第三話「決戦前夜の前夜、乙女は悩み悪魔は笑う」
「あああああ~……」
午前二時。悪魔寮の自室、リリアルは掛け布団を抱きしめながら悶えていた。
右にゴロゴロ、左にゴロゴロ。
それはまるで揺れる恋心の具現化といっても過言ではなかった。
(弥一君ってどういう感じの子が好きなんだろう? や、やっぱり落ち着いた大人な感じかな? それとも一緒に遊べる活発な感じかな?)
あさってにデートを控えて、どういうイメージで望むか、そんなことを悩んでいた。
「リリアル、入るよ~」
返事を待たずに入ってきたのは、友人の悪魔、デゼル・ディッセンだった。
その手にはコーラがふたつ、大袋のポテトチップスがひとつ。
「……何してんの?」
羊角のデゼルは、珍奇なリリアルの行為に目を丸くしていた。
「の、ノックくらいしてよぉっ!」
顔を真っ赤にして布団を手放し、狭い三畳一間の悪魔部屋に友人を通す。
手早く布団をたたみ、代わりに座布団と折りたたみのちゃぶ台を広げる。
「ありがと♪」
そう言ってデゼルは座布団に座る。
ちなみにこのデゼル、なんと人間界では数少ない『悪魔の歌い手{ディーヴァ}』なのだ。
その美声であっという間にメジャーデビュー、現在も月一ペースでシングルCDを出しているという、超売れっ子だ。
ライブや歌番組ではそのセクシーな衣装にも注目されるほどのナイスバディだが、本人は人間界の万能服……ジャージを愛してやまないという変わり者でもある。
「さて、深夜の宴会としましょうか」
リリアルも大好きなコーラとポテチ、女ふたりが深夜に食べる物ではないように思うが、とにかく悪魔は自然には太らない。
いわゆる蓄積魔力がオーバーしたときに、はじめて『魔力肥満』という状態になる。
だからこそ、魔界では権力者はすべからく太っている。
まれに、魔力消費をうまくコントロールすることでスマートな体型を維持している偉大な権力者もいるが、それこそ魔王クラスだ。
偉くなると自然と太る、それが魔界の常識なのである。
「でさあ、さっき何してたの?」
コーラで乾杯、ポテチをつまみながらド直球にデゼルが訊いてくる。
「え!? いや、その、布団をほぐすとよく眠れるってテレビで言ってて……」
「あー、なるほどね。なるほどなるほど」
ポテチを一枚、ぱきっといい音を立ててかじったデゼルは、すぐさま次の言葉に繋いだ。
「リリアルって嘘がヘタだよね」
「そ、そんなことないってば!」
「えー? じゃあなんていうテレビ? いつやってた? タモリでてた?」
最後のは完全にデゼルの異性趣味だったが、嘘なのは図星なのでリリアルは何も言えなくなってしまう。
「……すみません、嘘つきました」
「あはは。嘘つきは富を得る、なんて言葉は魔界でしか通用しないよ?」
人間界行きで教え込まれたのは、『悪魔たるもの誠実であれ』という格言だった。
とにかく、人間の悪魔に対する偏見が多く、悪魔にとっては憎たらしい『教会』の教えでさも恐ろしい存在として認知されてしまっている。
つまり、こうして留学移住している悪魔たちは、一定の知識や教養のラインを越えた、いわばエリート公務員みたいなものなのだ。
『悪魔』という通り名が定着してしまっているが、悪魔という大区分で共通しているのは『悪意はコントロールできる』というものだ。
つまり、衝動的な犯罪など起きるわけがないのである。
魔界の治安の良さは、人間界の日本を軽く凌駕している。
だがそれは、悪意を完全制御した高度な犯罪行為が行われることも意味している。
無論、それに対抗する特殊警察も存在しているのだが、それはまた別の機会の話としよう。
ともあれ、リリアルの恋についてである。
「えっ!? 好きな人間ができたって、リリアル、本当に!?」
「しーっ、しーっ!」
