飛び出せ!夏待ちの渚へ!
Hey! DJ! とっておきのナンバーを頼むぜ!
ご機嫌な連休の始まりだ! Stay Tuned!
お次はこいつだ、『ムーンダスト・ダンス』ッッッッッッッッッ!
シャロン・リーの最新曲、なんとリリース前に初登場!
さあ、アゲていこうぜ、乗り遅れるなよ! 黄金週間をカッ飛ばせ!
待ちに待った五月の連休が訪れた。
朝からカケルは、母リョウカの帰宅を待って家を出る。
荷物は少ないし、連れも猫のアルだけである。
「カケルー? もう出るのぉ?」
「うん。一泊で帰ってくるから。因みに母さん、連休の予定は」
「飲んでー、食べて―、寝るー!」
「はは、帰ったら一緒にご飯でも食べに行こうね」
「おー!」
そうだ、と思い出しようにリョウカはパジャマのポケットから封筒を取り出した。それをカケルの手に握らせ、さらに手を重ねてくる。
「少ないけど、お小遣い。みんなで美味しいもんでも食べなー?」
「えっ、い、いいよ。バイト代だってあるから」
「いいのー、子供が親に遠慮するなってな、わはは!」
「あ、ありが、とう」
「帰ったらそのバイト代とやらで、中華でもおごってもらおうかな」
カケルの家は母子家庭、決して裕福ではない。それは、リョウカが夜の街でもトップのホステスでも同じだ。だから、この小遣いは宵闇の蝶がこぼした光の鱗粉にも等しい。
「アルちゃんもいい子にしてくんでちゅよー? よーしよし、ゴロゴロゴロゴロー」
今日のアルはおとなしく猫を演じている。この間みたいに不用意に喋らないよう、やんわりと釘をさしておいたからだ。
そうこうしていると、クラクションの軽やかな音と共に迎えの車がくる。
やってきたのは、皆が乗ったリョウヤのTVGヴィクトールだ。
「おっす、迎えに来たぜー!」
「おば様、おはようございます。御無沙汰してますわ」
「もー、お姉ちゃん硬いってば。おはようございまーす!」
皆、朝からテンションが高い。
緩やかに停車したバンから、皆が降りて頭を下げてくる。
「あらあら、みんな元気ね。……ランちゃん? その足」
「え、あ、これは、ええ。今は仮義足なんです」
「なんか、ちょっとだせえよなあ。ラン姉、もうちょっとどうにかならねえの?」
今のランは、右脚が露骨に金属色の義足だった。
しかも、むっちりとした左の生足に比べて、いかにもロボットといった感じのものなので少しおかしい。本人も気にはしているが、それでもホットパンツに魅せブラという軽装だからなおさらクスリと笑えた。
脚は折れても自分は曲げない、それがラン=キラウラという少女だった。
「じゅあ、行こうぜ! おばさん、お土産期待しててくれよー!」
「あらあら、ありがとうね。みんな、気を付けていくのよー? あ、カケル。これも」
「……いらないよ、母さん。そういう旅じゃないから」
手元をアルクが覗き込んでくる中、カケルはそっと渡された避妊具を押し返す。あらあらまあまあとリョウカが笑ったが、本当にただの友達、幼馴染同士の旅行なのだ。
今はそうだろうと思うし、これからだって変わらない。
この時はカケルは、本当に心底そう思っていた。
「よーし、出発! フッ、待ってろよリージョン湘南……遊び倒してやるぜ!」
「なんか音楽かけてよ、リョウヤ! ほら、お姉ちゃんもリクエストして」
「え、わ、私? ……じゃ、じゃあ、シャロン・リーのナンバーを」
「マスター、姿を戻します。今日も賑やかですね」
アルがぬるりと人の姿になる。助手席のカケルは、勤めて後ろを見ないようにリョウヤと固まった。だが、バックミラーにいやでも華奢な裸体が着替える姿が見えてしまう。
こうして四人と一匹……改め、四人と一基のバカンスが始まるのだった。
ヴィクトールはゆるゆるとハイウェイへ向かって下道を走る。
街はどこか浮ついた朝で、全てが華やいで見えた。
「リョウヤー、はいポッキー! あーん!」
「お、サンキュ!」
後ろから身を乗り出したアルクが、菓子をリョウヤの口に放り込む。
すぐに彼女は、助手席のカケルにも振り返った。
「カ、カケルも! あーん!」
「や、僕は手はふさがってないけど……ありがと」
「へへへ、ほらアルもお姉ちゃんも!」
意外なことだが、アルはなんでも食べる。もちろん、タキオン粒子生命体にして生きたエンジンなので、スタンドで粒子を補給することも可能だ。
だが、基本的に猫の時も人の姿も、彼女は人間と同じ食事を好んだ。
それも、よく食べる。
凄く、よく食べるのだった。
「っと、高速に乗るぜぇ!」
「おーう! かっ飛ばせリョウヤー!」
「安全運転で頼みますわ、よくて?」
「マスター、飲み物もどうぞ」
