ルールとモラルと、マナーと
「ハーイ、視聴者の皆さん! 全月のムーンランナー諸君! こんばんは」
「土曜の夜は、ルナティックGoGo! の時間です。放送は私、アシスタントのリンナと」
「モビル・モービル評論家、ミスターモビモビことトウヤでお送りします!」
「リンナちゃん、GWの予定は? よかったら私と」
「ごめんなさいっ、先生! GWは友達とリージョン湘南に」
「……そ、そう? だよねえ……いいよね、リージョン湘南」
「昔の読モ仲間とみんなで、三泊くらいしてこようかなって」
「だったらおススメのモビモビがあるんだよねえ! レジャー、遊びの車特集!」
「わぁ、教えてトウヤ先生っ!」
「じゃあ、次は10万円から始める中古市場! 続きはCMのあとで! 今夜もぉ!」
「ルナティーック! Go! Go!」
リージョン横浜に夜の帳が降りる。
ビル群を飾るのは残業の明かり、そしてネオンと警告灯だ。
その中を、ゆっくりと古ぼけたバンが走ってゆく。第三世代型のモビル・モービル、TVGヴィクトールだ。中古で50万円、リョウヤの血と汗と涙でできている中古車である。
リョウヤの運転はゆったりとなめらかで、速い車に道を譲って左車線を流していた。
「ねね、どこから改造する? やっぱ足回りかなー? あ、でもそこはリョウヤの方が上手いよね! じゃあ、エンジン! まずは軽くボルトオンターボで200ps――」
「だーから、なあアルク。そういう車じゃねーの。カケルも笑ってないでなんとかしろよ」
「えー、アタシがカリカリにチューンしてあげるってー!」
助手席に座るカケルは、先ほどから温かな苦笑が止まらない。
途中でピックアップしたアルクは、乗ってからずっと改造談議にご執心だ。この、モビル・モービルの会話になると止まらなくなるモビモビオタク、それがアルクという少女である。
それに対してリョウヤは、あくまで遊べる車を目指しているらしい。
「みろよ、この3列シートを! どれも本革だし、フラットにすりゃ布団がしけるぜ」
「うんうん、デッドウェイトだから後ろの2列は降ろそうか! レッツ、軽量化だよっ!」
「おい馬鹿やめろ、だーかーらー!」
「スピーカーとか空調も降ろせばかなり軽くなるよ?」
そのスピーカーだが、先ほどからいかにもなユーロビートが流れている。ただ、リョウヤのヴィクトールはそのリズムに乗れるほど速くはないし、どっちかというとゆったりジャズなんかが似合う車だった。
当然、隣の車線を無数のモビル・モービルが追い越してゆく。
が、今日はカケルもバトルを忘れてのんびりとリョウヤのクルーズに付き合っていた。
「あ! アタシ、ドーナッツ食べたい! ほら、エアゲート近くのあの店!」
「おー、いいぜいいぜえ。ヘッ、しっかり掴まってろよ!」
「つーか、そんなにスピード出ないっしょ。でも、この本革シートはいいね」
「だろ? やっとわかったかアルク! ……って、なに端末繋いでやがる!」
「ちょっとスペックだけでも見せてよ」
後ろの座席でもそもそと、アルクはノートパソコンタイプの端末を開いて接続する。無線でアクセスすれば、彼女の笑顔はパアアアと明るくなった。
「すごっ! 100psは出てるけど、滅茶苦茶遅い! バネ下はでもちょっといいかな」
「いいのっ! それよりアルク、その……ランねえ、どうしてる?」
「ん、休学してずっと家にいるよ。義足が直り次第、復学するって」
「……ゴールデンウィーク、大丈夫かな」
「ん、平気じゃない? もう仮義足で歩いてるし」
アルクはカチャカチャとキーボードをタッチしながら、感慨深そうに言葉を選んだ。
その表情は、先ほどの病的な笑顔ではない。
「最近さあ、ランねえ優しいんだ。昔に戻ったみたい。ほら、事故からずっとイライラしてたし」
「ランねえは降りたんだよ。降りられたんだ。でも、それがよかったのかは、なあカケル」
