放課後キッチン
夕暮れ時、仕事上がりの大人たちでにぎわう喫茶店。
昔ながらのクラシカルな純喫茶に、庶民派の料理の香り。
ここは喫茶マロン、カケルのバイト先。
――そしてもうすぐ、夜が来る。
カケルの放課後は忙しい。
愛車のチューンや整備もしたいが、母子家庭でのうのうと趣味にばかり没頭してもいられない。もちろん、このさいモビル・モービルでのバトルが趣味としてはあまりにハイリスクでイリーガルな行為だと知ってていてもだ。
そんな訳で、カケルはシフト通りバイトに来ていた。
「店長、ナポリタンあがりました」
「んー、いい匂いだヨ。相変わらず手際いいねえ、カケル君」
「家でもやってますから、色々。次、オムライスですね」
「本当はキッチンじゃなくてフロアに出てほしいんだけどねえ……客受けいいのヨ」
「はは、そういうのは僕はちょっと」
リージョン横浜には、酷くクラシカルな喫茶店がある。
その名は、喫茶マロン。カケルのバイト先だ。週の半分はシフトを入れて、ここでキッチンに立つし、手が足りなければフロアにも出る。リョウヤも一緒にバイトしているし、時給も悪くない。
人懐っこいダンディなマスターも、昔は走り屋だったとか言って可愛がってくれるのだ。
「はーい、お待たせしましたヨ。こちら、昔ながらのケチャップ香る庶民派ナポリタンです」
口髭の似合う店長が、客へと料理を届ける。
満席とはいわないが、それなりに店内は賑わって。そして何故だか、カケルは女性客の視線を感じて少し照れる。どちらかというと内気な性格なので、こういうキッチンのような裏方仕事が気が楽だった。
そんな労働の時間に、突然カラン、と店の扉がベルで歌う。
現れたのは、今日は休みのはずのリョウヤだった。
「よ、カケルいるよな! マスターもお疲れ様!」
「あれぇ、リョウヤ君じゃないの。今日、シフト入ってたっけ?」
「やだなあ、マスター。今日は客ですよ、客! カケル、俺いつもの!」
やれやれと苦笑するカケルは、今しがた作ったオムライスをマスターに託した。リョウヤはカウンターの席に一人で座ると、上機嫌で頬杖をついた。
フニャフニャににやけた笑顔が、なんだかちょっと気持ち悪い。
だが、親友になにかいいことがあったのだろうとカケルは次のフライパンを手に取った。
リョウヤの『いつもの』はまかない飯、なんでもとりあえず在庫食材を詰め込んだ熱々チャーハンだ。
野菜の端切れやチャーシューの切れ端なんかを入れて、ざっと炒めて完成だ。
「はい、いつもの。ソーダはサービスだよ」
「サンキュ、カケル! おお、心の友よ!」
「ふふ、なにかいいことあったの? 随分浮かれて見えるけど」
「お、それ聞く? 聞いちゃいますか! いやあ、そこをついてくるかあ、ニハハ」
「普通にうざいよ、だからなにがあったのさ」
自然とカケルも笑顔になるが、キッチンに戻って次の料理に取り掛かろうとした。だが、カウンターでチャーハンを頬張るリョウヤが、ポケットから意外なものを取り出した。
「ジャーン、ついに貯金はたいて買っちゃいました!」
「あれ、そのキー……モビル・モービル?」
「そう! 中古の第三世代型だけど、可愛い可愛い俺の愛車さ。ほら、あれだよ」
クイ、と親指でリョウヤが駐車場を指さす。
その先に、なんともクラシカルなバンが停まっていた。
「3列の6シーター、しかも本革仕様! オーディオにも力入れてんだぜ? ナビもテレビもついてるしさ」
「へえ。何馬力くらい出てるの?」
「ヘヘッ、そういう車じゃねーっての。100psも出てれば頑張ってるほうだって。足回りもドノーマルだし。なんちゃってモビル・モードにしか変形できねーし。でも」
手の指と指とでキーをいらいつつ、得意げにリョウヤは笑った。
その笑顔が眩しくて、自然とカケルも口元が緩む。
「大事な大事な俺の愛車さ! ゴールデンウィークは、俺の車で遊びに行こうぜ! アルクとかランねえ、姉貴も誘ってさ!」
「いいね。アルも連れてっていいかな?」
「モチのロンだし、国士無双ってやつだ! みんなでリージョン湘南で一泊旅としゃれこもうぜ」
「いいね。じゃあ、少しシフトを増やそうかな」
「俺もそうする! 軍資金を稼いで、パーッと遊ばないとな!」
そんなこんなで盛り上がってると、マスターがパンパンと手を叩きながらやってくる。
「はいはい、カケル君。オーダーたまってるヨ? 稼ぎたいなら働く、働く!」
「すいません、マスター。じゃ、リョウヤ。またあとで」
「ああ。俺はここでマッタリしてるからよ……キリキリ働けよー!」
そこからはあっという間だった。
調理に集中すれば、キッチンの熱でカケルも暑くなってくる。
こうしてフライパンをあおっていると、いつもの母のことが思い出された。リョウカはこうしている今も、出勤して生活費を稼いでくれてるのだ。
そんな母親を手伝って覚えた料理の数々が今、カケルを助けてくれる。
「リージョン湘南かあ。ランねえも仮義足がついたって言ってたし、来週が楽しみだね」
日本地区には奇妙な連休制度がある。
