休暇は終わりぬ
初夏、楽しい黄金週間の休暇が終る……
待っているのは、いつもの退屈な日々と、アルバイト。
学生としての勉強もそうだし、しばらく祝日のない日が並ぶ。
それでも、忘れない……この一拍、この休日の思い出を。
そしてまたカケルは走り出す……いつか地球を走る日を夢見て!
その朝は少し寝坊して、コテージを清掃して荷物をまとめた。
楽しい時間はあっという間で、これからリージョン横浜に帰るのだ。
カケルも荷物をリョウヤの車に積み込んでゆく。遅めの朝ごはんはどこかのサービスエリアに寄るとして、今日も初夏の眩しさにふと青空を見上げる。
「カケル君? これも積んでくださるかしら」
「ああ、ランねえ。こっちに」
改めて見ると、リョウヤのTVGヴィクトールは本当にいい。古い車だがボディにヤレも感じないし、馬力も低いがしっかり遊べる車に仕上がっている。それに、内装にも拘っていて、リョウヤが大事にしているのが伝わってくるのだ。
「……こういう車も悪くなくてよ。ね、カケル君」
「うん。スピードとバトルだけがモビル・モービルじゃないんだ」
気付けば隣に来ていたランが、車内へ目を細めて肘を抱く。
頭一つくらい背の高いランだが、女性特有の優美な曲線が大きさを感じさせない。局部的にふくよかすぎるのだが、彼女はクスリと笑った。
「この本革シート、正規品じゃいわ。どこかのショップでリョウヤ君が買ったんでしょ」
「へえ、そういうのわかるの?」
「私、クーペ・フレームやセダン・フレームが苦手なの。……車内が窮屈なんですもの。でも、このヴィクトールはいい車ね。私が乗っても車内が広く感じるもの」
「あ、そうか。それって」
そっとシート下を覗き見て、カケルは驚く。
ほんの少しだけ、シートの設置位置が低い。前後の位置もノーマルとはかなり違う。僅か数センチでも、ランのような長身の人間には感覚が違って見えるという。
三列シーターのワンボックス・フレームでも、最後部座席はラン専用にも見えた。
「こういうのもチューニングっていうのかしらね」
「走りを求めず、快適さと……あと、高級感?」
「カラオケとかも積んでるんですものね。遊びの車としてはレベル高いわ」
「本人はまたバイトでお金貯めて、デカいウーハーも積みたいって」
クスクスとランが笑った。
いかにもリョウヤらしい。
このヴィクトールは遅いし、エンジンも100ps出てればいい方だろう。古い型の中古車だし、モビルモードでも脚が生えるだけである。
だが、間違いなくいい車だ。
速い車に強い車、それとは別のベクトルでいい車なのだ。
「おーい、お二人さん。掃除は終わったぜ? って、なんだよ人の車見てニヤニヤしやがって」
リョウヤがアルクとアルを連れてやってきた。
最後の荷物を積むと、ヘヘヘとまんざらでもない笑顔である。
「イカすだろ? 俺の、俺だけの愛車。さ、乗った乗った!」
こうして皆は思い出だけを残して、車上の人になった。
朝のラジオはゴールデンウィークの混雑を静かに伝えてくる。渚の海風に洗われながら、リョウヤはナビをいじりつつ海岸線を走る。
今日も暑くなりそうで、リージョン湘南の海は輝いていた。
波間にはもう、サーフィンを楽しむ男女が大勢見える。その海沿いの下道をゆっくり流しながら、リョウヤは上機嫌でハンドルを握っていた。
「あーあ、もう一泊くらいしたかったなあ。でも、昨日はお姉ちゃんと話せてよかった」
「そうね、アルク。私も妹の新しい一面を見ましたわて……ホラー映画が駄目なのね」
「おねーちゃんだってそうじゃん!」
「わ、わわ、私は平気でしてよ。ふふ、こういう女子会的なの、またしましょうね」
「うんっ!」
「あと、少しは勉強も見てあげないと……モビモビばっかりいじってては卒業できなくてよ?」
「ギクッ! ……はぁい、勉学にもはげみまーす」
また少し、キラウラ姉妹は距離が縮まったみたいだ。
心なしか、バックミラーの上に座るセレーネも楽しそうである。純粋に自分のマスターが笑顔なのが嬉しいのだろう。そのセレーネの妹だが、アルはぼんやりと海を眺めていた。
その横顔がどこか寂しげで、しかし口元に浮かぶ小さな笑みが普段の無感情を払拭する。
「マスター、またこういう機会を持てたら素敵ですね」
「だね」
「決めました。わたしもアルバイトというものをしてみたいと思います。猫として家でのんびり過ごすのもいいのですが、お母様には見つからないようにシフトを組めば」
意外な決意宣言だった。
車内の誰もが驚いた。
だが、フンス! と鼻息も荒く、アルは両の手の拳を握った。
「ネットで現在の人類の経済状況は把握しました。わたしも一個単位の労働力として賃金を稼ぐことが可能です。それに、多くの人間に接すれば、失われた記憶が刺激されるかと」
「そっか、でも約束して。危ない仕事だけはしないでね」
「マスターやリョウヤのような接客業を希望します」
「まあ、僕は本当は厨房の人手として雇われてるんだけどね」
いつもの喫茶コロナではもう、バイトの人手は足りている。普通にファミリーレストランとか書店とかもいいし、アルならなんでも器用にこなすだろう。
