4
男はまだ、自分の手を見ていた。
何かを確かめるように、ゆっくりと開いて、閉じる。
その動作に、さっきまでの“普通の人間”の気配はなかった。
「なあ」
俺は声をかける。
「今、見えてるのか?」
男は一瞬だけ迷ってから、頷いた。
「……うっすらだけど」
「このまま帰る場合と、帰らない場合」
「それぞれどうなるか、なんとなくわかる」
やっぱりな、と思った。
「で、どっちがいい?」
「帰らない方」
即答だった。
「理由は?」
「……わからない」
その答えに、ユイが小さく笑った。
「もう始まってるね」
俺はは少しだけ眉をひそめる。
「何が」
「選択が」
一瞬、空気が止まる。
間宮は何も言わなかった。
言い返せないのか、それとも――もう、理解してしまったのか。
「……で?」
間宮が顔を上げる。
「このあと、どうすればいい」
その問いは妙に自然だった。
助けを求めているわけでもない。
指示を待っているわけでもない。
ただ、“次の選択肢”を確認しているだけ。
「どうする、じゃない」
ユイが言う。
「もう決まってるでしょ」
「は?」
「私たちと組む」
あまりにも当然のように言った。
間宮は少しだけ黙る。
だがその沈黙は、“考えている”ものじゃなかった。
確認だ。
「……それが一番いいのか」
「そう見えてるんでしょ?」
間宮は、ゆっくりと頷いた。
「……ああ」
それで、決まりだった。
拍子抜けするほど簡単に、三人は繋がった。
だが――その“簡単さ”こそが、違和感だった。
「いいのか?」
俺は一応、聞いた。
「初対面だぞ、俺たち」
「関係ない」
男は即答した。
「一番いいなら、それでいい」
迷いがなかった。
その言葉に、俺はほんの少しだけ引っかかった。
“いい”の定義が、あまりにも曖昧すぎる。
だが同時に――俺自身も、それを否定できなかった。
ユイの遮断。
間宮の選択。
そして、俺の観察。
組み合わせた時にどうなるか。
見てみたい、と思った。
その時点で、もう十分に理由だった。
「……まあいい」
俺は小さく息を吐いた。
「試す価値はある」
ユイがわずかに笑う。
「決まりだね」
電車のアナウンスが、遠くで流れる。
だが、もう誰も気にしていなかった。
帰るという選択肢は、いつの間にか消えていた。
終電が去ったあとも、風だけがしばらく残っていた。
ホームに残ったのは、俺たちと、さっきまでの余韻だけだった。
「……そういえば」
俺はふと思い出したように言った。
「名前くらい、ちゃんと確認しておくか」
今さらだが、必要なことだった。
「今?」
「今だな」
順序としてはおかしい。
だが――ここまで来ておいて、名前も曖昧なままなのは、もっとおかしい。
「……間宮」
先に名乗ったのは、あいつだった。
「間宮 恒一」
短く、それだけ。
だが、その名前に乗る感情は薄い。
まるで“ラベル”を貼るみたいな言い方だった。
「さっきの話だと――選ぶんだよな」
「ああ」
間宮は少しだけ視線を落とす。
「選択肢が見える。……その先が、なんとなくわかる」
「……でも」
わずかな間。
「それが自分で選んでるのか、わからない」
「なるほどな」
俺は小さく頷く。
「厄介だ」
「だろ」
苦笑ともつかない表情。
まだ、“人間側”にいる顔だった。
「次は?」
ユイに視線を向ける。
「白石ユイ」
「能力は、“遮断”」
「見られない。読まれない。干渉されない」
「便利そうだな」
「不便だよ」
「全部切れるってことは、全部繋がらないってことだから」
最後に、間宮がこちらを見る。
「お前は?」
一瞬だけ、間があった。
「……黒瀬」
少し遅れて、実感が追いつく。
「黒瀬 蒼」
「能力は?」
「観察」
「人の思考と、意図。あと、流れだな」
「全部、“見える”」
「……最悪だな」
否定はしなかった。
「で」
ユイが言う。
「見る、切る、選ぶ」
三人を順番に指差す。
「綺麗に分かれたね」
「出来すぎだろ」
「だな」
だが――その“出来すぎ”を、誰も否定できなかった。
俺は天井を見上げる。
次に何をするかなんて、もう考えるまでもなかった。
視線を上げる。
間宮と、ユイ。
二人とも、同じ方向を見ている。
言葉は、いらなかった。




