第五話「大丈夫だ、問題ない」
「さすがに土曜日の中央街は混んでるわねー」
芸能人であるところのデゼルは、サングラスにキャスケット帽を深くかぶった、『いちおう変装』でため息をついた。
こうも人通りがあると、魔界特製サングラスで魔力の流れをカットしないと、酔ってしまうのだ。ディーヴァゆえの悩みといったところである。
「まずは一階から見て回りましょうか。リリアル、それでいい――って、いないし!」
さっきまで隣にいたはずのリリアルは、人の波にさらわれて、いつの間にやら壁際に追い込まれていた。
「ほら、ちゃんとする。手、繋ぐからね。はぐれないように」
「う、うん。ありがと」
どうにかリリアルを救出したデゼルは、まだ夏の残り香を感じさせる日差しをサングラス越しに睨んだ。
「ったく、暑くてかなわないったら。あとで冷たいパフェでも食べたいところね」
「パフェ!? あ、あ、あの噂の、パーフェクト・スイーツ……通称、パフェを!?」
「え? まだ食べたことないの? リリアル、好きそうなのに」
「だ、だって、あれでしょう? お高いんでしょう?」
ぶるぶると震えながらがま口財布を左手でガードする。
「ま、今日のところは私のおごり。そのかわり、絶ぇっ対……デートの感想聞かせてもらうからね!」
「あ、あはは……」
恋バナと甘いものには目がないのは、乙女の特権だ。そこに悪魔や人間といった種族差は関係がない。
「じゃあ、いくわよ。なんかもう、ただでさえ人が多いのに、うら若き悪魔女子がふたりもいるんじゃ、目立ってしょうがないし」
さっきから通り過ぎる老若男女、全員がふたりに好機の視線を送っている。
その中には、デゼルの正体に気づいているものもいただろう。
とにかく、全館冷暖房完備の商業施設、超大型ショッピングモール『GEP5{ゲップ・ファイブ}』へとふたりは逃げ込んだ。
◇
「ん~~~~~~」
悪魔用の服も取り扱っている店をあらかじめチェックしておいたデゼルは、すぐさまそのショップへと向かった。
しかし、渡り歩くこと数店舗、ちっともしっくりこないのである。
「や、やっぱり、私がオシャレしてもダメなんじゃ……」
「はい、そこ! 後ろ向きにならない!」
どうにも放っておくとリリアルはネガティブになる。超弩級恋愛奥手悪魔の二つ名は伊達ではないようだ。
「やっぱり、人間の悪魔に対するイメージってこういうのばっかりよね」
そう言って指さす先には、黒、紫、赤というきつい色合いの服が並んでいる。
「はっきり言って、リリアルの系統じゃないと思うのよ」
「はうっ!」
「んーーーー。こうなったら、奥の手しかないかあ……ちょっと待ってて」
そう言って、最新の二つ折り携帯電話を取り出すと、デゼルはなにやら通話をはじめた。
(わ、さすが芸能人……私なんて支給されてる型落ちのストレートPHSなのに)
しかも、ちらっと見えた液晶は、なんとフルカラーだった。
これはゆゆしき事態である。
(ううっ、ここでも悪魔格差が……)
デゼルの種族は『ディーヴァ』であり、高位悪魔にあたる。
注目を浴びることで自然と魔力を吸い上げることのできる能力を持ち、その歌声は幾万の兵を鼓舞し、また傷ついたものを癒やすといわれるほどだ。
(私なんて、『ドラクル』だもんなぁ……)
悪魔としては中の中にあたるが、『ドラクル』の最大の特徴はその数の多さである。
実に魔界人口全体で見ても、三割がドラクル種であり、もっとも人間界でのイメージに近い悪魔であることは間違いない。
経口摂取でのみ魔力を摂り、大きなコウモリ型の翼を持つ。夜にもっとも活動的になり、血筋のよいものであれば、金色の魔眼を持つ。それらが特徴。
だが、最大の特徴は、体力は並、腕力は並、魔力も並……平凡を形にしたような悪魔、それが『ドラクル』だ。
魔眼を持つ血統は限られ、遺伝によってのみ受け継がれる。さらに魔眼持ちには貴族階級が与えられ、種族名も『イービル・アイ』に変わる。
(私は、ほんとにただのドラクルだしなぁ……)
実家は農家で、魔界麦を作っていた。
ふと母の作るパンの味が恋しくなり、ほんの少しだけ瞳が涙でにじんだ。
「おまたせ。話ついたから……って、リリアル!? 泣いてるの!? どうしたの!? どっか痛む!?」
「だ、大丈夫! ちょっとホームシックになっただけだから……」
「そ、そう? 大丈夫ならいいけど……ホント、無理しないでね」
こういう気遣いができるあたり、デゼルは友達思いなのだ。
人間がそうであるように、悪魔もまた、身内には甘い。
「じゃ、ひとり呼び出したから、来るまでパフェでも食べてましょ」
そう言って、レストランフロアへと歩きだすデゼル。
「よ、呼び出した? だ、誰? っていうか、何する気なの?」
手を繋がれ、引っ張られるように後を追うリリアル。
「ふふ、それはあいつが来てからのお楽しみ♪」
「あいつ……?」
リリアルはピンときた。
そういう言い方をする場合、相手は――男だ。
しかもたぶん、呼び出したと言っているあたり、それなりに親しく、そして確実に力関係でデゼルが上位にある。
そういう言い方だったのだ。
恋する乙女だけが持つセンサーは、過敏に反応していた。
「リリアル、パフェは何がいいー?」
「い、一番安いのでいいよっ」
「ええ? せっかくのおごりなのに?」
「じゃ、じゃあ、一番いいパフェをもらおうかなっ」
「……極端すぎるでしょ」
顔を見て、思わずお互いに吹き出してしまう。
悪魔女子は人間界でも元気いっぱいなのだった。




