【55】隣りに立つ
「大分無茶したのねぇ、コレ」
ペェちゃんに出してもらった布団の上にランティナさんを寝かせ、その横でベラスディオ・カーマイン……ことベラ先生が看病をしていた。
脈や体温を見たあとに、体の清潔さを確保(なお身体を拭く際はしっかり男性陣は遥か彼方を向かされた)。
その状態で寝かされたランティナさんは、先までの激闘が嘘のように昏昏と眠っている。
「理由は分からないけど何故か無事よ。今からさらに細かく調べるし、責任持って診とくわね。だから安心して頂戴」
逆毒に侵された状態で、何故あそこまで戦えたのか。それが不思議なほどの状態らしい。なのになぜか、病床の身であそこまで大立ち回りをして悪化はしていないと。
……どうなってるんだろうか。アーネリカのお母さんという言葉だけで毒への耐性まで説明はつかないと思うのだけれど。
「ありがとうございます先生」
「……やっぱりくすぐったいワ、その呼び方。それより相方ちゃんは大丈夫?」
「アーネリカは……大丈夫そうです」
お母さんとバトンタッチし、黒龍と戦っているアーネリカに先程までの危うさはない。
僕の読みが正しかったらしく、龍の唐揚げは毒耐性付与の効果を有していたらしい。毒を完全に無視して戦うことが出来ている。
スリップダメージによる時間制限がないだけでここまで相当楽になるはずだ。
「お腹が満たされるって大事ですね。視野が広くなった感じがします」
アーネリカとは対象的に、龍の方は相当混乱しているようだった。
牙、爪に次ぐメインウエポン、尾の喪失。
そして自分の武器が届き切らなかったとしても、時間さえ稼げば倒せるはずの敵が、何故か倒れない。
毒という問答無用の広範囲攻撃はあまりにも影響力が大きい。
本体の膂力がいかに大きくとも、無意識のうちにこの毒に依存してしまうのが世の摂理だ。
そしてその依存が通じない混乱は、現状致命打になりうる。
「さっき食べた尻尾もそうでした。鱗にほんの僅か、隙間がある角度がある!!」
膂力は純然たる怪力で並ばれ、押し切ることができない。
尻尾という敵の視界の外から攻撃を仕掛けられるメインウエポンは、ランティナさんにより切り落とされてしまった。
毒という問答無用の範囲攻撃は、毒に耐性を持つ黒龍そのものを食すことで一時的だが完全な耐性を獲得。
そして堅牢堅固の象徴、身体全体を覆う天然の最強鎧。鱗は……
「ぜぇぇぇえいやっ!!」
アーネリカがハルバードを、右下から左上へ、黒龍の肌に添わせるような角度で振り上げる。
その瞬間にベキベキという音が響き、黒曜石のような鱗が五つ、地面に自由落下した。
咆哮。
黒龍が吼えて、攻撃を繰り出す。
もはやただ暴れている動き。出鱈目に爪を振り下ろし、鼓膜がまず間違いなく破れる音量で叫び続けている。
最強の護りであるはずの鱗を剥ぎ取られ、完全にパニックに陥っている。
「んぎ……ッ」
アーネリカがクロスするように振り下ろされた爪の一撃を受け止めて後ろに押し出される。
そのまま黒龍との鍔迫り合い状態になり、体重ごとかけるようなその圧に、下へ下へと押し込まれていく。
勝ちを確信した黒龍に、慢心の笑みが戻ってくる。
そんな黒龍の、鱗が落とされ露わになった素肌部分に鞭を叩き込む。
「はぁい、油断禁物。痛かったよねぇ」
悲鳴を上げて飛び退いた黒龍が信じられないものを見る目で鞭の痕を見つめる。
アーネリカに比べれば僕の筋力など無いに等しい。
しかし鞭は反動の力を使って音速レベルまで加速し、そして叩きつけるものである。
それが削ぎ落とされた傷跡、無理矢理かさぶたを引き剥がした生傷に叩きつけられれば痛いでは済まない。
僕のようなへなちょこ攻撃力でも、通じる一撃になってしまうと言うわけだ。
「リツヤさん!?」
「鱗で守られてるはずの場所が弱点になる気分ってどんな感じ?」
こちらにバフを盛り、それでも勝てないならやることは一つ。相手に不利を押し付けるしかない。
頭の回転を鈍らせる。思考の容量を僕に割かせる。攻撃力が無かろうが、考えることが多くなるだけで適切な判断をする余裕がなくなっていく。
「にしても削げるんだ鱗……」
「なんか出来ました」
「才能の塊〜」
普通解体のときの経験だけでこんな事はできない。
それに下準備の際の尻尾は動いていないのに対して、眼の前の黒龍は動くどころか全力で抵抗してくる。
経験の流用、なんて生易しい言葉では済まされないのだが……普通は。うん普通は。
思わずツッコミ方面に回りかけた頭を切り替える。
そして初めて、僕はアーネリカと背中合わせに立った。




