夜空に見上げて、地球
今宵はみんなでパジャマパーティー!
星降るよるの、子供だけの集い……
もうすぐ子供じゃいられなくなる。
そんな少年少女の特別な夜は……映画鑑賞!?
賑やかな夕食から一転、静かに夜はふけてゆく。
ゲームでの再チャレンジと再敗北を終えた姉妹が、映画を見たいというのでチャンネルをつなげてみた。ちょっと古いホラー映画なんかを選んで、最初はわいわい見ていたのだが……ちょっと、だんだん会話が途切れてきたとこだった。
ちなみにカケルはなんでも見るし、どんな映画でも楽しめるたちだった。
「……ちょ、やっぱり電気つけようよ。って、ひっ――!」
「あら、こ、怖いのかしらアルク。一人で部屋に戻って鍵かけててもよくてよ?」
「それ絶対に死ぬパターンじゃん! ううう」
妹をからかうランも、両肩を抱きつつ震えている。
これは確かに怖い、何百年も前に作られた古典ホラーとは思えない出来栄えだ。一本の呪いのメディア(ビデオという古代の磁気テープらしい)をめぐる物語で、井戸の底から……というシーンで悲鳴と絶叫がほとばしった。
リョウヤはケラケラ笑っているが、キラウラ姉妹は抱き合いガクブルである。
アルはといえば、全くの無反応だった。
セレーネも同様である。
「ちょ、ちょっと! なんで井戸を掘り出すのよ!」
「だ、だだだ、だって、呪いを解くには」
「あーもぉ、この男も男ですわ! ここは任せてお前は下がってろ! くらい言えないのかしら!」
「だからお姉ちゃん、それ死亡フラグだって……ひ――!!!!!!!」
そんなこんなで、映画は大団円? を迎えた。
筈だった。
いやー、怖かった怖かったとリョウヤが部屋の電気をつけると……映画はまだ残り10分ほどを残して続いている。そして、突然全てが解決した世界に新たな恐怖が舞い降りた。
「え? ま、待ってお姉ちゃん! つ、続きが」
「嘘……テレビが勝手について、あれって」
「い、いっ、いいい、井戸だよ、井戸!」
「し、しかも……嫌ですわ、ふちが欠けてますの……こ、こここ、これって」
再び悲鳴が夜気を切り裂いた。
さすがにカケルも驚いたが、やはり隣のアルは平常心だった。
リョウヤもやれやれと笑っている。
「ええと、つまり? お姉ちゃん、これって」
「呪いを解く方法は……あの媒体を別の媒体にコピーすることですわ」
「じゃ、じゃあ、増えちゃうじゃん! なんだっけ、呪いのビデオテープ?」
「なんて恐ろしい……」
リョウヤが端末を見つつ「あー、なんか続編もあるぜー?」と言った瞬間、二人は同時にソファから転げ落ちた。
やはり姉妹、凸凹コンビでも似たところがある。
ふたりはやんわりと拒否して、ふらふらと立ち上がった。
「そ、そろそろ寝ますわ……夜更かしはお肌の大敵ですもの」
「そそそ、そうだよねお姉ちゃん! ……ひ、久しぶりにゆっくり話したいし」
「ええ、ええ! 二人でツインの部屋で寝ましょ! お話したいのですわ」
「ひ、一人だとほら、あれだし? べ、別に怖いわけじゃ……いこいこっ!」
ばたばたと二人はおやすみの挨拶をして行ってしまった。
ベッドが二つある部屋はキラウラ姉妹が使うとのことで、あとはシングルの部屋が二つ。アルは猫になってカケルと寝るからいいと言う。
そういう訳で、お開きかなと思ったその時だった。
「……カケル。お前さ、覚悟……あっか?」
「え? なんだよ突然」
「ハイウェイを200kmオーバーで走って、月面でガチのバトルして……そういう男ってさ」
「あ、うん」
突然、真剣な顔でリョウヤは冷蔵庫を開けた。
そして、中から意外なものを取り出した。
「ちょっぴり大人になる覚悟、だぜっ!」
彼が持っているのは、キンキンに冷えた缶ビールの六本パックである。
時間はまだ十時をまわったばかり、普段なら走っている頃合いだ。それも違法行為なら、未成年の飲酒も同じである。
もちろん、カケルは今までお酒なんて飲んだことがない。
飲んだくれた母を世話する側ではあるが、特に興味がなかったからだ。
なにより、お酒を飲むとモビル・モービルに乗れなくなる。
道交法をこれでもかと無視しまくる走り屋にも、マナーやモラルは存在した。
が、今日はバカンスの夜である。
「……いいよ、飲んでみようか。アルは?」
「わたしとお姉さまも頂きたいと思います」
「おーっしゃ! 酒ってやつがどんだけ美味いか、試してみようぜ!」
普段とは違う非日常……だが、少しドキドキする。高速域でのレーンチェンジ、そしてオーバーテイク……そういう時とはまた違った緊張感があった。
そういう訳で、四人で缶ビールを開けて乾杯してみる。
テレビは適当に今日のニュースを謳っていたが、少年たちには関係なかった。今日もパトモービル部隊が出動して、リージョン湘南の出入り口でバトルがあったらしい。
ちらりとリョウヤのTVGヴィクトールも映ったようだ。
だが、カケルは初めての苦みにそれどころではない。
「……あんまり美味しくないね」
「プハーッ! だな、カケル……苦いだけじゃね? アルは?」
「懐かしい味がします」
「うむ、何年たっても冷えたビールは美味いのう!」
皆それぞれだが、アルはタキオン粒子生命体だ。軽く300年は生きている。セレーネも一緒で、彼女はビールをストローで飲みながら缶の上で脚を組みなおした。
ほんのり光ってて小さいので気にならないが、彼女は常時裸である。
「どうじゃ、小僧たち。少しは大人になれたかのう?」
「セレーネさん、これ……どうして大人はこんなものを嬉しそうに飲むんですか」
「それな、カケル! しかも、結構なお値段するんだぜ?」
ちびちびと舐めてみるが、やはり馴れない。リョウヤはグイと一杯いこうとしたが、せき込んでむせた。どうやら少年たちには、まだまだ早いようだった。
アルだけが真顔でゴクゴクと飲み干した。
そしてセレーネが、小さな翅を羽撃たかせて二本目を運ぶ。
「いいかや、小僧たち。人は酒を飲むから嬉しいのではない。嬉しいから酒を飲むのじゃ。悲しい時も同様、喜怒哀楽の全てに酒が必要なのじゃよ」
「へー、そんなもんかねえ」
「そんなもんじゃよ。酒は飲む者の心で味が変わるものよ」
なんだか、わかったような、わからないような?
