常夏ビーチの魔女はマイペースすぎる
渚のメロディ、白波のハーモニー♪
初夏の海に今、広がるの……恋が。
渦巻く波濤の大きな海に、泳ぎ出すあなたが好きだわ♪
だけどお願い、サンオイル塗って……日焼け止めでもいいの♪
あなたの手と肌で、わたしにあなた色を焼き付けてほしいの~
浜辺に戻ったカケルを待っていたのは、アルクの旺盛な食欲だった。
とりあえずトロピカルジュース、それに焼きそばとチョコバナナ、かき氷。もうすでにカケルの財布はオーバーレブ寸前のエンジンみたいなことになっていた。
それでも、自分にアイスコーヒーを買って、ランとアルの飲み物も買う。
リョウヤは多分、ナンパ相手とよろしくやってるだろうから大丈夫だろうと思った。
「んー、美味しいっ! 海の家って、なに食べても美味しいよね!」
「それはよかった。って、そんなに食べて大丈夫? もうすぐお昼ご飯だけど」
「別腹、別腹! お昼のバーベキューは別腹! あー、人の財布で食べるスイーツやホットスナックって最高!」
すっかりアルクはご機嫌である。
そして、荷物を置いた元の場所に戻って、一足先にバーベキューの用意をしようと思った、その時だった。
なにやら人だかりが出来ていて、その中に長身の巨漢が二人立っていた。
その片方がネイティブな英語で話しかけているのは、ランだ。
しかし、ランもまた流暢な英語で応対している。
どうやらナンパされてるらしく、それを断っているようだ。
「わわわ、馬鹿姉なにやってんの! だ、大丈夫かなあ」
「ランねえなら大丈夫でしょ。話的にも物理的にも」
元は、プロチームから複数声がかかる凄腕ライダーだった、それがランだ。細くしなやかな痩身は、女性特有の優美な曲線で出るとこ出ててくびれてる。さりげなく割れた腹筋も鍛えられた左足も、まるでギリシャの太古の石像のようだった。
右脚の義足が頼りない適当な仮のものなのは御愛嬌である。
思わず見惚れて、そのことに気付いてカケルは歩み寄る。
アメリカ地区から来たと思しき二人のマッチョは、その片方が諦めたようだった。
「よーし、選手交代だ。オレは日本語オーケーだぜ、お嬢ちゃん」
「なら話は早いわ。友達と遊びに来てるの、デートの相手は別の人を選んでくださる?」
「デートの相手なら別の女でもいいさ……その先はやっぱり、かわいこちゃんじゃなきゃな」
「こうみえて私、じゃじゃ馬でしてよ? あなたごときに乗りこなせるかしら?」
よせばいいのに、ランはどこか挑発的だ。
そして、それを外国人の男は楽しそうに笑っている。とにかくもう、筋肉ダルマという表現がぴったりのアメリカ人だ。身長は2m以上あって、あのランが小さく見える。
それよりずっと小さいカケルが、二人の間に割って入った。
「おう、なんだあ? ボウズ、お姫様のナイト気取りかあ?」
「いいや、ナイトそのものさ。気取って繕うより先に、ランねえを困らせる人には引きさがってもらいたいんだ」
「ハッ! 言うじゃねえかボウズ。俺ぁV型12輝筒エンジンのいかしたモビモビ乗ってるんだぜ? そいつで夕暮れの海岸をクルーズして、彼女を楽しませようってんだ」
「あー、うんV12……えっと、どこの車かな。良かったら見せてもらえますか? それはそれで興味あるので」
平然としているカケルに、外国人の男はピクリと片眉を跳ね上げる。そして、次のランの行動が相手の導火線に火をつける。よせばいいのに、紅蓮の魔女が焔を振りまく。
ランはしなりとカケルによりかかり、その手から彼のアイスコーヒーを取り上げた。
それを一口飲みながら、ぐっと身を寄せクスクスと笑う。
「そういう訳なの、マッチョさん? この子、モビル・モービル馬鹿だけど、私の大事な人でしてよ? さ、わかったら退散なさいな。それとも……バトルしてみます? 自慢のV12で」
一触即発の雰囲気だったが、ビキビキと額に欠陥を浮かべた男は突然笑った。高々と笑って、スキンヘッドの頭をピシャリと叩く。
殺気交じりだった空気がはじけ飛んで、やれやれと聴衆も四散してゆく。
慌てて駆け寄るアルクを腕にぶら下げながら、ランはフフンと勝気に微笑んだ。
「こいつはいけねえ、熱くなり過ぎてしまったみてぇだ。許してくれ、ジャパニーズガール。相棒のこいつと二人じゃ、どうにもむさくるしくてな」
「いいえ、気持ちはわからないでもないですもの。でも、私はもう予約済みなの。ごめんなさいね」
「別を当たるとしよう。……ちなみにお嬢ちゃん、その脚だが。日本地区には魔女が出るらしいな?」
「さて、どうかしら? ただバトルとなれば容赦はしないわ。魔女は今バカンス中だけど、素敵なナイト様がいるんですもの。ね、カケル君?」
マッチョな二人組はカケルを見下ろし、笑って去っていった。
本当にもう、こういうのはやめてほしい。強気で勝気でお転婆で、じゃじゃ馬娘で自信家で。そんなランがでも、小さい頃からカケルは頼もしく思えてるのだった。
「ふう、行ったか……」
「ありがと、カケル君。頼りになりましてよ? ナイト様。怖かったでしょう」
「いや、V12エンジンのモビモビ、見たかったなあって。軽く600psは出るとして、脚はどうするのかな。ドッカンターボの直線番長みたいな車なのかなって」
「……あきれた。まあいいわ、それでこそのカケルでしてよ。アルクも心配かけたわね。もう大丈夫ですわ」
