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第十八話「なんでここにリリアルさんが!?」

(ど、どうしよう……)

 場所は時任家のゲストルーム。ゆったりとしたセミダブルのベッドとシングルソファ、それにテーブルが品良く配置されている。

 そのベッドの上で、正座をして向かい合う少年と女性――弥一とリリアルはお互いに赤面してうつむいていた。

(な、なんでこんな状況に――)

 ふと、リリアルは数十分前の出来事を思い返す。

『それじゃあそろそろ……』

 話が長くなり、時刻はすでに八時を過ぎていた。

 おいとましようと席を立ったリリアルは、つい太ももをテーブルにぶつけてしまう。

 その衝撃でアイスティーの入ったコップが倒れ、リリアルの服を濡らした。

『ご、ごめんなさい! 私ったら、いつもこうで……』

 慌ててコップを起こすが、そのせいで服のシミはさらに広がってしまう。

『いけないわ。色がついちゃう前に、洗濯しましょう!』

『えっ?』

『洗濯乾燥機を使っても数時間はかかってしまうな。……よし、今晩はうちに泊まっていきなさい』

『えっ? えっ?』

『そうと決まれば、お風呂場へゴー♪』

『えっ? えっ? えっ?』

『弥一、のぞくんじゃないぞ。男たるもの、のぞきは許さん』

『えーーーーっ!?』

 こうして強制的に脱衣から入浴、パジャマへの着替え、ゲストルームへの案内と、流れるようにことは進んでしまった。

(うう……父さんも母さんもいったい何を企んでいるんだろう……)

 弥一としては、いろんな感情がごちゃ混ぜになって状況についていけない。

 そもそも、おやすみの挨拶に来ただけはずなのに、どうしてベッドの上で正座で向き合っているのか。

 そこからしてもう説明は困難、思考は混乱、頭の中はホワイトアウトである。

(そ、それにしても……)

 鼻腔をくすぐる、湯上がりのリリアルの香り。

 それがとてつもなく甘く、弥一はのぼせ上がってしまう。

(す、すごくいい匂い……)

 ボディーソープだけではない、なにか不思議な甘い匂いが漂っている。

「………………」

 しかし、こうして沈黙を続けているだけではらちがあかない。

 弥一は今にも破裂しそうな胸の鼓動を手で押さえ、勇気を振り絞って声を上げた。

「あ、あのっ……!」

「は、はひっ!」

 突然の弥一の声に、素っ頓狂な声で反応してしまうリリアル。

 まるで小学生の恋だ。

 しかし、その甘くもむずがゆく、どこか愛おしいような疼き。それがたまらなく心地よく、そしてまた胸をときめかせるのだから手に負えない。

「な、なんだかごめんなさい……うちの両親、ちょっとおかしな方向に全速力で……」

「う、ううん! 素敵なご両親だと思うよ! 弥一君のためを思って、だと思うし……」

 最後の方はちょっと自信がなかったが、そういうことにしておこう。

 それにしても、男女が薄着のパジャマでふたり、ベッドの上……この状況はチャンスなのだろうか、ピンチなのだろうか。

(い、いけないいけない、平常心平常心……)

 油断すれば、すぐに弥一の視線はリリアルの豊満な胸元にいってしまう。

 そんな邪念を頭をぶんぶんと振って追い払い、どうにか平静を保とうとする。

 しかし、冷静になれば、またあの蠱惑的な香りが理性を攻撃してやまない。

(ど、どどど、どうしよう、どうしよう!? こんな、いきなりお泊まりだなんて、想定外過ぎてっ……)

 リリアルの方もパニックになっているのは明白だった。

 パジャマ姿の弥一から漂う濃密な魔力に当てられたのか、はやくも魔力酔いの症状が出てしまっている。

 とろんとした瞳で弥一を見ると、ますます濃厚に魔力を感じられる。

 もう一歩、なにかのきっかけがあれば悪魔の本能が暴走するのは明白だった。

「リリアルさーん、まだ起きてる~?」

 こんこんと、ノックの音ともに四季の声が聞こえた。

 弥一とリリアルは飛び上がるほど驚いてしまい、ベッドの上で慌てた。

「こ、こんなところを母さんに見られたら、今度は何を言われるかっ――」

「と、とりあえず隠れて隠れてっ!」

 ばたばたとベッドの上で右往左往するふたり。

「開けるわよ~?」

 無情にも、四季の天然なのか計算なのかわからない行動によって、ふたりは緊急措置をとらざるを得なかった。

 ――すなわち、布団の中に弥一を隠し、リリアルも布団に潜り込む。シルエットでわからないように、弥一を抱きしめて。

「あら、もうお布団だったのね」

「は、はひっ! 早寝早起きが習慣ですので!」

 布団から顔だけ出した状態で、どうにか受け答えをするリリアル。

 弥一といえば、リリアルに抱きしめられたうえ、その顔を豊かな胸の谷間に包まれて、いろんな意味で窒息しそうだった。

(わ、わわっ、いい匂い、柔らかい、暖かくて、いい匂いで、柔らかくて、あああああっ……)

