【54】一転攻勢
「お母様ー」
「あらあら」
アーネリカがハルバードを構えた状態で跳躍、黒龍と延々打ち合っていたランティナさんの真後ろに着地した。
その足音と呼び声に反応したランティナさんが少し横にずれる。並び立つようにした二人は、互いに背を向け合う形で戦いながら会話を続ける。
「交代かしら?」
「です!!」
「……なんであの人たちはあそこで雑談できるんですか」
「尻尾がないからな。姿勢維持を考えると攻撃方向は二方向。つまり今の担当分は一人一方向だ」
元々黒龍の攻撃は大振りである。
次撃を考えていない……というか、次撃など必要がないのだろう、防御されても上から叩きのめす攻撃で一貫している。
対して、アーネリカ、そしてランティナさんもまたゴリゴリのパワータイプ。黒龍からすれば受けられるだけでも想定の範囲外なのだろう。
力負けすることのない単純なパワータイプ同士のぶつかり合い、搦手がない素直な攻撃ゆえに、攻撃方向が複数でなくなれば対応が容易であるということか。
「その程度なら雑談できるってことかぁ……化物かな?」
「もっぺん言ってみろ」
「化け物じみた戦闘力ですね惚れ直しました」
「あ゙?」
「そうだったこれも地雷だった」
ゴリゴリゴリゴリと両方のこめかみを指圧される。
必死に逃れようと身をよじっていると、アーネリカに戦場を託したらしいランティナさんが横に立っていた。
「青年」
「隼律也と申しますお母さん」
そういえばまだ名乗っていなかったと思い、改めて名乗っておく。
すると唇に人差し指を当てて考えたあと、彼女はどこかしみじみと確かめるように呟いた。
「あらら。なら将来的にはハヤブサ・ベルツォーネかしら?不思議な響きになるわねぇ」
「おまっ!?」
「あ、ハヤブサが姓です」
「そこじゃないだろ続けるな」
愛娘との結婚前提の思考に、顎が外れるんじゃないかと思うほどローザドーロさんが口を開けて動揺した。
しかしその思考をしている張本人が愛してやまない妻だからだろう、何故か僕に敵意が返ってきた。
なかなか見事なとばっちりだが、まだ手が出る段階ではないので無視させていただく。
「リツヤ・ベルツォーネ?或いはアーネリカ・ハヤブサ?」
「前者でおねが助けてくださいすみません許して」
メキメキ、とずっとこめかみに当てられていた指から鳴ってはいけないタイプの音が鳴り出した。慌てて見上げれば薄っすらと薔薇の入れ墨が発光している。
つまりほんのりと補助魔術を使われているわけで、多分その気になれば骨を陥没させられることだろう。
「その話をもう一音でも続けてみろ胴と首が泣き別れるぞ」
「今までにない明確な殺意!!」
陥没どころではなかった。これはまだ警告段階だったらしい。
「あらあらまあアナタったら」
「not笑い事ォ」
それでも奥さんの笑い声に毒気を抜かれたのか、ペイっと解放される。こめかみが本来の形を維持していることを確認していると、ランティナさんが軽く手を叩いた。
「そうだわ青年、本題にしましょうか」
そしていうが早いか、アーネリカと比べ圧倒的に豊かな胸部、その谷間に手を差し入れる。
とりあえず詳細が目に映るより先に両目を覆ったのだが、それとほぼ同時に足元にエグい威力の投石が行われた。そして背後からどえらい歯ぎしりの音が聞こえてくる。
僕の咄嗟の判断は正しかったらしい。多分一秒遅ければ頭に命中させられていたことだろう。そう考えるとまだ有情である。
「お母さん、取り出すところがアカンです。そして何も見えませんお父さん」
僕の塞いだ両手を更に上から覆う形でアイアンクローが展開されている。見る気はないので良いのだが、それはそれとして、またもこめかみが痛い。
「ミタラコロス」
「人語を思い出して」
「レツジョウヲイダイテモコロス」
「解読難度高いて。抱きませんよ」
劣情を抱くどころか、生存本能と危機感が延々と警鐘を鳴らしていてそれどころではない。
あと、ランティナさんは端的に言えば出るところがとても出ているのに引っ込むところはしっかり引っ込んでいる素晴らしき肉体美ではあるが、好みではないので安心してほしい…………というか人妻に手を出す異常な趣味はない。
「青年。必要と思ったらこれを握りしめて『とても強い武器』を思い浮かべてごらんなさいね」
ローザドーロさんから解放された僕の手に、全ての刃が潰された短剣が手渡される。
これで切りかかったとしても擦過傷ができるか出来ないか程度の、なんとも心もとない短剣である。
「とても強い武器……と言いますと?」
「異世界の方はとっても強い武器を知ってると聞いたわ。伝説の剣とか槍とか、いっぱいあるのでしょう?ハンマーとかもあるんだったかしら」
「あー……エクスカリバー、とか、グングニルとかかな」
ハンマーとなるとミョルニルか。俗に言う神器だとか宝具だとか呼ばれるスーパーウェポンが、物語上だが確かに複数個存在する。
「ね。あなたにお任せするわ」
ニッコリと微笑んだランティナさんの手が、見てわかるほどに震えていた。
よく見れば、顔や首にほんの薄っすらだが汗が滲んでいる。
「私は……そろそろ……休む、から……」
まずいのでは、と思った瞬間に、長身の彼女がぐらりと傾いだ。
そしてそのまま地面に倒れそうになったところを、ローザドーロさんが受け止める。
「ランティナ」
「……ごめんなさい」
やはり相当無理をしていたのだろう。すべきことが終わったという気の緩みからか、取り繕いがなくなった彼女の顔は恐ろしいほどに青い。
なぜあの状態で戦い、更には軽口まで発せていたのかが不思議なほどである。
「もう休め。助かった、ありがとう。愛してる」
夫から、妻の額に口づけが落とされる。それどころではないのに、素直にその光景を綺麗だと思ってしまった。
ただ、本当にそれどころではないので、慌てて頭を振って切り替える。
ペェちゃんがビームを撃つか撃つまいか、とワタワタしていたので走って飛びつき、いつもの様にお願いする。
「ごめんね急に。で、寝具一式、出して。大急ぎで!!」




