【44】レッツ取引
「どういう状況なのでしょう」
狼狽が顔に滲んでいる。まあ無理もないだろう。意識朦朧な状態から回復すれば、自分の周りで雪女郎が円を描きながら舞い踊っているという状態なのだから。
でも今だけは彼女の狼狽を無視させてもらう。雪女郎の皆さんがササっと割れ目を作ってくれたので、そこから円の中心に飛び込んでアーネリカの額に自分の額を合わせて確認する。
「熱は」
「ないです」
アーネリカの返答。舌がもつれたりする様子は見られない。意識はしっかりとしているのだろう。その上で専門家に確認を取る。
「お父さん虚偽の可能性」
「ない」
「ヨシ」
そのままアーネリカを抑え込む。今にも舞の円の中心から飛び出そうとしていたので。
念のために周りの雪女郎の皆様方が踊らなくなるまでここに留まるように、とナゴリさんに言われていた。
アーネリカをバックハグの容量で抑え込んで数分待機。なおバックハグの理由はアーネリカが抑えを振り切ったときに僕が致命傷を負いかねない体勢だからである。こうすることでアーネリカから抵抗の選択肢を奪うことが可能☆
え?実力で抑え込む?出来るわけないじゃないですかヤダー。
「えと、皆様ありがとうございました」
「むしろとんだご迷惑を……!!」
踊り終えたらしい雪女郎の皆様が、滑るようにして一糸乱れぬ動きでサササーッと壁際に整列する。
このとき足が上がっていないのが流石である。
アーネリカがひとりひとりに頭を下げてお礼をすれば、皆様目をぱちくりさせた後に、ふわりと微笑んでアーネリカにお菓子を握らせていた。
行動が遊郭の花魁さん、或いは大阪のおばちゃん……というか、アーネリカが断ろうとしているのに原理不明の怪力でお菓子を握り込ませている。孫に菓子とお駄賃を握らせるお爺ちゃんお婆ちゃんのような怪力は世界を超えた共通事項らしい。
「ナゴリさん。商談に移りたい」
「万年雪なら差し上げます」
僕たちが雪女郎の皆さんに構ってもらっている間にも、村長とローザドーロさんによる交渉は続いていたらしい。
だがナゴリさんは完全にこちらを被害者、自分たちを加害者と認識しているらしく、表情は青く引き攣った状態で固定されていた。
「それは約束と違う。私は取引と治療を条件にしたはずです」
「だが」
「商人は嘘をついたら終わりなのですよ」
有無を言わせない微笑みを見た。被害者と加害者から、商人と客に無理矢理立場を固定する神がかった一手。
おぉ、と内心舌を巻く僕を一瞥し、黙ってろと言わんばかりにウインクしてから、彼は床に両手をおいて頭を下げてトドメを口にした。
「嘘をつかせないで頂きたい」
商家として大成している一家の長、恐るべしである。
ナゴリさんが完全に黙り込んでしまった。それを是と認識したローザドーロさんは商談を続ける。
「そして、見る限りこの村に通貨という概念はなさそうですね」
「そうですな。この村は基本物々交換で成り立っておりまする」
「……差し出せる、この村で価値ある物。ナゴリさん、あの中にありますか」
指し示したのはペェちゃんがいる方。つまり持っているものの中で価値あるものがあるかの確認である。
電気ストーブ的なモノからラジオまで、結構多彩で売ったらお金になりそうなものはあるのだが……
「申し訳ないですがの、下手に使えば悪影響になりかねん。価値は低くなる」
返ってきたのは否定であった。まあ当たり前だろう。物の価値というのは需要と供給だ。ここに需要はない、そういうことである。
今は適温だと思っている人間の横で石油ストーブをガンガンにかけたらただの嫌がらせだろう。ここの人たちにとって、暖を取るものはほぼ無意味に近い。あとラジオは電波が届かない。
「で、あれば。うむ……」
「お父さんお父さん」
「お父様お父様」
「二人揃ってどうした。今俺は考えている最中で……」
頭を抱え始めたローザドーロさんの肩を、右はアーネリカ、左は僕がそれぞれ叩く。
右に振り返った彼の視界の先で、僕らはある光景を指し示す。
薪割りと屋根の修理に苦心している日常風景を。
「………………なるほど!?」




