。
その事実に気づいたとき、
なぜか――
逃げ場がないと思った




