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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.02「紅蓮の魔女」
16/16

紅い決着

魔女の時間、それはワルプルギス……


誰もが紅い狂気に取り憑かれ、その影を追った。


そう、追いかけた……追憶の彼方へでも、追った。


それがやがて都市伝説となって、実像を失い消えても、ずっと。

 リージョン箱根は、この旧日本地区でも有数の景勝地だ。移民時代に地球から持ち込んだ温泉水を、繰り返し浄化循環させた露天風呂(ろてんぶろ)などが人気である。

 そして、一部のムーンランナーにとっては最も危険な闘技場(コロッセオ)

 急勾配のヘアピンカーブがつづら折れになった、真空の(とうげ)だった。


「カケル、ちょっとまずいかも……ここから本格的に登りになるけど」

「パワー勝負なら負けないけど。ランねえも……紅蓮の魔女も射程内に見えてる」

「思い出してよ、もうっ! この子、エンジンが、アルが一番後ろなんだってば!」


 隣のアルクの言葉も、どこか耳の奥に遠い。

 自分でも熱くなってる感覚があって、カケルは乾いた(くちびる)を舐める。

 愛車は今日も絶好調、タキオン粒圧(りゅうあつ)も安定しているしハンドリングも素直だ。

 だが、すぐに相棒の言葉の意味を知る。


「ッ! そ、そうか! こいつ、RRだった!」

「登りは後ろに荷重がかかりっぱなしになる。もともと前後の質量比が悪いから」


 どこまでも手応えを失ってゆくハンドル。

 最初のヘアピンを力強くあがる、そのトルクとパワーはいつも以上で。それとは真逆に、前輪の接地感が失われてゆく。

 そう、これがリアエンジン・リア駆動というオリュオーン911-TSの悪癖(あくへき)だ。

 極端にリアに重量が偏っているため、高速域でフロントが浮く。

 まして、加速すればその特性は顕著(けんちょ)になり、登りの峠では最悪の弱点になるのだ。


「わわわっ、カケル! ぶつかる! ぶつかるっ!」

「ぶつからない! アル、モビル・モードへシフト!」

了解(コピー)


 横滑りに右のヘアピンカーブを蟹登(かにのぼ)りしながら、助手席側のアルクに切り立つ断崖が迫る。

 だが、カケルは冷静に変形を敢行、モビルモードでその壁を蹴った。

 スライディングする形で、どうにか巨大な人型のマシーンがアスファルトに火花を散らす。そのまま背のスラスターを吹かして、白亜の巨体は垂直にショートカットで飛びあがった。

 だが、車道に戻るなりカケルは再び、愛車をモービル・モードへ戻して走り出す。

 すかさず、ディスプレイ上のアルが無表情の立体映像を波立たせた。


『マスター、モビル・モードでの飛行移動を推奨します。目標到達まで10秒もかからないでしょう』

「やだね」

『嫌だ、とは』

「ランねえには走りで勝つ。撃墜したいわけじゃないんだ」


 だが、これはあまりにも不利な走りのバトルだった。

 パワーで勝れども、ハンドリングは最悪である。ならばと大きく車体をパワースライドさせれば、上り坂が六分の一の重力で襲い来る。

 対して、ランのバイクフレームは軽快に小さくなってゆく。

 大胆なハングオンで、真横にねそべるように、自分を地面にこするように峠道を登っていった。


「カケル、離される……」

『くっ、なんて危険な走りなんだ。ランねえ……それに、あの(あか)いバイクフレーム』


 咄嗟(とっさ)にカケルは、サイドブレーキを引きながら次のコーナーへと飛び込む。スピン手前のギリギリの状態を維持して、慎重なアクセルワークで右足の感触を頼った。そのまま身長にクラッチを繋いでフルパワー、シフトダウンと同時に再び直線で加速する。

