第十六話「恋バナはディナーの後で」
『今日はとっておきのごちそうがあるから、早く帰ってきてね♪』
そんなメールが送られてきて、宗重は年甲斐もなくうきうきとした足取りで帰路についた。
無論、その程度で失われるような威厳さではない。堅物らしい顔つきはそのままに、早足で職場を出た。
しかし、それだけのことで全員が理解していた。
『時任さん、いいことあったんだな』――と。
その周囲の観察力こそ、宗重が厳しくも優しい上司として慕われている証であった。
(ごちそう、ごちそうか……いったい何だ?)
カレー、肉じゃが、ハンバーグ……そんなありきたりなものではないはずだ、と宗重は思う。
「もしや」
頭の中に描く、今なお衰えを知らぬ四季の肢体。それが裸エプロンで出迎えて――
『今日のごちそうは……わ・た・し♪』
バック・トゥ・ザ・新婚生活。
あり得ない話ではない。
(あり得ない話ではないぞ……!)
一段と早足になりながら、いざ自宅へと歩く、歩く、歩く。
普段ならおっくうな上り坂も、今は全く気にならない。
男は、やるときめたらあとには退かぬ。それが宗重のポリシーだ。
歩く、歩く、ひた歩く。
やがて走るようにしてたどり着いた我が家の、そのドアを開けた。
「帰ったぞ!」
つい、がらにもなくはしゃいだ声をあげてしまった。
その声を聞いて、玄関に出迎えにきたのは――リリアルだった。
「あ、えっと、四季さん、いまちょっと揚げ物で忙しくて、代わりに私が」
エプロンを着たその悪魔は、ちょっと申し訳なさそうにしている。
しかし、いつもは四季の四着あるうちの一つである青のエプロン。それがとてもさまになっていて、宗重は息を呑んだ。
「お帰りなさいませ、お父様」
弥一の父だから、お父様と呼んだリリアルだったが、それは宗重に大きな勘違いをさせてしまうことになった。
(お義父さま!? 弥一め、もうそこまですすんでいたのか……)
感動に、目頭が熱くなる。
それを悟られないようにしながら、靴を脱ぐと、リリアルがビジネスバッグを受け取った。
「夕食はもうすこしでできますから、リビングでお待ち下さい。お父様」
「う、うむ」
息子の決めた女性であるからには、こちらも相応の態度で臨まねば失礼に当たる。
あくまで表面上は威厳を保ちつつも、宗重はリリアルに訊きたいことが山ほどあるのだった。
◇
「それじゃあみんな、召し上がれ♪」
四季の言葉で夕げがはじまる。
全員がいただきますをしてから、改めてテーブルいっぱいに並べられた料理を眺めた。
からあげに天ぷら、大根とコーンのサラダに、ほうれん草のおひたし。それからなすの味噌汁に、なんといっても白米。さらには、四季自らさばいた刺身の盛り合わせ。そしてシンプルにして究極……旬の焼き鮭。長芋の浅漬けから、里芋の煮物、もちろんきんぴらゴボウも忘れてはいない。
そのうえ、デザートにはアップルパイが控えているのだ。これはリリアルとしても気が抜けない。
(どれもおなかいっぱい食べたい! でも、ちゃんとペース配分しなきゃ……)
そんな、色気のないことを考えていた。
その隣では、リリアルのエプロン姿が脳裏に焼きついて離れない、桃色思考の弥一がいた。
(あぁ、素敵だったなぁ、リリアルさん……。もし、毎朝、あの姿で起こしてくれたらどんなに幸せだろう……)
食い気と色気、まったく異なる想いを胸に、ふたりは並んで座っているのだった。
「それにしても、今日はすごいな」
宗重が、宴会かと思うほどの料理の数々に圧倒されてつぶやいた。
「だって、お祝いしなきゃでしょう?」
そういって、四季は弥一とリリアルに「ね?」とウインクする。
「いい思い出、できちゃったものねぇ」
「母さんっ、そういう言い方はリリアルさんに失礼だよっ」
弥一がなにやら含みのある四季の言葉に過剰反応する。
しかし、リリアルとしては自分の投影魔法を喜んでもらえたことが単純に嬉しかった。
「私は平気だよ、弥一君。これからも思い出、作ろうね」
天然でのその台詞は、破壊力がありすぎる。
弥一の心は一〇〇トンハンマーでぶん殴られるほどの衝撃を受けた。
「う、うん、そうですね、はい……」
赤くなり、うつむいてしまう弥一。
そんな仕草もいじらしく感じて、リリアルの胸は甘くうずく。
(か、可愛いなあ、もう)
そんな風にときめいているリリアルを、同じように可愛くおもいながら、四季と宗重はいつくしみの眼差しを向ける。
「人魔婚、か……。まだ少ないケースだが、問題はないだろう」
そんなことを真剣に考える宗重。
この男はこの男で、真面目ゆえにすこしずれているのだった。
「うーん、お母さんからおばあちゃんにステップアップかぁ。思ったよりもずっと早かったわね」
わかっていて乗っかる四季も四季だった。
ようするに、似たもの同士でおしどり夫婦な時任家なのだった。
――ともあれ、たのしい夕食の時間は楽しく過ぎていく。
それはもう、全員が笑みをこぼすほどの、これ以上ない晩餐だった。
「笑顔のある家庭って、いいな」
ぼそっと漏らした弥一の独り言。
それは、両親を見てもそう思ったし、自分の望みでもあった。
そして、リリアルと築きたい未来でもある。
「そ、そうだね」
ついつい耳に入ってしまったリリアルは、真っ赤になりながらしずかに応えた。
それはもう、「イエス」か「はい」で答えなさいのプロポーズのようだった。
「い、いやっ、あのっ!」
弥一が先にそのシーンを思い浮かべて、焦ったように席を立つ。
「む、麦茶っ、おかわりとってきますっ」
もう照れくささのあまり、リリアルの隣にいるのは限界だった。
弥一にとって、刺激が強すぎる初恋だ。
これくらいの無作法は、許されるだろう。
「さあて」
食事も一段落ついたところで、四季が食器を片付けおえて、リリアルと弥一に言った。
「訊かせてもらいましょうか? ふたりの秘密、全部――ぜぇ~んぶ♪」
なるほど、この場に悪魔はいた。
恋のキューピッドなどではない、好奇心という名の悪魔が。