「……それを決めるのはランねえだ。でも、僕たちの仲は変わらないさ。それと」
前から気になってたのだが、ランが乗っていた紅いバイク・フレーム……シュペリオンGX-Z。カケルの愛車と同じ、オリジナル世代のトライスター社製だ。ゆえに、アルと同じタキオン粒子生命体がエンジンとして搭載されている。
そのアルだが、ぼんやり窓から外を見ていた。
シュペリオンの話題になると、隣のアルクに言われて説明を始める。
「現在、セレーネ姉様は休眠モードに入りました。車体はキラウラ・モータースに保管中」
「てか、整備しててあきれたよアタシ! ブーストオンで瞬間的に400psだよ? そんなんバイク・フレームの二つのタイヤで受け止められるはずないって」
「搭乗者への負荷も高く、モビル・モードへの変形時も危険がともないます」
「そゆわけで、少しデチューンする。リミッターつけて、そだね……180psくらいまで下げて。その分トルクを太く扱いやすくって感じかな」
カケルもホッと胸をなでおろす。
そして、妙な確信がある。
リョウヤは降りたといったが、帰ってくる……いつか必ず、紅蓮の魔女は帰ってくると思った。それが公的なモータースポーツの表舞台か、それともイリーガルな公道バトルかはわからない。
でも、一つ上の姉のような人を、カケルも皆もよく知ってるような気がした。
「まあでも、ゴールデンウイークはリージョン湘南で一泊旅行だ! アゲてこうぜ!」
「リョウヤは気楽でいいよねえ……はあ、せめてマフラーだけでも取り替えたい」
「この音がいいんだよ、音が。馬力よりもフィーリングだ。それに……足は少しいじった」
「あ! 改造しないとかドノーマルとか言ってたのに! アタシもいーじーりたーいー!」
「絶対にノゥ! 俺の愛車が殺人ワンボックスになっちまう」
またも笑いが車内を包んだ、その時だった。
不意に背後から、強烈なハイビームが襲った。パッシングを繰り返すその車種はよく見えないが、カケルは眩しさに目を細める。
どうやらバトルを吹っ掛けられているようである。
だが、リョウヤはためらわずハザードを付けて減速、道を譲った。
「はいはい、お先にどうぞっと。お! 見ろよカケル、結構シブいぜ……いい趣味してやがる」
「ミサキの姐御が乗ってるストライートGV-R32、いやR34だね」
「金かかってんぜー、ありゃ。うんうん、いい音してやがる」
「ボアアップまで手を入れて650psってとこかな。アタシならもっと……ん?」
その時、和やかな車内の空気が凍り付いた。
目の前のストライートは急減速、慌ててリョウヤも急ブレーキを踏む。その後も蛇行運転しながら、ストライートは急停止や急発進を繰り返す。
こっちにバトルする気がないのに、妙に絡んでくる様子は、文字通りの煽り運転だった。
「リョウヤ、煽られてる」
「あ、ああ。……ちょっと次のジャンクションで高速降りるか。下道でも」
「えーっ! 舐められてんだよリョウヤ! ブチ抜いちゃえ!」
煽られるリョウヤの背を、さらにアルクが煽る。それはちょっとと思ったが、あまりにもマナーの悪い車にカケルも溜め息がこぼれた。こんなオンボロのワゴンでも、撃墜スコアが欲しい連中にとっては鴨葱ってことらしい。
それ以前に、嘲笑が聴こえてくるような丸いテールランプが心を苛立たせる。
カケルたち走り屋は、ルール無用のアウトロー……道交法を犯す無頼の暴走集団だ。だが、そんな中にもモラルやマナーがある。法を無視してなにを言うかと、自分でも思わないでもないが……一般車は巻き込まない、バトルでも相応の礼儀というものがあるし、公道でやるからには周囲の流れが大事だった。
「まずいですね、マスター。後ろに渋滞ができつつあります」
「アル、君がちょちょっとこの子のエンジンになるってのは」