 その後は二つ三つと高速コーナーが続いて、相対距離が縮んだ。

 揺れるテールランプの向こうで、魔女がこちらを振り返る。

 顔は見えなくても、確かに幼馴染(おさななじみ)のランだとカケルにははっきりわかった。


「僕、さ……あの事故でランねえは終わった、彼女は降りたと思ったんだ」

「……うん。でも、馬鹿姉(ばかねえ)は諦めが悪いから。義足だって、プロのレーサーは無理でも公道なら」

「追いついて、追い抜いて、そして話さなきゃ。なぜ、毎晩こんなことを、っ!」


 その時、目の前で紅のバイクフレームが変形した。ウィリー走行からの、搭乗者を包み込むようなスムーズな変形。あっという間に、女性的なモビル・モードが滑るように振り返る。

 瞬間、繰り出された蹴りをカケルは避けた。

 危ういハンドリングで失速しながらも、結果的に魔女を抜いて前に出る。

 こちらも変形しての応戦という選択肢もあったが、今ので確信した。


「あのモビル・モービルは……格闘戦に特化している? アル、データを」

『シュペリオンGX-Z、トライスター社製バイクフレーム。携行武装は両腕部のビームガン。……以上』

「やっぱり。あの小さなフレームに重武装は無理だもんな。必定、殴る蹴るの近接戦闘だ」


 が、次の瞬間背後からのグレネードが横を(かす)めた。

 それは車体の横で炸裂して、ビリビリと硬化テクタイトの窓を痺れさせる。


『データ修正。両腰にミニグレネードを増設してる様子』

「だね! けど、前に出たっ!」

「カッ飛ばせ! カケルッ!」


 背後で再び変形する機械音を置き去りに、カケルはアクセルを全開に踏み締める。星空は(あお)い地球のかすかな光で、月面は暗黒のモノクロームに沈んでいる。そんな視界の悪い峠道で、またしてもRのキツいヘアピンカーブが現れた。

 瞬間、脳裏を閃光が走る。

 一瞬の閃きは、直感。

 なんの説得力も持たない、ただの勘だった。

 それが先ほどまでのムーンランナーの意地と矜持(きょうじ)を、あっさりカケルに捨てさせる。


「アルク、掴まって! 急制動、急旋回……ここでっ、変形!」


 オリュオーンはモビル・モードへ変形すると同時に、ヘアピンの最奥で両手を広げた。すぐ背後は絶壁、落ちればスラスター全開での着地を選ぶしかない。それはレースの敗北、脱落を意味していた。