賑やかな車内に最新の流行歌が響く。楽しいゴールデンウィークの始まりである。そして、改めてカケルは車窓の風景に感嘆の溜め息をこぼした。
「僕たちの街……リージョン横浜って、こんなだったんだ」
いつもあつまる埠頭は今、観光客がひしめく宇宙港だ。無数の高層ビルが乱立し、その狭間に中華街が密集している。郊外に目をやれば、緑も多くて無国籍な住宅が密集していた。あの中のどれかが、カケルが母と暮らしているアパートである。
普段は夜しか走らないし、朝は寝ぼけ眼でエアボードだ。
だから、明るい朝のハイウェイがどこか新鮮に感じる。
「どした? カケル」
「あ、いや……明るいうちから走ってるのって、なんか珍しいなって」
「まーな! 夜の横浜もいいけど、朝に走ると気持ちいいぜ!」
「うん。疲れたら言ってね、運転代わるよ」
もうすでに背後では、キラウラ姉妹とアルでかしましく話題がはねて踊る。以前アルクが言った通り、ランは幼い頃の柔らかさというか、本来の素顔を取り戻したようにも見える。彼女の笑顔を見るのは久しぶりだ。
それに、妹のアルクは眩しい笑顔でじゃれついていた。
こういう姉妹の姿は久々で、幼い頃を思い出す。
そして今は、真顔で菓子パンをほおばるアルの姿もあった。
「? どうしましたか、マスター」
「あ、いや、よく食べるなって……楽しんでる? アル」
「どうでしょう、よくわかりません。ただ」
「ただ?」
「わたしの中の粒圧が不安定になります。そしてそれが不快でも不調でもありません」
つまりは、無表情だがそれなりに楽しんでいるようだ。
そして、端末片手のアルクに絡まれながら、あぐあぐと次の菓子パンを食べ始める。
「ねね、アル! お姉ちゃんのシュペリオンなんだけど、この出力カーブってどうかな」
「それは、セレーネ姉様とラン様に聞くべきではありませんか?」
「第三者かつエンジンそのものなアルに聞きたいの! それにセレーネは」
「あら、こここにいましてよ。出てらっしゃいな」
突然、ランの腰のポーチから光が浮かび上がった。
キラキラと燐光をふりまく、それはアルと同じタキオン粒子生命体。そして、シュペリオンGX-Zのエンジンだった。
「我ならここにおるぞよ。久しいな、少年。我はマスターに従うのみ、じゃが……」
手のひらサイズの妖精にも似た姿が、車内を飛んでアルクの肩に座る。
「悪くはないがの、やはりパワーを落とすのかや?」
「今のお姉ちゃんには、ちょっと馬力が過激すぎるよ。ちゃんとした義足に直ったら……またキミに乗ってほしいしさ。とっておきの改造も考えてるんだ」
「……気に入ったぞよ、アルク。もう少しトルクを太く、緩やかなパワーカーブに。それならマスターも乗りやすいじゃろうて」
当のラン本人は「あまりエンジョイ系のマシーンにしないでくださる?」と腕組み不満気味だったが。だが、それでもわいわいと改造談議で盛り上がり始めた。
おそらくもう、ランは公式の表舞台、プロレーサーとしての未来を諦めた。諦めたというか、自分なりに納得してけじめをつけたのだろう。あの夜のバトル、カケルは真剣勝負の走りでランに勝った。もう、リージョン横浜に紅蓮の魔女はいないのだ。
そんなことを考えてると、小声で隣のリョウヤが耳打ちしてきた。
「なな、カケル! ……後ろの連中、どんな水着用意してんのかなあ」
「え? あ、聞いてみる?」
「バッカ、こういうのは男と男の話だろ! みたいよなあ、三人の水着。アルクはつるぺただから除外するとして、アルちゃんにどんなの買ってやったんだ?」
「え? ああ、母さんの学生時代のおさがりをこっそり拝借してきた」
「なんだよそれー、甲斐性ねえなあ! 自分のエンジンだろ、買ってやれ水着くらい!」
そうこうしていると、背後からシートを蹴っ飛ばされた。
キュイン、と小さなモーター音が鳴ってサンダルをひっかけた義足が唸る。
「聴こえてましてよ? まったく、カケル君もリョウヤ君もまだまだ子供ね」
「僕は興味ないんだ、ただリョウヤが」
「なんですって! この無様な仮義足で、敢えて海にいきますのに? ほ、本当に興味……なくて?」
「いやだって、ランねえもアルクも昔は一緒にお風呂に入ってたし」
「……いやだわこの子、まだ幼馴染の家族判定で見てる……グスン」
なぜ気落ちされるのかはわからなかったが、ランはやれやれと肩を竦めた。
こうして賑やかな黄金週間に向かって、渚の街リージョン湘南へ向かって車は走るのだった。
- Tips -
・シャロン・リー
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