 少しでも身じろぎすれば、リリアルの弾力と芳香に理性を削られてしまう。

 そんな状況で、弥一は何もできずに完全石化してしまった。

「そういえば、弥一を見なかった? あの子、どこにもいなくて……って、あら?」

 ふと、四季が不自然な布団の膨らみに気がつく。

 それからにんまりとした笑みを浮かべると、そそくさと部屋をあとにする。

「今夜はゆっくり、ゆ~~~~~~~っくり休んでちょうだいね♪」

 そんな台詞と、ウインクを残して。

 ドアが閉じ、静寂が室内に満ちる。

 安堵したのもつかの間、リリアルはずっと抱きしめっぱなしだった弥一をあらためて見た。

「きゅう……」

 弥一は耳まで真っ赤になった状態で、完全に茹で上がっていた。

「や、弥一君、大丈夫っ!?」

 へんじがない、ただの失神のようだ。

「え、え、えっ? 弥一君、弥一君ってば! ど、どうしよう、どうしよう、こういうときってどうするんだっけ!?」

 人間界移住にあたり、魔界講習で覚えた人命救助方法を思い出す。

「えーと、えーと、気道確保して、それから意識確認して、それから人工呼吸――」

 そこまでは順調に進んでいたリリアルだったが、人工呼吸……すなわち接吻{キス}を意識して、真っ赤になった。

(こ、これは人助け、人助け、人助けだからっ! 弥一君に助けてもらった、恩返しだからっ!)

 そういいわけをして、二度、三度とためらいながら、優しくそっと――口づけた。

(ああ……すごい魔力……なんて愉悦……なんて快感……)

 一瞬で魔力酔いしたリリアルは、ふたたび弥一を抱きしめた。

 もう離さない、逃がさない、離れたくないとばかりに。

「んんっ!?」

 唇に優しい違和感をおぼえた弥一が目を覚ますと、信じがたい状況になっていた。

 瞳を閉じたリリアルの顔が、真っ正面にある。

 それだけでも驚きなのに、その唇は、自分の唇に当てられている。

(き、きききっ、キス!? 僕と、リリアルさんがっ!? なんで!? どうしてっ!?)

 状況が一切飲み込めず、ただただ混乱する弥一。

 そして永遠とも思える時間が流れ、やっとの事でリリアルが口を離した。

 つぅ……と、ふたりの唇の間に唾液の糸が伸びて、切れる。

「はぁっ……。弥一君……」

 潤んだ瞳、紅潮した頬、爛々と赤色に輝く瞳。

 一目でわかる、魔力酔いしたリリアルだった。

「り、リリアルさん、落ちつい――てぇっ!?」

 さっきまで抱き枕状態だった弥一は、今度は押し倒される格好になる。

 はだけたパジャマからのぞく、穢れのない少年の柔肌。うっすらと赤みがかったそれに、リリアルは指先を滑らせた。

「弥一君……大人のキス、しよ……?」

 耳元でささやかれ、弥一の理性も一瞬で退き飛んでしまう。

 それでもせめて、セカンドキスは自分からしたいと思うのがいじらしい少年の男気だった。

「リリアルさんっ!」

 弥一から唇を重ね、ゆっくりとそれを開く。

 おずおずと伸ばす舌先に、リリアルの舌が大胆に触れてきた。

 濃密なキス、それも大人のディープキスをして、時間は過ぎる。

 先に根を上げたのは――リリアルだった。

「きゅう……」

 魔力許容量オーバーで、ばたりと倒れてしまう。

 弥一は興奮のあまり肩で息をしながら、火照った体が冷めやらないのをどうにか落ち着けようとする。

 それでも、乱れたパジャマの隙間からのぞくリリアルの肢体は魅力的で、またしても弥一は意識を失ってしまった。


 なにもかも初めて尽くし、ふたりの『はじめての夜』はこうして夢の中へと沈んでいった。


  ◇


「みつけた……」

 欠けた月の下、眼下に広がる人間界の町並みを見下ろすひとつの影。

 その手に十字の形をした槍を持ち、神々しい白衣を纏ったその姿。

 背中の輝く翼を見れば、誰もが思うであろう、その影は――『天使』だった。


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