五月の前半、多くの祝日が土日と食い合ってカレンダーを輝かせるのだ。
人はそれを黄金週間、ゴールデンウィークと呼んだ。
もともとはアメリカ地区のリージョンハリウッドで、映画館が五月の放映キャンペーンを始めたのが起源だとか言われているが、カケルには詳細はわからない。
今はただただ、料理に手を動かす。
だが、自分も人並みの高校生なんだなと浮かれる気持ちにテンションが上がった。
「よし、これでラスト! あとはフロア……出るか。結構混んでるもんなあ」
一通りのオーダーをこなして、自慢の腕前を披露し終えたカケル。マスターと共に料理を運ぶ傍ら、店内からは黄色い声が無数にあがる。
「ねえねえ、カケルくーん! このあと時間、空いてないのぉ?」
「私たち、ちょーっと夜のドライブとか注文したいんだけどぉ」
「なんか、凄いモビモビに乗ってるんでしょ? ネットで見たよ? お姉さん、興味津々!」
困惑しつつ苦笑で応えてやんわり断る。
カケルは、自分の容姿が異性にどう評価されるかを気にしたことがなかった。もっといえば、最低限の身だしなみ意外に、おしゃれを意識したこともない。
だが、学校でもバイト先でも不思議とモテた。
そして、そのことを見逃さぬリョウヤがいつも隣にいた。
彼はそろそろ炭酸の抜けかけたソーダを一気に飲むと、立ち上がる。
「お姉さん、だったら俺のモビモビはどう? ――今夜、特別な夜を突き抜けるぜ?」
決め顔に決め台詞だったようで、店内が一瞬静寂に包まれる。
だが、マスターもお客のお姉さんたちも次の瞬間には爆笑していた。
「なんだよーっ! 笑うなよぉ!」
「ごめんねぇ、ボウヤ。もすこし大人になったら、ね?」
「学生気分でワイワイって夜もいいけど、ちょっとね」
「てか、きみのモビモビってあれでしょ? 趣味じゃないかなあ」
「それよりカケル君! あの白いモビモビに乗せてよ」
なにかが砕ける音がした。
リョウヤはトホホと涙目でカウンター席に沈んでしまう。
逆に、全ての料理を提供し終えて、エプロンを脱ぎながらカケルは戸惑い言葉を選んだ。
「あ、いや、僕のモビル・モービルは……そういう車じゃなくて。2シーターだし」
「ふーん、そうなんだ。でも、お姉さん気にしないよ? 隣の助手席で二人きり……素敵じゃない」
「ちょっと、そこはアタシが座るべきじゃない? ね、カケルくぅん」
「抜け駆けはなしよ、まったく……でも、あの車ってなんか素敵というか……魔性の魅力というか、心が揺れるよね」
リョウヤのバンの隣に、いつものオリュオーン911-TSが駐車してある。なめらかな流線形に、白銀の輝き。夜の帳が近づく逢魔が時に、静かに優雅な佇まいで風景に同化している。
これが、暴力的な馬力で走るモンスターマシンだとはカケルも思えない。
モビル・モードでの圧倒的な戦闘力、光学兵器を駆使するオーパーツであることも忘れそうだ。
だが、もうカケルは隣に誰も乗せないと決めている。
それでも当然のように座ってくる幼馴染とも、いつかは立場をはっきりさせるしかない。ただ、アルクが隣にいる時のオリュオーンは、その都度リアルタイムで性能がマネジメントされるのでとてもありがたい。けど、危険なバトルにアルクを巻き込みたくもない。
そんなことを考えていると、再び喫茶マロンのドアがチリリン、とベルを鳴らせた。
「マスター、定時です。本日の業務を終了する時間がきました。因みに、本日の労働で発生した賃金は――」
アルだ。
彼女はあいかわらず、だらしなくジャンパーを着崩しながら薄着で近付いてくる。そのビスクドールのような無表情の美貌に、居並ぶお姉さまたちが一瞬で臨戦態勢に入る。
正直、女難の相でもあるのかとカケルは自分を疑った。
だが、まるでロボットのようにアルは普段通りのマイペースを貫く。
「次のシフトは明後日の午後4時からです。……今日は残業、ありませんね? マスター」
「あ、いや、確かに時間だけど。でも、皿洗いくらいはやっておこうかなって。フライパンとかも」
「賃金の発生しない労働、加えて不特定多数の異性からの誘惑。いけません、マスター。実にいけないんです。わかりますか?」
「いや、そう言われてもな……」
さすがのカケルもたじたじである。
だが、据わったジト目でアルは迫ってくる。彼女はカケルの手に手を重ねて、強く握って歩き出した。慌てて続くリョウヤが、店のマスターに挨拶して追いかけてくる。
「ええと、すみませんマスター! 時間らしいのであがります!」
「あーいよー! 次もよろしく頼むねー? うんうん、青春だねえ」
こうしてカケルはバイトの時間を追えて……漆黒の宇宙を走る一匹の走り屋に戻るのだが。そんな彼が今日は、愛車ではなく古びたライトバンに自然とアルを連れて乗り込むのだった。
- TIPS -
・喫茶マロン
青森の某所に実際に存在する純喫茶がモデル。
無数の時計が飾られ、ダンディなマスターが経営している。
店内には静かにジャズが流れ、ちょっと大人な雰囲気が魅力。
どういう訳かカケルはここでは、年上の女性にもてるのだ。




