【48】黒龍討つべし
鱗とハルバードが激突した事による轟音、そして勢いがそのまま地面にまで伝わり、大きな亀裂が生まれる。
「入……」
「跳べアーネリカ!!」
一瞬安堵の表情を浮かべたアーネリカだが、ローザドーロさんが叫ぶ。
次の瞬間、アーネリカの胴体に巨大な尻尾が叩きつけられる。
形容しがたいが、明らかに骨か内蔵に深刻なダメージが入ったであろう音が僕のところまで聞こえてきた。
つまり相当な速度、そして力でぶん殴られたことを示している。吹き飛んだアーネリカは受け身すら叶わず転がり、そして地面に血を吐いた。
「立て!!避けろ!!」
血を吐いた人間に無茶をいうと思ったが、アーネリカは立ち上がる。ローザドーロさんの指先がわずかに光っているので、回復したことを遅れて理解した。
そして立上がるや否や、そのまま思い切り横に飛んだ。
着地体制など一切考えていないその跳躍のすぐ後に、黒龍の爪が元いた場所に叩きつけられる。
地面を陥没させるほどの威力。あれに匹敵する威力がアーネリカに当たったと思うと寒気がする。
「先の一撃で、かすり傷……ですか」
予備動作ありの全力の一撃で、ようやくかすり傷。完全無効化でないだけマシだが、それ即ち彼女の常の攻撃では傷を与えられないことを意味する。
「前隙を晒さなければ、有効打はない」
ただでさえハルバードは大振りの武器。それを前隙なく振り回しているアーネリカは十分化物だが、その程度の攻撃では足りない。
必要なのは全力攻撃。しかしそれを繰り出す為の前隙は眼の前の相手に殺されるには十分すぎる時間でもある。
「ならば」
アーネリカが全力で振りかぶる。そしてそのまま、ハルバードを思い切り黒龍の方へ投げつけた。
黒龍はそのハルバードを鼻で笑い、見せつけるようにそのまま受け入れる。ギャラララ、と嫌な音は立てつつも、ハルバードは黒龍に傷すら付けられずに上へ跳ね上がった。
「驕りましたね」
そのハルバードの跳ね上がった先には、跳躍したアーネリカの姿があった。
空中で回りながら跳ね上がったハルバードを見事に回収、そしてその勢いをそのまま黒龍に叩きつける。
「はぁッ!!」
一撃目と、比べ物にならない程の轟音。土煙とともに、赤黒い液体が吹き上がる。
黒龍が、流血していた。切断には至っていないが、明確な負傷。黒龍の目に驚愕が滲んでいる。
先の攻撃に比べれば、明らかに狙いが粗い爪の振り下ろしをアーネリカは悠々と回避する。
一旦黒龍と距離を取り、攻撃を誘発させるように蛇行しながら接近。その蛇行をそのまま溜めに流用し、今度は上から下へ切り上げの攻撃。
この攻撃は、先程の攻撃に比べれば威力は低いはず。それでも、黒龍は明らかにこれを回避しようとした。
それを見過ごすアーネリカではない。そのまま連撃を叩き込み、またかすり傷が増える。
そこからは回避と追撃の応酬。アーネリカにとって黒龍の一撃は致命の一撃になりかねない。
そして黒龍は、恐らく今『血が出るほどの攻撃』と『避けなくて良い攻撃』の見分けがついていない。
避けなくても平気であると判断した端から流血するほどの攻撃を受けた黒龍は、おそらく相当に混乱している。
『とりあえず眼の前にいるコイツがヤバい』という判決を下したらしく、アーネリカの攻撃を過剰に避けようとしては溜めの一撃を食らっていた。
「……勝てる」
数十分に及ぶ、アーネリカによるほぼ一方的なダメージレースを前についついそんな言葉が口をついて出る。
しかし、僕のその言葉を嘲笑うように、戦っていたアーネリカが血を吐いた。
「……え?」
本人も予想外だったらしく、素っ頓狂な声が彼女の口から漏れる。
そして、一旦引こうとしたものの、そのまま地面に倒れ伏してしまった。
「アーネリカ!?」
ローザドーロさんの悲鳴じみた声が聞こえた。彼も予想外だったらしい。
でも僕は理由がわかってしまった。これは毒だ。
黒龍が常に展開している毒。今はローザドーロさんによってある程度耐性を獲得しているが、完全ではないと言っていた。つまり何処かで引かなければいけないタイミングは訪れる。
時間計算を彼が失敗するとは思えない。ならば原因は何か?単純、元にしたデータとの状況や条件の違いだ。
彼が活動限界として参照したのは前回……つまり、ローザドーロさんがサポートで、アーネリカのお母さんがアタッカーだった時の情報。
違いは明確、アタッカーの実力と体格だ。
アーネリカは極端に小さい。お母さんを見たことがあるわけではないが、その人より小さい可能性は大いにある。
彼は悪くない。
(そう、誰も悪くない)
眼の前で敵が倒れたことで、黒龍は驚きに固まっていた。
しかし暫くすれば、これが毒によるものだと理解して、にちゃりとした笑いを浮かべる。
振りかぶられた爪。まるで先程までのアーネリカを真似るように、ゆっくりゆっくり力をためていく。
汚い笑いが深くなった。まるで人間のような下卑た笑いだ。しかし弱肉強食が自然の掟、彼もまた決して悪くない。
(悪くない、けど)
乾いた音。それとほぼ同時に黒龍が悲鳴を上げる。
彼は右目を抑えていた。
見開いた目に鉄粉を大量にまぶした鞭が直撃したのだ。痛いとかいう次元ではないだろう。
自分の手が面白いほど震えている。不意打ちとはいえ龍相手に通じたというのに、勝てるビジョンが一切浮かばないのだから恐ろしいものだ。
勝てる気はしない。それでも。
「このまま彼女が死ぬのは美学に反する」