「無理です、マスター。わたしはオリュオーン911-TSのエンジンなので。マッチング成功率17%。無理してフルパワーを出せば、車体が分解してしまいます」
「だよね。となると……」
ふむ、と唸ってカケルは隣に囁く。
それを聞いたリョウヤが、露骨に嫌な顔をした。
「大丈夫、この子を気付つけたりしないよ」
「でもよぉ、カケル。絶対に無理だって」
「普通に走ってれば、ね。アルク、あれの準備して。三つ先の下りの左コーナー」
すぐにピン! ときたのか、アルクが急いで端末を歌わせ始めた。やることがないアルは、彼女の端末画面をのぞき込みながら、いつもの無表情でうなずいている。
同時に、カケルはリョウヤに言ってパッシング、アクセル全開で走らせる。
突然のバトル開始に泡を食ったのか、慌てて目の前のストライートが加速した。
そのリアウィングに接触せん勢いで、リョウヤがやけくそ気味にヴィクトールを走らせる。どんどん距離が離されていったが、後ろではようやく渋滞が解け始めていた。
「きた、Rのきつい左。アルク、いつものあれよろしく」
「まっかせて! ほほいのほい、ほいっと!」
「リョウヤ、インベタで。大丈夫、ほら見て……連中、車は一流でも腕はどうかな」
見事な蟹走りで、相手のストライートがパワースライドを見せつけてくる。失速しながらもずりずりと、持ち前のパワーだけで前へと車体を押し出していた。
その鼻先を、スイーッとヴィクトールが通り抜けた。
ほぼほぼヘアピンなコーナーの、そのインコースをピッタリ正確になぞる。
まるでレールの上を走る列車のごとく、あっという間に前後が入れ替わった。
「ひえええええ、ど、どうなってんだ。俺のヴィクトールちゃん!」
「やっぱ、リョウヤが手を入れた足はいいね。このレベルのコーナリングについてくる。車体の剛性もいいみたいだし」
「よしっ、重力制御ハッキング終了っと。後ろは……はは、見てカケル! スピンしてる」
派手派手しいその姿が、あっという間に背後に消え去った。
今のが必殺、ミゾオトシ……改め、グラビティ・ターンである。リージョン内を1Gに保つため、地下に重力制御装置がある。そこにアクセスして、指定の場所だけ重力の強さを変えることで、圧倒的なトラクションとグリップ力を手に入れることができるのだ。
この場合、チューンはしないと言いつつ足回りだけはいじっていたことも大きい。
「はー、ちかりた……もう絶対しないからな! っと、例のドーナッツ屋だ」
「ごめんね、リョウヤ。怖い思いさせてさ」
「カケルー、お前こんなこと続けてたら――」
だが、カケルはその先を言わせず肩を竦めて黙る。
そう、こんな曲芸まがいのコーナリングはあまりにも危険だ。だが、パワーで圧倒的に劣るヴィクトールでは、他に勝つ手はなかった。激しくロールしながらも、古い車体はよく耐えたし、タイヤは粘り強くアスファルトを掴んで蹴った。
結果、第三世代の中古車でも勝てたのだ。
「はあ、お腹すいたー! おっ、リョウヤってさあ。車庫入れ上手いよね」
「そりゃどーもー! ったく、夜食にドーナッツって太るぞアルク」
「あっ! それ言う? 大丈夫、アタシはもとが細いから」
「細い? 平たいの間違いだろ、っと。おし、お疲れちゃん!」
ブーブー言うアルクを連れて、アルと一緒にカケルは駐車場に降りる。最後に降りて鍵をかけるリョウヤは、どことなく嬉しそうに口元を緩めているのだった。
- TIPS -
・TVGヴィクトール
リョウヤがバイト代を貯金して買った、第三世代型の中古車。
彼自身が走り屋指向ではないので、馬力はせいぜい100ps。
それでもこだわりの内装と、ちょっと手を入れた足が自慢である。
モデルはフォルクスワーゲンのT2(の一番古いタイプ)
モビルモードにも変形するが、戦闘を考慮していない。
よって、不整地を突破するために脚が生えてくるだけである。