そうしてランは、改めてカケルにアイスコーヒーを返すと、自分用のドリンクを受けとる。ゴクゴクと喉を鳴らして天を仰ぐ、そんな彼女のシルエットが逆光に輝いて見えた。
「プハーッ! 愉悦! 愉悦ですわ! はあ、人のお金で飲むトロピカルジュースは最高でしてよ。ベネですわ」
「やっぱ姉妹なんだね、ランねえ……さて、そろそろお昼の準備をしようか」
「お姉ちゃん、はい焼きそば! カケルが準備してる間、一緒に食べようよ。こっちはかき氷! チョコバナナも、はい、あーん!」
一時期は疎遠だったが、今のキラウラ姉妹はとても仲がいい。昔に戻ったみたいで、月並みながら『仲良きことは美しきかな』と思うカケルだった。
実際、ナンパされるほどランは美人で。
アルクもかわいらしくて別の魅力を放っていた。
「あれ? そういえばアルとセレーネは」
周囲を見渡せば、そこには荘厳な砂の城が完成していた。
……ただし、見るも見事な日本の城郭である。
「よくやった、我が愚妹よ! ふむ、子の天守閣……悪くないのう」
「あ、マスター。お疲れさまです。砂遊びを完了しました。どうでしょうか」
「どうでしょうか、って……クオリティ高いね。無駄に高い」
フンス! とアルは得意気である。行き交う人たちも皆、突然現れた砂の天守閣に唖然としながら通り過ぎる。最上階に居座った小さなセレーネは、小瓶の冷酒を買ってその蓋で昼から飲んだくれていた。
呆れたことだが、アルもセレーネも三百歳だ。
ある程度お小遣いにとアルにも現金を持たせたのが間違いだったかもしれない。
「見てください、マスター。過去の記録に基づき。多数の枡形を配置しました。現時点でかなりの防衛能力を持った堅牢堅固な城だと自負しています」
「うんうん、凄いね。はいこれ、アルも水分補給してね」
「あっ、ありがとう、ございます。……その、マスターから頂いたお小遣いは」
「セレーネがお酒に変えちゃったんだね。気にしなくていいよ。セレーネも楽しんでね」
セレーネは自分より大きな酒瓶をかついで、その蓋をコップ代わりにパタパタと飛び立つ。そうしてカケルの肩に乗ると、赤らめた頬をさらに赤くして微笑んだ。
「美味いのう! 妹の財布で飲む酒は格別じゃ」
「……みんなそゆこと言うよね。でも飲み過ぎには注意してね」
「大丈夫じゃ。それよりカケル……どうじゃ、我がマスターは」
「ん? ああ、やっぱり昔みたいに気安く仲良くできるようになってよかったよ。これもセレーネのおかげでもあるしね。本気の走りでしか取り戻せないものもある」
「……お主、真顔でそういうことを言うんじゃなあ。まあよい、我のボディはアルクが手を入れておる。マスターも義足が仕上がれば……また走り出すぞよ」
そう、それはカケルも予感していた。
だからアルクは、なにも言わずにランのシュペリオンGX-Zを修理し、デチューンしている。もう、暴力的な紅い疾風は消えた。それでも、ランには、姉には好きなバイクに今後も乗ってほしいのである。
その仕様をめぐっては、最近は頻繁にランとアルクとセレーネで激論になっていた。
「それとのう、カケルや」
「ん? なんだい、セレーネ」
「我ら姉妹はトライスター社のオリジナル世代での……我にはもう一人妹がいる」
「えっ? それって」
「トライスター社、その名の通り姉妹の三ツ星よ」
――その名はヘカテー、月の三女神の一人。
そのタキオン粒子生命体エンジンを乗せたモビル・モービルが存在するという。
それはカケルにとっては、初めての衝撃的な真実だった。
「……その子は、生きてるの?」
「わからん! 我も愚妹も、あの大地球戦争を生き延びて月に流れ着いたからの」
「でも、可能性はゼロじゃない」
「そうよな。だから……いつか走れば出会うじゃろ。その時は――」
セレーネは酒を注ぎ足し、それを一気に飲んで口元を手の甲でぬぐう。
「その時は、容赦しないことじゃ。お主はお主の走りを貫け。バトルはガチンコ、我が妹とてそれはわかっていよう」
「……うん。でも、走りでもバトルでも、競い戦う中で御互い生き延びたいよね」
「甘ちゃんじゃのう。……お主、もっと愚妹を、アルを使いこなせるぞよ」
「むしろ逆ですよ。僕がアルの力を引き出せていない」
そんな時だった。不意にガシッ! と背後から肩を抱いてくる友の姿がいた。
「カケルー、バーベキューすっかよ……ナンパ成功率14%ってなんだ! どうしてだ!」
「いや逆に、成功率あるんだ。よかったじゃん、楽しかった?」
「いや、迷子になった小学生の子供たちをね、保護してね、熱中症怖いからドリンク飲ませて、その間ずっとお話してて……違う、ナンパってもうちょっと違う」
その女児たちは、リョウヤが手続きをしっかり届けたおかげで無事に保護者の元に帰っていったという。リョウヤは女と見れば節度を忘れるガッカリナンパ野郎だが、その根っこにはいい人オーラが隠せない部分があるのだった。
かくして、苦笑しつつカケルはリョウヤとバーベキューの準備をするのだった。
- TIPS -
・アメリカ地区
基本的に月面では、300年前に存在していた全ての国家が成立している。
しかし、月は小さくて狭い…日本地区からアメリカ地区も近所である。
お互いのドーム都市、地区ごとのリージョンが密集しているのもあって……
それで人類は戦争を忘れることができた、あまりに月は狭かった。
アメリカ地区ではリージョンハワイなどが人気の観光地である。




