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「行くか」


俺が言うと、二人とも何も言わずに歩き出した。


改札を抜ける。夜の街に出る。


終電を逃した連中が、だらだらと流れている。

酔っ払い、タクシー待ち、コンビニに吸い込まれる人影。


どこにでもある、夜。

――のはずだった。


しばらく無言で歩いたあと、ユイがふと口を開く。


「ねえ」


「なんだ」


「せっかくだしさ」


少しだけ振り返る。


「試さない?」


「何を」


「能力」


間宮の足が、わずかに止まる。


「……試す?」


「そう」


ユイはあっさり言う。


「どうせ、まだわかってないままなんでしょ」


間宮は否定しなかった。


「なら、使ってみるしかないじゃん」


正論だった。


だが――


「場所、選べよ」


俺は周りを見る。


人は多い。だが、誰もこっちなんて見ていない。


「むしろちょうどいいでしょ」


ユイは肩をすくめる。


「人がいる方が、わかりやすい」


間宮が静かに言う。


「……確かに」


短い同意だった。


「じゃあ決まりだな」


俺は息を吐く。


「やってみるか」


それだけで十分だった。


三人とも、止まらなかった。


「……見えるな」


思わず、口に出た。



そう言って、視線を横にずらした。

二人組が視界に入る。若い男女。 距離は近いのに、空気が噛み合っていない


楽しそうに話をしてる

しかし男は何度か口を開きかけているが、そのたびに飲み込んでいる。

落ち着かない。ポケットに入れて、出して、また入れる。


女はそれに気づいている。だが、気づいていないふりをしている。

なんとなく察しているのだろうか。

「……あれ」


俺は小さく呟く。

「別れるな」


ユイがちらっと見る。

「そんなにわかる?」


「ああ」


男の呼吸が浅い。決めているやつの呼吸だ。

でも、踏み出せていない。


女の方は逆だ。もうわかっている。

だから言わせない。“別れたくないがために。


「……タイミング待ちだな」


「あと数十秒で来る」


間宮が、二人を見たまま言う。

「……ああ。このままだと、あそこで止まる」


視線の先。街灯の下。少し明るくなる場所。


「そこで言う」


その言葉と同時に、二人の足がほんの少しだけ遅くなる。


「マジかよ……」


流れが、そのまま見えている。


ユイが一歩前に出る。


「じゃあ」


振り返らずに言う。

「ちょっとズラすね」


さっきよりも軽い言い方だった。


だが、やることは同じじゃない。


もっと意識的だ。


俺は止めなかった。


止める理由が、もうなかった。


男の喉が動く。呼吸が一つ、深くなる。


来る。


その直前。


ユイが、すれ違いざまに女の肩に軽く触れる。

「落としましたよ」


女が反射的に振り向く。


ほんの一瞬。リズムが崩れる。


その隙に、男の視線がずれる。

決めていた場所も、タイミングも、外れる。


「――あのさ」


声が出る。だが、それは“決めた声”じゃない。

少しだけ揺れている。


ユイはもうこちらに戻ってきていた。


数秒後。


後ろから、声が聞こえる。


「この後どうしよっか」


さっきとは違う言い方だった。

止まる位置も、少し手前。街灯の外。暗い場所。


「……変わったな」


俺は小さく呟く。


間宮が頷く。

「分岐が変わった」


その言葉に、少しだけゾッとした。


ユイが肩を回す。

「ね、いけるじゃん」


軽い口調。だが、その目は少しだけ鋭かった。


俺は、さっきの二人がいた方向を見ないようにした。

見たら、“その先”まで見えてしまう気がしたからだ。


「……なあ」


「これ、どこまでいけるんだ」


誰もすぐには答えなかった。


その時だった。


ユイがふと足を止める。


「――もう一個いい?」


視線の先。酔った三人組。


「今度は、私の番」


その一言で、空気が少しだけ変わった。



ユイはそのまま歩いていく。


その視線の先に、三人組の男がいた。


酔っている。


声が大きい。


一人が、しつこく店員に絡んでいる。


「やめとけよ」


俺は反射的に言った。


「面倒になる」


「大丈夫」


ユイは短く返す。


そのまま、まっすぐ歩いていく。


止める間もなかった。


「おい」


間宮も声をかけるが、ユイは振り向かない。


三人組のすぐ横を通る。


その瞬間だった。


「……あ?」


絡んでいた男の一人が、ユイの方を見る。


目が合う――はずだった。


怒りの矛先がユイに向けられると思った。


だが。


何も起きなかった。


視線が、滑る。


まるで、そこに“いない”みたいに。


「……今の」


思わず声が漏れる。


ユイはそのまま歩き続ける。


男たちは、もう彼女を見ていない。


完全に興味を失っている。


さっきまであれだけ騒いでいたのに、まるで最初から存在していなかったかのように。


「おい、今――」


追いついた俺に、ユイは軽く言う。


「切っただけ」


簡単に言うな、と思った。


「何を」


「繋がり」


足を止めないまま、続ける。


「視線とか、認識とか」


「私に引っかかるもの、全部」


背筋が少しだけ冷えた。


「……それ、どこまでできるんだ」


ユイは少しだけ考える。


「さあ」


曖昧な答え。


でも――


「少なくとも」


ほんの少しだけ振り返る。


「“関わらない”って選択は、強制できる」


その言い方が、妙に引っかかった。


強制。


俺は、さっきの男たちを見る。


もう誰もこちらを見ていない。


完全に切り離されている。


「……怖えな」


正直な感想だった。


ユイは少しだけ笑う。


「でしょ」


軽い。


軽すぎる。


だが、その軽さの奥にあるものは――


たぶん、軽くない。


間宮が静かに言う。


「……それ」


ユイが視線だけ向ける。


「使いすぎるな」


短い警告だった。


ユイは一瞬だけ黙る。


それから、肩をすくめた。


「さあね」


否定はしなかった。


夜の街は、何も変わらない。


人がいて、騒いで、流れていく。


俺たちは、意図して手を入れ始めていた。

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