第六話「ご用心、甘いお菓子と魔改造」
「えーと……火急の用件って聞いたんスけど」
パフェをちょうど食べ終わった頃に、約束の男性はやってきた。
ツンツン髪にファッション製の高いメガネをつけたその男性は、男性というより、男子という言葉が似合いそうな童顔だった。しかも、身長もデゼルより頭一つ分は小さい。
デゼルからプライベートな呼び出しだと思っていた彼――海原蒼射{うなばら・あおい}は、そうではないと知ってみるからにがっかりしていた。
「というわけで、さっきも言ったとおり、この子……リリアル用の服を仕立てて欲しいのよ。人間用の服を、悪魔用に改造してさ」
話によると、蒼射はデゼルのステージ衣装を仕立てるデザイナーの、その弟子らしい。
まだまだ未熟だが、腕は確か、センスは尖っていて十分とは、デゼルの評価だ。
「頼めるよね、蒼射?」
「頼むって態度じゃないと思うんスけど……」
「す、すみません! どうかよろしくお願いします」
人間界流の頼み方、両手を合わせて拝んでくるリリアルに、蒼射は毒気を抜かれてしまう。
けしてほだされたわけではないのだが、ため息を一つついて、「まあ、いいスよ」と答えた。
「おー、話せるぅ! さすが蒼射、未来のトップデザイナー!」
「……なんか、俺って便利屋になってるスよね?」
デゼルへの淡い期待を胸に、大急ぎで髪をセットしファッションを選び全力疾走でやってきた。その仕打ちがこれだ。
しかしまあ、思い人におだてられるのはまんざらでもないらしく、その頬は赤みを帯びている。
(あぁ、この子はデゼルのことが本当に好きなんだ)
ぼんやりとそんなことを考えていた。
自分の恋路には超弩級奥手のくせに、謎の達観をしているリリアルだった。
しかし、あることに気づく。
「デゼル、人間って未成年は恋愛禁止なんでしょ? この子に頼むのはやっぱりやめた方が……」
おそるおそるリリアルが言うと、デゼルと蒼射はきょとんとした。
それからデゼルは吹き出して笑い、蒼射は顔を真っ赤にして怒りだす。
「あはははっ! だよねぇ、そう見えるよねぇ」
「俺はこれでも二十歳{はたち}っスよ! ほら、免許証だってあるし!」
どうも人間の男は、悪魔にとって年齢がわかりにくい。
もちろん今回はこちらに非があるので、リリアルは慌てて謝った。
「ご、ごめんなさい! てっきり、その、デゼルの趣味が変わったのかと思って、つい!」
「趣味……? なんスか、それ」
「えっと、デゼルって、初老の紳士が好みのタイプ――」
と、そこまでいって、真っ向唐竹割りもかくやというほどの鋭いチョップがリリアルの頭に刺さった。
「いっ! たぁ……」
憧れの芸能人がタモリで、夢はタモリが司会の番組に出ること、などと口が裂けても言えない。
ちなみに身近なところでは、悪魔寮の管理人さんである、松方周造{まつかた・しゅうぞう}六十五歳、妻に先立たれた穏やかな人に恋慕している。
「はいはい、無駄話はそこまで! 蒼射、服見繕って、魔改造はじめちゃって」
「それはいいスけど、採寸は俺がするんスか?」
ふたたび、デゼルのデビルチョップが炸裂する。
「このませガキ、私がするからあんたは目測で仕立てなさい!」
「ガキじゃないっスよ! それに、この人の体とか、全ッ然ッ興味ないっスから!」
「そ、そうだよね! 興味あるのはデゼルの――」
「わーっ! わーっ!」
ぎゃあぎゃあと店内で騒いだために係員にやんわりと退出を促される、ザ・三名様。
「……まあ、今回は私が悪い気がする。認めたくないけど」
「概ねいつもそうっスから、大丈夫スよ……」
「なんのフォローにもなってないね、それ」
ともあれ、各自が行動をはじめ、服を見繕ってから急いで魔改造……それも超特急で仕上げつつも、デザインには遊び心を加え、細部まで縫製を見事に仕上げる。
実に、いい仕事をする新進気鋭のデザイナー(のタマゴ)の蒼射だった。
夕方を過ぎ、夜になり、試着ののちに細部修正を繰り返す。
そんなこんなで、気がつけば夜になっていた。
「できたっス!」
「おー! 見事なもんだわ、マジで」
見なしたわ、とバンバン蒼射の背中を叩くデゼル。
誇らしいような、照れくさいような、そんな表情を浮かべている蒼射。
(うーん、ふたりはお似合いだと思うんだけどなぁ)
しかしまあ、片思い&片思いの状態で、矢印がお互いを向いていないのだから、進展は難しそうだ。
「蒼射君」
「な、なんスか、改まって」
「今日は本当にありがとう」
ぺこり、丁寧なお辞儀をする。
「い、いや、別にいいスよ、そんな」
なんだかばつが悪そうな顔をしているのは、本当はデゼルのために働いたからだろう。
なかなかに純情派な蒼射を、リリアルは応援したくなった。
「がんばってね! その、色々と!」
「は、はあ。よくわかんないけど、了解っス」
魔改造された服を受け取り、それを丁寧に梱包してから、リリアルは宝物を手に入れた子供のように破顔した。
「えへへ。ふたりとも、どうもありがとう」
その表情があまりにもピュアだったので、デゼルと蒼射はふたりともドキッとしてしまった。
こういうところが、無自覚小悪魔なのである。
◇
「じゃ、俺、向こうっスから、ここで」
帰り道、悪魔寮と反対方向を指さして、蒼射が別れる。
その間際に、デゼルに告げたのは、勇気の欠片だった。
「ま、またなんかあったら、呼んでくれていいスから……」
顔が赤い。
そんな蒼射を見て、デゼルは――
「蒼射ぃ。、ほんといいやつねー、あんたは! 今度一回呑みに行きましょっか! 今日のお礼に!」
セットしてあるツンツン頭をくしゃくしゃと撫で回しながら、デゼルは恋っ気のない笑顔を見せた。
その表情にまたときめいて、蒼射はうるさく鳴る心臓を押さえながら走り出した。
「いいやつだわ、ほんと」
蒼射の恋心に気づいていないデゼルは、あくまで姉目線としての評価だった。
「じゃ、帰りましょっか」
「う、うん。今日は本当にありがとうね」
「何回お礼言うのよ、もう」
くすっと笑うデゼル。
その表情に、はじめてディーヴァとしての神秘性を見た気がした。
いよいよ、明日は決戦……初デート!
リリアルは、高鳴る胸の甘いうずきに一晩中酔いしれた。




