第八話「デート・ディ(朝/弥一サイド)」
「ごちそうさまでした」
吹き抜けのリビング、朝日の差し込む食卓で、弥一は両手を合わせた。
「はい、お粗末様」
そういってにっこりとするのは、まだまだ若々しい弥一の母・四季{しき}だ。
父の宗重{むねしげ}は、すでに手早く朝食を終え、何やら難しい顔で新聞を読んでいた。
「ふむ……来年の魔界との全面交流について、政府では慎重案があがる、か」
何を今更、とつぶやいて、四季のいれたドリップ・コーヒーを口にする。
「あなた、今日の豆はわかります?」
「エチオピアだ」
即答する父。それに対して、柔和な笑みに少女のいたずらっ気を含ませた四季が告げる。
「不正解です。答えは、魔界のデボネア地方産ですよ」
魔界産のコーヒーというのは、生態系が違うので若干人間界のものとは異なるのだが、近年進んだ遺伝子解析によってかぎりなく同じものという結論が出たのであった。
それについてはコーヒー魔界起源説を掲げる学者がいるとかいないとか。
「成る程。私は試されたわけだ」
宗重は政府の特務外交官として、魔界に何度も出張している。
来年のアルマゲドン計画についても関わっている、重要人物なのだ。
優しい母と、厳しい父。恵まれた環境。
しかし、今の弥一にはそれでは物足りないのだ。
「早く約束の時間にならないかな……」
ぽつり、無意識でつぶやいてしまう。
「あら、弥一。今日は出かけるの?」
「あまり遅くならないようにな」
相手は友達だと思っているのだろう、両親は何の心配もないという顔をしている。
「えっ!? いや、あの、今日はその……」
歯切れが悪い弥一は、次第に顔を赤らめていく。
今まで両親に隠し事をしたことがない弥一にとって、初めての言いよどみでもあった。
「なんだ、まどろっこしい」
「お母さん、わかっちゃった♪ ズバリ、女の子とデートでしょう?」
ものの見事に言い当てられ、弥一は一気に耳まで赤くなった。
恥ずかしくて、ついうつむいてしまう。
「約束の時間より早く着くのは、マナーよ。それから、服装もちゃんとしてね。寝癖なんてもってのほか」
「あまり遅くならないようにな」
目を輝かせる母と、寛容すぎる父。
これなら、ちゃんと言ってもいいのではないかなと思い、弥一は顔を上げた。
「じ、実は、デートの相手は悪魔のお姉さんなんだ!」
……。
…………。
………………。
「あ、いや、その……」
凍り付いたお茶の間に、なにか異様なまでの罪悪感を感じてしまう弥一。
母は黙ったままエプロンを外し、父は静かに新聞をたたんだ。
「弥一、お母さん嬉しいわ」
「えっ?」
目尻に涙を浮かべながら、嬉しそうに四季は言葉を続ける。
「弥一ったら、本にしか興味のない知識欲の具現体だと思ってたから……ちゃんと、女の子――それも悪魔のお姉さんだなんて! もう、そういう年頃なのね」
さりげなくひどい言われようだったが、そこはあえて気にしないでおいた。
それよりも気になるのは父の反応である。
寛容さと厳格さを兼ね備えた宗重の反応を、恐る恐るうかがう弥一。
「弥一」
「は、はいっ! お父さん!」
「今晩は帰ってこなくてもいいぞ」
目を閉じて、そんなことを言う。
しかも、勘当宣言ではなく、どうも感動に打ち震えているかのようだった。
「え、えーと、それってどういう……」
ちょっと言っている言葉の意味がわからなくて、弥一が戸惑う。
「もう! 判らないフリしちゃってぇ!」
四季が身悶えながらかなり興奮した様子で笑みを浮かべる。
宗重は相変わらず目を閉じたままだったが、その実、にやけそうになる口元を必死でこらえているかのようだった。
「そうだ! 今晩はうちに招待しちゃいましょうよ! お母さん、その悪魔のお姉さんを紹介してほしいわあ♪」
「ふむ。名案、だな」
両親揃って、息子の初彼女に興味津々なのだった。
「お母さん、今晩は腕によりをかけちゃうわよ~」
「そういうことなら、私は秘蔵のワインを出そう」
肝心の弥一はどこへやら、四季と宗重はふたりで妙にはしゃいでいる。
「も、もう! そういうのはいいから! ふつうに帰ってくるから!」
ちゃんと改めて紹介するから! と言い残して、弥一はリビングから逃げ出す。
バタンと閉まったドアを見つめて、四季も宗重も微笑んだ。
「青春ねぇ」
「青春だな」
そんなおもしろ両親こそ、弥一の大事な家族だった。
◇
「えっと、三十分前にはついてないといけないよね」
何度も腕時計を確認しながら、約束の公園へと向かう。
両親チェックを十三回もされて決まった服装は、デニムジーンズに白地にブルーラインのストライプシャツという品のいいものだった。
しかし、『両親が認めた』という服装は、やっぱりすこし恥ずかしい。
そのあたりがお年頃の男の子といった感じではある。
「えっ!?」
約束した公園で、遠目にいきなりリリアルを見つけてしまった。
慌てて時計を見るが、まだ約束の時間までかなり余裕がある。
完全に上を行かれてしまっていた。『男』としては、くやしいことこの上ない。
「あっ! 弥一君!」
弥一が走ってリリアルの元に向かうと、途中で気がついたのか『悪魔のお姉さん』は破顔して手を振る。
「はぁっ、はぁっ……す、すみません、お待たせしちゃって」
「ふふっ、まだ時間前だよ?」
「そ、それでもお待たせしたことには変わりありませんし」
変なところでかたくなな弥一は、ぺこりと頭を下げる。
そんな様子を、リリアルは内心キュンキュンとときめいているのを、弥一は知らない。
「わ……」
一息ついて、改めてリリアルの服を見る。
――息が止まった。
「き、きれいです……」
「えっ! ほ、本当に?」
「は、はい! その、素敵……です」
リリアルのおめかしに思わず赤面してしまう弥一。
その姿がうつくしくて、直視できないのだ。
曰く、『恋は盲目ではない、その逆だ。拡大ルーペで相手を見てしまうようなものだ』。
誰の言葉だったか、それは。
弥一は照れ隠しに一生懸命、哲学書の作者を思い出そうとした。
「じゃあ、今日はどこに行くのかな?」
年上の余裕を感じさせながらも、内心はドキドキのリリアルがはにかむ。
その笑みに心臓をわしづかみにされた弥一は、ついつい裏返った声で応えた。
「はっ、花を見に行きましょう!」
「お花? 近くに植物園があるの?」
「い、いえ、実は華展をやってて……あっ、華展っていうのは、つまり、生け花の展覧会のことで、母が小席で出展してまして、それで無料招待券があって、それで、そのっ」
どきまぎと焦ってしまい、かなりポンコツな説明になってしまった。
それでもリリアルはちゃんと話を聞いて、それから自然と手を握ってきた。
「ふふ、焦らなくたって大丈夫だよ。ゆっくりいこ?」
「は、はいっ!」
気がつけば、初デートで初の手つなぎだった。
弥一も、そしてリリアルも、爆発しそうな心臓を抱えての、波乱のデートの幕開けだった。