壁が薄い三畳一間で大声を出されては、寮中に筒抜けてしまう。
深夜の恋バナに興味の多い悪魔女子は多いのだ。聞き耳を立てられてもおかしくはない。
「相手はどんな男? 若い? 強い? 金持ち? イケメン?」
「だ、だから、声のボリューム、落としてっ」
「だってさあ、超弩級恋愛奥手と言われたあのリリアルがだよ? 人間界に来て早々、好きな男ができたとか、すごくない? っていうかやばくない? 人間界デビュー? 自分を変えようとしちゃった?」
「い、一回落ち着こ? ね? 声、大きくなってるし」
「そんなことないって!」
「あるから言ってるんだってばあ!」
もう、絶対寮中に聞こえてしまっている。
とにかくリリアルは半分諦めが入った気持ちで、ぽつぽつと話しはじめた。
「そ、その、最初に人間界に来た日に、魔力不足で倒れてた私を助けてくれて……」
話し出すと、さっきまでの冷めた気持ちはどこへやら。ハートに火がついたリリアルは、顔を赤らめ、人差し指をもじもじと絡めながら言葉を紡ぐ。
その様子があまりにいじらしくて、ちょっとキュンとしちゃった『歌のお姉さん系悪魔』であるデゼルは水を打ったように静かになった。
「そ、それでね、その子、ジュースおごってくれて……」
「え? その『子』?」
「ん? あ、うん。弥一君っていうんだけど、その子が――」
「名前じゃなくて、えーと、ごめん。相手、未成年?」
デゼルはそれまで前のめりになって訊いていた姿勢を改めて、正座してリリアルに言った。
「リリアル、あのね。悪魔格言は覚えてるよね?」
「え? あ、うん」
「悪魔格言その三、『悪魔たるもの、淑女たれ』」
ちなみに男悪魔の場合は紳士たれ、である。
「うん。それがどうしたの?」
きょとんとしているリリアル。とりあえずポテチを一枚食べて、デゼルの次の言葉を待った。
「リリアルはこっちに来て日が浅いからしらないと思うんだけど」
「うん」
「人間界は未成年って恋愛禁止なのよ」
……。
…………。
………………。
「えーっ!? だ、誰が決めたの、それ!」
今までで一番大きな声で、リリアルが叫んだ。
「法律」
すぱっと一刀両断、デゼルお姉さんは容赦がない。
「私もよくは知らないけど、未成年って法でがんじがらめらしいよ?」
デゼルの知識も相当に間違っているのだが、あながちすべてが勘違いではないというあたり、たちが悪い。
「あ、でも、将来を誓い合うっていうのはいいみたい」
「へっ?」
「えっとね、確か前に読んだ本に書いてあったんだけど、白詰草{しろつめぐさ}で作った指輪を貰えたら、イコール求婚の意味なんだって」
「白詰草……い、今は咲いてるの?」
「ううん。春から夏にかけてだって」
がーん、と。絶望のタライがリリアルの頭に直撃する。……いや、もちろん脳内でのことだが。
「じゃあ来年もらえばいいじゃない。一年なんて、私たち悪魔にしてみれば一瞬みたいなものじゃん」
「や、やだもん……」
「えっ?」
「い、一年後なんて、やだもん……今、欲しいもん……」
顔を真っ赤にしながらも、うつむいて、頬を膨らませるリリアル。
その様子があまりにも可愛くて、辛抱たまらなくなったデゼルは、思わず抱きしめた。
「ん~、リリアルったらもう、可愛い♪」
甘酸っぱい恋の魔力が流れ込んでくるのを敏感に感じて、一際感情の動きに敏感なディーヴァの『魔力酔い』状態だった。
同性とはいえ、角に触るのは御法度なので、それをうまく避けながら、デゼルはリリアルに頬ずりする。
「も、もう、子供扱いしないでよ……」
とはいえ、まんざらでもないリリアルだった。
「そうと決まれば、明日の昼はショッピング、夜はメイク術をたたき込んであげる! 覚悟してね、リリアル♪」
「は、はは……お手柔らかに」
こうして、二人の夜は更けていった。




