【49】正論をねじ伏せるためのもの
「馬鹿何して……ッ!?」
「お父さん!!アーネリカの回収を!!」
「ああクソッ」
悪態をつきつつも、自分にも耐性を付与してアーネリカを回収に走ってくれる。
ここで格好良く囮なんて出来たら最高だが、耐性はあれど格上の異常存在に立ち向かえるほどの戦闘力は有していない。苦痛耐性と、攻撃で体が吹き飛ばないかは別問題だ。
なので迷いなく援護を要請する。
「ペェちゃんごめん、援護射撃!!」
「パーーーーッ!!」
最近懐いてきてくれているペェちゃん、しかも今回はアーネリカを守るためだ。迷いなくビームを叩き込んでくれたので、残った片目にも追撃を狙う。
「まあ無理だよねぇ」
ギリギリのところで目を閉じられた。やはり不意打ちでもなければ対策はされる。
鞭は上手く使えば超高速で動く武器だ。この速度であればらくらく避けられることはないが、問題は龍がいつ僕の脆弱性に気づくか。
恐らく今の黒龍の耐久力の基準はアーネリカだ。だから相手も相手で、そこそこ大振りな一撃で確実に仕留めようとしてくる。
だから凡人でも、ペェちゃんの援護ありきで遠距離ならばぎりぎり避けられる。
これがちょっと小突いただけで死ぬとバレたらおしまいだ。適当に尻尾を横薙ぎされたらそれで終わってしまう。
(アーネリカの戦線復帰……無理ではないと思うけど、すぐにとはいかないだろうし)
ローザドーロさんはバフデバフ、回復を柔軟に取り回すサポーターだ。本職ヒーラーではない。
まあこれはカーマイン先生を知っているから言えることだが、やはり本職は別格なのである。
そんな彼が、体力と外傷だけならともかく、毒の治療にどれだけかかるか。速攻即決、あるいは撤退の予定だったこともあり毒に関連する専用治療薬は持ってきていない。
(毒は完全に無視できるけど、とりあえず攻撃の直撃は避けて……)
ひたすら鉄粉を仕込んだ鞭で場所を構わず攻撃する。
特に狙っていないが、アーネリカが作った傷にでも鉄粉が入ってくれれば化膿が狙える。
何度も鞭を叩きつけているうちに、鱗に覆われた体の一部の色が違うことに気づいた。
なんと言うべきか、汚い茶色である。漆黒で美しい鱗に覆われているのでやたらと目立つ。
尻尾の付け根辺り、下の方はキレイなままだが、まるで上から輪切りにされかけたように、歪な半円形に肉が覗いている。
(傷……いや、傷跡?)
思考をそちらに割いてしまった、その一瞬。
おそらく鞭を阻害する程度のつもりで放たれた爪の横薙ぎが、腹部をかすめた。
掠めた程度で済んだのは避けたからではない。ペェちゃんが全力でタックルをかましてくれた結果、致命傷を避けられただけだ。
それでも肉が抉られる感覚があった。衝撃にも耐えきれずそのまま横に転がる。
(まずいなぁ)
痛みよりもそれが勝った。その不安を肯定するように、眼の前の黒龍は混乱を見せ……そして、勝ち誇ったような表情に変わる。
完全に手遅れらしい。『こいつは弱い』という確信を与えてしまった。
アーネリカが復帰する目処が立ったわけでもない。普通に考えて逃げるべき盤面だ。
ただ僕が逃げればどうなるか。多分……というか絶対にローザドーロさんの隠蔽を引き剥がしてでもアーネリカを探し出して殺すだろう。
戦闘力的に格下であろう人間相手にここまで感情を揺さぶられる奴だ。プライドは相当高いはず。
それが自分に傷をつけた存在をみすみす逃すとは思えない。
「出血すごいな……縛ってても時間の問題な気もするけど」
結構大きな傷なので、一周回って頭は冷静だ。多分あと一歩で走馬灯が流れ始めるだろう。
それを証明するみたいに、頭の中で自問自答が流れ始める。
『本当にこんなことをする必要があるのか』
『逃げてしまうのが正解じゃないのか』
『アーネリカとの関係はあくまでビジネスで、しかも自分はただの料理人のはずだろう』
『こんなに体を張る理由は何だ』
(自分の割にごちゃごちゃ煩いなぁ)
やるって決めて立っているのに、見捨てる方見捨てる方に背を押される。それを正当化する理由ばかり並べたてられる。しかも結構正論なのが面倒臭い。
昔も良くあった事だ。精神的にも肉体的にも追い詰められた人間の自衛とはかくも恐ろしい強度を持つ。
良くあったことだ。逃げ出したかった事なんて死ぬほどあった。
それでも、逃げ出さなかったのは何故か。
「ねぇ優規」
思い出すのは自分に似ているようで全く似ていない顔と、それが当たり前みたいに差し出してきた手。
腹の傷はとりあえず上着を脱いで適当に押さえつけるみたいに縛っておく。
鞭を持って構えた瞬間に、明らかに眼の前の黒龍が嫌な顔をした。
「言ってたこと、兄さん、ようやく分かったかも」
多分、優規に関しては、弟を見捨てて楽になりたく無かったから。
それで多分、今の、アーネリカを見捨てない理由に名前をつけるなら。
正論を叩き潰してもここに立ち続ける理由に名前をつけるなら。
「宗教」
正論は、正論か狂気でなければ返せない。
「頑張った人は報われなきゃいけない」
一歩前進。血が地面に滴った。
痛くないわけではない。だがそこは耐性様々だ。まだ動けはする。
せっかくなので笑って見せれば、怖気づいたのか黒龍がほんの僅か後退した。まぁそりゃあ、追い詰めたと思った鼠が急に笑いだしたら怖いだろう。
だがそれでいい。僕を恐れてくれれば時間が稼げる。
正気じゃないのも重々承知。
「それが僕の宗教だ」