だが、セレーネから受け取った二本目を開けて、アルが静かにつぶやく。
「わたしは、美味しいです。マスターやそのご友人、お姉さまがいるので」
そう言って彼女は、クイとビールを一口飲む。
鼻の下に泡がついて、まるで白髭みたいになっていた。
「アル、これで拭いて」
「あ、ありがとうございます、マスター」
「アルが美味しいなら、それでいいさ。僕たちにはまだ早いみたい」
まだまだ子供、高校二年生という自分を自覚した。はしゃいでバカ騒ぎするような気分にもなれないし、しんみり悲しさを酒で癒すこともない。
ただ、いつか大人になったとき……また友人たちとこういう夜が送れればいい。
心からそう思って、最後の一滴まで飲み干すカケルだった。
「うーん、やっぱり苦いだけかな。リョウヤ」
「おう! 俺たちはおこちゃまらしくコーラでも飲もうぜ」
「うん。……せっかくだから、外でどう?」
「いいねえ。野郎同士っての以外は最高じゃんか」
「ごめん、リョウヤがかわいそうだからアルもセレーネも来て」
「かわいそうって言うなし!」
テラスに出てみると、夜風はまだまだ少し冷たい。
五月の星空は、天井のドームが映す硝子の夜空……その先に、本物の星々が小さく光っている。見上げればホログラムも実際の星明りも一緒だ。
そして、ずっと高く高く、天空の闇夜に蒼い星。
「今日も地球がキレイに見えらあ」
「うん。……いつか行って走りたいよね。本物の地球の大地を」
そんなことを言いだしたら、テラスの手すりでセレーネがケタケタと笑い出した。
燐光をばらまきながら、ふわりと彼女は夜空に浮かぶ。
「人間とは度し難いのう。あれだけ母星を荒らしておいて、まだ恋しいのかや」
「……タキオン粒子エンジンって、排ガスとかでないし」
「そういう話ではないのじゃ。見よ、300年経ってやっとここまで蘇った緑を」
かつて人類は、あまりにも地球に甘え過ぎた。
挙句の果てに、大地球戦争を起こして、自らの居場所を壊してしまったのである。モビル・モービルは、その時代に作られた機動兵器だった。
「……面白い話をしてやろうかのう。昔、人類が初めての自動車を作った時の話じゃ」
「大昔だね、たしか……フランス?」
「そうじゃ、そして次に二台目を作った。結果、人類はなにを始めたと思う?」
カケルはリョウヤを振り返ったが、彼はコーラ片手に首をひねるだけだった。
そして、セレーネは愉快そうに喉を鳴らしてビールを一口。ストローでポールダンスをするようにくるりと回って囁いた。
「どっちが早いか競い始めたのよ。これが人間の闘争本能……戦争する余裕すらないこの月面でさえ、人はスピードを求めて競い合う。挙句、武装して戦い合う」
それは真実で、もしかしたら真理しかもしれない。地区ごとにリージョンを維持しつつ、月は人間同士の戦争には狭すぎた。また、生きることで精いっぱいな環境は、自然と軍事費を縮小、ついには軍隊を捨ててしまったのである。
それでもカケルは走る……自分の愚かさと向き合い、その業を背負ってでも。
- TIPS -
・月面での生活と世界
月面の重力は地球の1/6である。
そのため、どこのリージョンも重力発生装置が必須だ。
それを地下に持つため、大量の電力を消費する。
なので、リージョン内の街並みは20世紀レベルだ。
また、月は小さいため、地区遠しが比較的近い。
小さな月に密集するようにリージョンがあるのだ。
この狭さが、人類から優しく戦争を奪った。
もう、どこの地区も誰もが隣国同士であるから。




