【41】女王の如し
さて、具体的な策はあるにはある。しかしそれは、雪ん子を捕縛してからの話である。
僕は身体能力が優れているわけではない。なので、アーネリカのように談笑(と少なくとも彼女は思っていた)しながらぴったり並走はおろか、追いつくことすらままならないだろう。
しかし相手は幸運なことに僕を舐め腐ってくれている。
なにせ今、確実に手の届く眼の前で、ゆらゆらと揺れてこちらを挑発しているのだから。
僕が動けばひらりと躱して舌でも出すつもりだろう。実際、僕の腕が届く距離程度軽く飛び退れることは分かっている。
だからこそ、読みやすい。
左腕を持ち上げれば、雪ん子は飛び退る構えを見せた。
なので即座に右腕を振り抜き、鞭で眼の前の雪ん子を絡め取って引き寄せ、そのまま引き倒してその上に座る。
僕に抑え込むだけの力はないので、無駄にある身長を活用するのが最適解である。
「……な!?」
物理的に尻に引いた雪ん子から、結構低い驚愕の声が漏れた。雪ん子と言う割に、声がおっさんである。
「はーい動かないでね。お仲間がどうなっても良いのかな?」
我ながら言動があまりにも悪役であるが、3人いる中で引き倒せたのはひとりだけ。こうする他ない。
実際効果的であり、目の前で僕を煽り倒していた二人はぴたりと動きを止めた。
「じゃあこのまま喋ろうか。先に言っておくと僕はアーネリカよりも臆病だから、君たちが深呼吸しただけでも驚いて自衛行動を取る可能性があることを憶えててね」
深呼吸、つまり深く息を吸った段階で吹雪を警戒して動くと宣言しておいた。敵対行動どころか、その予備動作と誤解されるような行動すら許さないという釘刺しである。
「雪女郎のところまで案内してくれるつもりはないんだよね?」
雪ん子たちから下卑た笑いが浮かぶ。
引き倒されてはいるものの、あくまで自分たちのほうが強いという精神的優位があるからだろう。
それを理解したうえで、僕は改めて質問を重ねる。
「じゃあアーネリカを治すつもりは?」
やはりこちらを下に見た笑い声が返ってくる。しかし、先程と違う点が一つ。ただ笑うだけではなく、こちらの反応を伺っていたはずの彼らの目が、一瞬だけ僕から逸れた。
こちらの思い通りにならないという絶望を突きつけた時の反応以上に楽しいものは無いはずなのに、その決定的瞬間を見逃すような行動を取ったのだ。
それは圧倒的な違和感。そしてそれを見逃すほど、さすがの僕でも甘くない。
「治せないってところかな?」
半分はカマかけだ。ただ露骨に目が泳いだ。
賭けはどうやら僕の勝ち。アーネリカ相手も狼狽していたが、心理戦を仕掛けてくる相手とは話したことすらないのだろう。御しやすいにもほどがある。
「君達は『発症』はさせられても『治癒』は出来ないと」
肩が跳ねた。動揺が手に取るようにわかる。これで彼らがこちらに差し出せる、『病を治してやる』という交渉カードは消えたわけだ。
それだけでも僕にとっては相当のアドバンテージだが、生憎僕は今とてつもなく虫の居所が悪い。
吐き出せるだけ吐き出してもらおう。
「まあ所詮その程度とは思ってたけど」
その瞬間に、雪ん子の表情がピキリ、と硬直する。
やはりこれが地雷らしい。心理戦において、大切なのは精神的に優位に立つこと。
自分がこの場を支配しているという確信があれば、場所の主導権を握れる。
「理解できてないわけじゃないでしょう?だって君たち子どもじゃあないものね」
再びの硬直。今度は地雷を踏みぬかれた、というよりは嘘を看破された詐欺師のような硬直。
それ即ち、バレると思っていなかった事がバレていた時特有の動きである。
つまりこのカマかけも成功だ。まあこちらに関しては、多少推理できる要素があったけれど。
本当の子どもならば、最初に“視界をかすめるように動く”なんて行動はしないのだ。
いや、相当長い間悪戯を続けて居ればその結論に至るかもしれないが、大抵の子どもにとって悪戯とは、まず不意打ちとイコールになることのほうが多い。
大人……まあつまり、自分よりガタイはデカいわ、経験は豊富だわ頭は良いわ、の三拍子である。正面から戦っても勝てないと本能的に察知する。
だから本気を出される前に一撃食らわせる。相手が本調子になる前に先手を取る。だから、最初のあの行動の時点で違和感があった。
「雪ん子、まあ『獅子』と同じで、そういう種族名ってだけでしょう?」
ひっそりと首後ろに汗をかく。綱渡りはまだ終わってない。僕が話しているのはすべて推論だ。
たとえ合っていたとして、それがただの推測であると察知されては何の意味もない。
こいつは知っている、と思わせた上で追い打ちをかけなければ意味がない。普通ならここまで馬鹿みたいな博打はしないが、彼らはやってはいけないことをした。
「多分男女で最初から雪女郎になれるか、雪ん子で止まるか決まってるんだよね」
精一杯繕おうとしているのだろう。表情筋が動かない。
しかし僕が座る形で抑え込んでいる雪ん子の呼吸、それに伴って発生するはずの背と腹の動きが止まった。
呼吸を止めた、明らかな不自然。
つまりこれは正解というわけだ。
「だからその憂さ晴らしかな?子供の外見をいいことに、現状を変えようともせず他人に鬱憤ぶつけて発散してるんだ」
彼らは動かない。僕に抑えられている一人を見捨てるか、或いは僕を押し飛ばせば簡単に逃げられるというのに。
まるで実力においても僕が絶対に勝てない相手であるかのように。
「良い年した男が揃いも揃って悪戯くらいしか脳がないんだねぇ」
憐れみすらも生ぬるい。蔑みだけを込めて見つめてあげよう。
雪ん子一人の背に腰掛けた状態のまま、ゆっくりと足を組んで頬杖をつく。
「どこか違った?」
その瞬間に、ばきりと何かが折れる音を聞いた気がした。




