【52】龍を食べるは異常なりや?
黒龍の尻尾を抱えたローザドーロさんが、玄関に倒れ込んだ。身体強化をフルに使って持ち運んで来たようだが、流石にお母さんにバフを撒きながらというのはなかなかにキツかったらしい。
ドスンと圧倒的重量をもって眼の前に置かれたその尻尾は、今切り取られたばかりのようにツヤツヤしていて、断面も新鮮で美しい。原理は謎である。
「取っては……来たが……」
「ありがとうございますお父さん」
「本当に食べるのか。龍種だぞ?最強格だぞ??」
「いつものツッコミが出ないあたり本気の困惑だぁ」
いつもなら間髪入れずに『義父ジョーク』が飛んでくるだろうに、それが飛んでこなかった。
それどころかいつもの余裕はどこへやら、今まで見たことがないくらい目が丸くなっている。なんとなく可愛い。
「食べるのか、いや食べれるのか?」
「大丈夫です調理器具ならここに」
「いやそういう問題ではなく」
「火の準備できましたー」
「ありがとうアーネリカ」
「我が子ながら順応力の化身か何かか?」
ペェちゃんはお母さんへの援護射撃で忙しい。なのでいつものキッチンは使えないため、青空野良キッチン開催である。
大きめのまな板はあるし。水源は近場から確保できる。しかし火がないのが問題であった。
こちとらチャッカマンに甘えに甘えて生きてきた現代人である。火起こしなんてできるわけもなく。
さてどうするかと頭を抱えていたところ、アーネリカが火を担当してくれた。これで調理をする上での障害は除かれた。あとは初見の食材を全力を以てなんとかするだけである。
「えーとまず鱗を……剥いで……剥ぐ……」
鱗を剥ごうとウロコ取りやら包丁やら何やらでトライしてみる。
この世界、モンスターがいると言う事で、ウロコ取りにも結構なサイズがある。具体的に言うと通常から怪魚用まで。その全種類を取り揃えて貰っているのだが……軒並み歯が立たなかった。
包丁に持ち替えてゴリ押しを試みるも、包丁が鱗によって停止してしまう。
「かっっっってぇ」
ぐぎぎぎ、 と暫く格闘してみたが、諦める。怪魚用のウロコ取りが鱗に負けて壊れてしまった。包丁はまだ無事だが、このまま無茶をすると欠けてしまいかねない。
「あ、でもこれ角度変えたら割と入りやすい角度が……いや硬いなコレ!?」
角度を変えると、ほんの少しだけ鱗と鱗の間に隙間が見える角度があったが、どのみち僕の力ではどうしようもなかった。
さてどうするか、と考えていた僕の肩を誰かが叩く。
振り返ると、何故か自信満々の表情でハルバードを持ったアーネリカがそこに居た。
「お任せあれー」
「アーネリカ?それハルバードであって包丁では」
アーネリカの挙動をある程度予測できるようになったと自負しているが、今回ばかりは何をしようとしているのか予測しきれず首を傾げる。
アーネリカはニコニコとしたまま僕の前に立ち、
「えいや」
ハルバードをいつも通りに横に一閃した。
数秒遅れて、カランカラン、と乾いた音が鳴った。何かが尻尾から落ちた音である。転がっているのは明らかに鱗。
慌てて尻尾本体の方に視線を移せば、特に肉が傷ついたわけでもなく、きれいに鱗の根本部分だけが切り取られたようであった。優しいピンク色が目に映っている。
「嘘ぉ」
「てややややややややややや」
「わぁ手際が良い」
「出来ました!!」
「偉い」
こちらが呆然としている間に、堅牢堅固な鱗に包まれていた尻尾は、美味しそうな肉に早変わりしていた。
つまりここからは僕の仕事である。ムフー、と満足そうに鼻で息をするアーネリカを全力で撫で回して褒め称えてから、だいぶ細めのホースを手に取る。
「血管が太いの助かるなぁ」
有り難いことに既に断面なので、ホースに専用のノズルを装着、見えている血管部分にノズルを押し当ててそのまま放水。
赤黒い血が押し出されてダバダバと出てくるので、まずはそれを処理。
血抜きが終わったら皮の処理である。触った時点から分かっていたが、鱗の下の皮も結構厚い。しかしこちらには包丁が通るので、少しずつ削ぎ落とす感覚で皮を処理していく。
皮ごとの調理も考えたが、結構ブヨブヨしていたため断念した。仮に調理するとして、角煮並みの手間が待っていることがすでに透けて見えている。
「あー……呼吸器あたりに毒腺があるタイプか。こっちは普通に食べれるけれども……」
一応肉切り包丁で縦横にざっくり切ってみるが、毒腺らしき物は見つからない。まあ仮にあるならば、普通体表近くに排出用の機関がある筈なので、皮の処理の時点で無いのはほぼ確信していたが。
後で一応先に食べるつもりだが、おそらくこの身そのものに毒性はないだろう。アーネリカやお父さんが食べても問題はないはずだ。
「とりあえず炙って——」
味を見ないことには何も始まらないので、持ってきたバーナーで極小に切った欠片を炙って口に含む。
結果。端的に申し上げるなら不味い。
肉の旨味というのを感じられなくはないが、物凄くパッサパサである。悪化させた鶏むね肉みたいな感じがする。
まあ龍というので予想はしていた。あれだけ全身パワフルな攻撃ができるのだ。筋肉質というか、白身魚に近くなるのも無理はない。それにしても極端だとは思うけれど。
「味うっっすい」
某怪物をハントするゲームとか、結構な数の書籍で『ドラゴン系列は美味い』という刷り込みがあって人間としてはそこそこショックである。
まあゲームなり何なり、ドラゴンといえばだいたい強敵。それを倒した際の旨みは多ければ多いほど良いというのが暗黙の了解であろう。
ドラゴンの肉そのものに価値をつけてしまうのが一番手っ取り早いのも分かりはする。
(それはそれとして……どうするかな、調理)
味は足りない、水分も直ぐになくなってしまう。
折角なのでステーキで!!なんて事をすれば待っているのは虚無に等しいただ腹に不味い肉塊を納める会だ。
それは困るので全力で頭を働かせる。こういう時にセオリーというか、思い込みが使えないのって結構不便である。先入観が邪魔をする。
(味付けはしっかりで……問題は水分の維持。ただ焼くだけだと悲惨になるな。鶏むね肉に近いとなると、蒸すか、それとも——)
鶏むね肉。その言葉に、ピタリと思考が止まった。
僕は何をしていたのだろう。いや何を考えていたのだろうか。あるではないか。水分がすぐに無くなる、味の薄い肉の救世主。
「唐揚げ一択では……??」