 それでも今、カケルの中で何かが叫ぶ。

 大切なもの、大事なことはなにかと訴えかけてくるのだ。


「カケルッ、馬鹿姉が来たっ! 応戦は」

「いや、いいっ! こういう時のために、お前は人の姿を(かたど)られたんだろう? なあ、オリュオーン!」


 白銀のボディにツインアイを輝かせて、ズシャリとオリュオーンが身構える。格闘戦の構えにも見えるが、カケルの目的は違った。

 そして、目の前を見事なドリフトで魔女が駆け抜ける。

 ――かに、見えた。

 立ち上がりの加速時に、ズルリと後輪が滑るのがはっきり見えた。

 モビルモードへの変形で立て直そうとした、その時に……魔女の時間は終わった。


「あっ、馬鹿姉っ! んもう、ホント馬鹿っ! 義足が!」

「……無理をさせ過ぎたんだ。バイクフレームは一体感が全て、それはつまり……自分がモビモビの部品になるって意味でもあるから」


 変形途中のまま、ランの右脚が膝上から滑落した。火花を散らしてクラッシュ、そのままかろうじてモービル・モードに立て直す。

 だが、300ps以上のパワーを誇るモンスターマシンは、片足の魔女に牙を剥いた。

 そうなる未来が、カケルにはわかっていたのだった。


「まずいよカケル! スペーススーツの空気が、取れた義足んとこから!」

「わかてった。あの時、蹴りを避けた時に感じたんだ。ランねえの膝の悲鳴を」


 瞬間、オリュオーンは全力で前に出る。

 部品をばらまき暴走状態になったシュペリオンを、両手で抱き上げ地を蹴る。

 バトルは終わった……勝者も敗者もいない。

 ただ、紅蓮(ぐれん)の魔女の伝説は今夜をもって消えることになる。

 ここからは宙を飛んでのショートカット、真っすぐリージョン箱根のエアゲートに飛び込んだ。夜の星座を楽しんでいた、何人かの観光客が振り向き散り散りに逃げる。

 そんな中でランとシュペリオンを降ろして、カケルも愛車をモービル・モードへ戻した。

 基本的にリージョン内では、モビル・モードへの変形が禁止されていた。


「ランねえ!」


 すぐに相棒を飛び降りると、カケルは真っ先に駆け寄った。その先に、片足を失った魔女がヘルメットを脱ぐ姿。そう、やはり正体はアルクの姉、ランだった。

 彼女はまとめた髪もほどくと、やれやれと肩をすくめて苦笑する。


「……どうしてわたしのクラッシュがわかったのかしら?」

「無茶してたから。膝、義足……あとで拾ってこなきゃ」

「無理じゃなかった、いけるとおもったの。そうでしょ? ……わたし、まだ走りたい。走りたかった。でも、今度こそ本当に終わりですわ」


 判断を間違えていれば、千切れた義足がスペーススーツを喰い破った、そこからの空気の流出でランは死んでいた。咄嗟のカケルの判断がその窮地(きゅうち)を見抜いたのだ。


「とりあえず、隣に乗って。夜間病院に行くから。……おっと、重い」

「あ、こら! なに言ってますの? むしろ、脚一本分軽くてよ」

「はは、そうだね。それと――」


 自分より長身のランを、両手で抱き上げた。

 カケルは目の前に倒れた一台のバイクフレームに目を細める。

 そして、寄り添うようにその加熱したボディに触れる少女にもだ。彼女は……アルクは素早く端末のコネクタをシュペリオンに接続する。


「馬鹿姉……終わりだなんて言わないでよ。この子、まだ走れる。デチューンしてフルパワーで200ps、そこまでなら……今の馬鹿姉だって乗りこなせるよ」

「アルク……」

「この子、キャリア―呼んでうちに運ぶね。カケル、馬鹿姉のことよろしく!」


 妹の無理に作った笑顔に、自然とランも微笑みをこぼした。

 この凸凹(デコボコ)姉妹は、カケルが思っているよりずっと互いに信頼しあっている。ランが当たりが強いのも、アルクをムーンランナー界隈のもめごとから守りたいからだった。

 同時に、捨てられなかった。

 かつてプロ目前と言われたスピードの領域の、その向こうに紅く広がる夢を。


「ゴメン、アルク。任せられて?」

「うんっ! 馬鹿姉の……お姉ちゃんの相棒だもん。ボクが責任もって直すし、きっちりデチューンしてエンジョイモードにしてあげる!」

「……ふふ、やな子ですわね。お願いするわ、でもエンジョイモードって呼ぶのはやめてくれるかしら? あと、パワーも250psは欲しいわ」

「今度は左足も持ってかれるよ? 義足ならまだしも、その太い大根足持ってかれちゃうんだから」

「ぐぬぬ……いいわ、とにかく任せますの! 任せるから、お願いね」


 こうして、紅い夜は終わった。のちにワルプルギス事件と呼ばれる一連の魔女狩りは、ムーンランナーたちの語り草となって都市伝説になるのだった。

- TIPS -


・リージョン箱根

高級リゾート地であると同時に、その峠道が人気のリージョン。

旧日本地区、関東エリアのリージョンでも有数の観光地である。

その峠道は、昼間は観光バスが行きかい賑やかだが……

夜になると、まったく別の顔を見せるのだ。

登りと下り、モビル・モービルの戦場へと早変わりである。

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