Ⅳ-2 算盤
アブトマット南下開始。その報を受け、王城スプリングフィールドでは緊急審議会が招集された。
円卓に広げられた地図を、ニニオは鋭い眼差しで見下ろしながら口を開いた。
「逆賊の目的は何だと思いますか、猊下」
続報によれば、ゾーン城はもぬけの殻だという。単なる撤退ではなく、明らかな拠点の移動。大僧正カルカノが数珠を弄びながら答えた。
「拠点の移動でしょうな。カイツール坂での敗残兵を飲み込み、肥大化した。ゾーン周辺の交易路を我々が封鎖した以上、飢えを逃れるための移転かと」
「となると、狙いはシェリダー川の双子城ですか」
ニニオの言葉に、ウィンチェスター丞相の顔に明らかな焦りが走った。
「もし、あそこを抑えられたら、王都への物流が完全に途絶えることになります……! シェリダー川は王都の水上交易の生命線。ヘッケラー城とコッホ城は、陸路の街道も含め、王国の『胃袋』そのものです」
「現城主はゲドラ・ザイデル。シグ家の遠縁の筈です」
「心配しておられるのですか、ウィンチェスター殿」
場違いなほどにニヤニヤと笑いながら口を挟んだのは、大蔵大臣スミオ・ティッカコスキであった。
「何がおかしいのですか、スミオ殿」
「いえいえ。私は元々しがない商人でしてね。ゲドラ殿のことはよく存じておりますよ」
「ならば、スミオ殿の名前で書状を! 決して逆賊に協力せぬよう説得するのです!」
ウィンチェスターの切実な訴えを、スミオはきっぱりと、小気味よいほど冷淡に言い放った。
「逆効果ですな。……言ったでしょう、私は商人。ゲドラも商人。いわば商売敵ですよ。私から頼まれれば、あいつは必ず逆のことをやる。……何もしなくてよいのではないですかね?」
「何も、しない!?」
「ええ。ゲドラは商人だ。金にならないことは絶対にやらない。いくら遠縁だからといって、見返りもなく逆賊を受け入れるほどお人好しではない。……果たして、アブトマットに彼を納得させる『体力』が残っているでしょうか?」
スミオは椅子に深く座り直し、傍らに置かれた葡萄酒を煽った。
「ゾーンを出た理由は飢え。南下する道中、奴らは村々を略奪しながら進むでしょう。……そうなれば、噂は瞬く間に広がる。民は物資を持って避難し、街道から食糧は消える。……H&K城に到着する頃には、軍を維持できているかどうかすら怪しい。ゲドラの私兵だけで撃退できるやもしれませんな」
「……ただ、逆賊討伐の手柄をみすみすゲドラに与えるのも癪ですな」
スミオの言葉に、カルカノが頷く。
「逆賊も当代随一と言われた元大将軍。ゲドラが受け入れぬと分かれば、別の搦手を考えるやもしれません」
カルカノが合図を送ると、部屋の奥からバラライカが悠然と姿を現した。
「バラライカ殿。H&K城下に手下を配置できますか? 情報を可能な限り集めていただきたい」
「あの辺りを縄張りにしてる昔馴染みがいる、任せな。……あと、余計なお世話かもしれないが、アブトマットと繋がってそうな怪しい業者のリストも出しておくよ」
「助かります」
「それと、あたしも現場仕事があるんでね。いつまでも王都に入り浸ってらんないんだ。……部下を一人、猊下の元に置いていくよ。好きに使ってくれ」
バラライカが呼び入れたのは、一人の男だった。
混血のようだが、その体型は痩せ細っており、一見すれば弱々しくさえ見える。しかし、その眼光の鋭さは、歴戦の猛者であるボーチャードすらも僅かに身構えさせるほどだった。
「ノルデンフェルトだ。よろしく頼む」
短く、しかし拒絶に近いほどに硬質な声。
王宮の騎士たちとは明らかに異なる「死線の臭い」を纏う男の登場に、謁見の間の空気が一変した。
ニニオは改めて全員を見渡し、威厳を込めて宣言した。
「それでは、正式に逆賊アブトマット討伐軍の編成を。……オリバー卿、お願い致します」
「御意に」
ボーチャード・ルドウィック・ツー・オリバーが、深く頭を下げた。