突然の勤労意欲を励起させたアルはしかし、妙なことを言い出した。
「わたしの……オリュオーン911-TSの性能をより向上させたいのです。マスターの走りについていける、どもまでも要求を満たせるマシーンにわたしはなりたい」
カケルはちょっと困惑した。
確かに今、オリュオーンは規制のオーパーセンテージギリギリ、たまに違反レベルでパワーが湧き出る本物のオリジナル世代モビル・モービルだ。逆に、最新のパーツを買って組み込めば、ほどほどに抑えて乗りやすく、より速く強いモビル・モービルになるだろう。
だが、今は亡き父親のことが脳裏を過った。
優しい父だったし、母との関係は蜜月としか思えぬものだった。
同時に、伝説の走り屋と呼ばれた存在だったらしい。
母を夜の街で働かせて、その金と自分の稼ぎで車をチューニングしていたのだ。
「……アル、気持ちは嬉しいけど……僕はそのお金は受け取れないよ」
「なぜですか? オリュオーンはわたし自身です。わたしはあの子のエンジンです」
「それでもだよ。じゃあ、例えばさ……タイジさんとか一流の走り屋って、女の子の貢いだお金で走ってるのかな? 僕は違うと思う」
うんうんと運転席のリョウヤが頷く。
横浜リージョン最強のムーンランナー、チーム『ヴァルハラ』の頭を張る男、タイジ。彼の昼の顔を誰も知らない。チームの仲間でさえもそうだし、雑誌のインタビューなどを受けても彼は本職を語らなかった。
だが、自分の車は自分の稼ぎで強化する。
ただでさえ難しいロータリーエンジンのRDX-7サイファーは、莫大な改造費を要求してくるはずだ。タキオン粒子の燃費も悪いし、さりとて彼が大金持ちの息子だという話も聞かない。
そして、カケルにとってはその謎自体が答えだ。
「僕の車は、アルのことは僕のバイト代でなんとかする」
「そ、それにほらっ! チューニングはアタシが担当するから、なんならタダで」
「それもダメだよ、アルク。お金をもらうということは、仕事に責任を持つこと。だから、いくら幼馴染でもタダ働きは受け入れられない。僕が払いたいんだ、代価を」
自分の車は自分の手だけで維持する。
シングルマザーである母親のリョウカに頼ったこともないし、バイトで貯めた金だけで以前車を買った。それがバトルでスクラップになって、それでも生き残ったカケルはもう降りれない……勝ちも負けもない勝負の世界から降りられないのだ。
最高のモビル・モービルを得た今、夢への一歩を大きく前進した。
夢を叶えるためにオリュオーンをチューンする、その手段は父親と別の選択をしたかった。
「なあ、アルちゃん。ちょっと考え方、変えてみぃ?」
「は、はあ、リョウヤ。ですがわたしは」
「今回の一泊旅行、楽しかっただろ?」
「はいっ! とても、凄く、とても凄い愉悦でした。やすらぎを得ました。でも」
「それでいいのヨ。カケルと、あとできれば俺たちともまた、こういう時間を過ごそうぜ。そのために働いて、車の自分にじゃなくて、アルちゃん本人に使う金を稼ぐのさ」
隣の助手席に座るカケルは、時々リョウヤが凄く大人に見えることがある。ナンパ大好き、美人に目がない軽薄さを気取っているが、いつもリョウヤの言うことは正直だった。言葉にも行動にも嘘がない。
そんな親友が優しくバックミラーのアルに微笑む。
「次は夏休みかなあ? 別地区、エウロパ方面とかアメリカ、南アジア地区もいいよなあ。またみんなで遊ぼうぜ。そういうの、アルちゃんは嫌かい?」
「否定! 否定です! わたしは、そうですか……自分のために働いていいんですね」
「それをカケルは望んでるし、俺たちも稼ぐしよ。キラウラ姉妹は実家が太い、加えて兄の方は脚も太いからよ。うまくいけばまた、夏休みに一緒に遊べるぜえ!」
最後列の自分専用シートからランが「誰が大根脚ですってぇ!」と身を乗り出したが、本気の怒りではなかった。どこか儚げで小柄な妹アルクと違って、ランは長身痩躯ながら筋肉美に彩られたアスリート体系かつ巨乳美少女だった。
ファンタジーRPGなら、ビキニアーマーで大剣振り回してそうな女の子なのである。
「大丈夫だって、ランねえさあ! 需要あるから、需要! 俺は趣味じゃないけどな!」
「リョウヤ君? 私だって、貴方みたいなチャラチャラした男子は御免でしてよ」
「うっひょー、手厳しい! ……でもま、またこういう時間が持て……大人になっても持ち続けていたいよなあ」
リョウヤはへらりと笑ってアクセルを踏む。車は全員を乗せたまま、ハイウェイへのゲートをくぐって加速するのだった。
- TIPS -
・ヒロインたちの秘密のスペック
アル:身長160cm、体重48Kg、B84、W54、H88
アルク:身長148cm、体重44kg、B78、W55、H80
ラン:身長192cm、体重62kg、B108、W65、H98
ミサキ:身長170cm、体重???、B92、W58、H94
リョウカ:身長162cm、体重70、B88、W68、H96




