第十五話「さっきなんでもって言ったよね?」
「へぇ~、ご実家は農業をされてるのね」
一通りリリアルへの質問を終えた頃には、四季の紅茶はなくなっていた。
「リリアルさん、おかわりはいる? なんなら、まだケーキもあるわよ?」
モンブランにいたく感激していたリリアルのはにかみ笑顔を思い出し、四季はついつい甘やかしてしまう。
はじめて自宅に上がった客人に二個目のケーキを勧めるというのは、優しそうでちょっと厳しい『母親』の貌を知っている弥一には意外だった。
(母さん、リリアルさんのこと、すごく気に入ったみたい。よかった……)
悪魔に対して偏見はない四季だが、それでも子供に近づく悪い虫は許さない! という展開になったらどうしようかと、弥一は内心ドキドキしていたのだった。
「それにしても七色に光る魔界林檎なんて、素敵よねぇ。私も見てみたいわ」
魔界麦と平行して、収穫期のずれている魔界林檎栽培もしているリリアルの実家事情を聞いて、四季は子供のように目を輝かせていた。
暗がりで七色に光る魔界林檎は、魔力価が高い高級フルーツだ。
特に収穫直前の、七色に光る夜の農園は絶景なのである。
「ね、ね、写真ってないのかしら?」
写真自体が人間界の技術なので、魔界には近年導入されたものだ。
魔法で風景を投影するというものがあるが、あれには実は術者の思考や私見が入るため、正確性に欠けるのである。
そんな中、写真というものはすごい。
まず魔力を必要とせず、簡単な操作で誰にでも使える。魔法の習得も必要ない。
そういった、人間界の技術は、魔界に住む悪魔たちにとって、宝の山なのだ。
「写真はまだまだ高価ですからね。あ、でも投影魔法でいいなら、私がお見せできますよ」
リリアルのもっとも得意とする投影魔法は、なによりその表現法にある。
美しいものはより美しく、可愛いものはより可愛らしく、雄々しいものはなお雄大に、凜々しいものはさらに煌びやかに。
いわゆる、感性に訴えるものがある映像……もちろん、正確性には欠けるが、芸術の分野として、非常に魔界では高く評価された。
それが、リリアルが一介のドラクル種でありながらも、人間界移住許可がおりた理由でもあった。
「魔法! 見てみたい! 私、まだ実物を見たことがないの!」
「ぼ、僕も! 見てみたいです、リリアルさん!」
親子そろって身を乗り出してくる。
その様子に若干圧倒されながらも、リリアルは自分を欲してくれる存在が人間界でもこうしてできたことに、嬉しくなるのだった。
「じゃあ、部屋のカーテンを閉めて、明かりを消してもらえますか?」
その言葉に従い、弥一は電気を消し、四季はカーテンを閉めた。
真っ暗な部屋のなか、リリアルの指先がぽぅっと光を帯びる。
「~~~~~~」
悪魔の使う、人間には表現の難しい魔術言語を紡いで、魔法が完成する。
指先の光が大きくなり、はじけた瞬間、室内は弥一の部屋ではなく、夜の林檎農園に変わっていた。
「ええっ!? 投影魔法って、こんなにすごいんですか!? 瞬間移動したみたいだ……」
「すっごい、すっごい! これ、三六〇度見れるのね!」
投影魔法は、一言で片付けるなら幻影空間を展開するというものだ。
なので、その領域内にいるものは、あたかも本当の場面に遭遇しているかのように見える。
しかも、写真とは違い、時間の流れの概念もある。
瞬間で捉えるとどうしても味気ない魔界林檎の夜光発色も、こうして光の動きが見られることで、魅力がぐんと増す。
「魔界林檎が七色に光るって、お話で訊いただけだとミラーボールみたいなのを想像してましたけど、そうじゃないんですね! ゆっくりと明滅して、変色して、なんだか落ち着きます」
「う、うん。魔界林檎の皮は、ムードランタンの明かりにも使われる位だから、本物はもっときれいだよ」
リリアルは、自分の実家が褒められたような気がして、つい照れてしまう。
そんなリリアルを優しく見つめていた四季は、弥一にこそっと耳打ちした。
「弥一、言いなさい。『あなたの方がきれいですよ』って」
「か、母さんっ! もう! そういうこと言うなら、お茶会は終わりにするよ!?」
「はーい、ごめんなさい」
ふたりの小声でのやりとりが聞こえず、リリアルは不思議そうな顔をする。
そうすると、薄ぼんやりと明るい投影魔法の世界で、弥一はリリアルと目が合ってしまった。
『あなたの方がきれいですよ』
たしかに、そう言いたい。
でも、魔界林檎の夜光発色に照らされているリリアルは、いつもより、ぐっと神秘的で――何も言えなかった。
ただただ、その顔を、瞳を、見つめていた。
いつまでも見つめていたかった。
「あ、魔法の継続時間が切れますね」
リリアルがそう言うと、ふっと魔界林檎の光景は消え、真っ暗な部屋に戻ってしまった。
「ん~! いいもの見せてもらっちゃった!」
カーテンを開けながら、四季はまだ興奮冷めやらぬ様子で、リリアルに振り向いた。
「ねえ、お礼に今日は夕飯を食べていって? 予定がなければでいいんだけど、どうしても私もリリアルさんに何かしてあげたいの!」
突然のお誘いに、びっくりするリリアルと弥一。
たしかに、外はもう夕暮れを過ぎて、薄暗くなりはじめていた。
「い、いえ、そんな! 私は弥一君のお勉強のお手伝いに来ただけですし、さすがに申し訳ないです……」
リリアルは手を振り、慌てた様子で辞退しようとする。
しかし、そこはそれ。『超合金人間』といわれた超堅物の宗重を堕とした四季である。
エモノは簡単には逃がさない。
「そんなこと言わないで! リリアルさんのために、人間界のアップルパイも焼いちゃうんだから♪」
「あ、アップルパイ……」
ゴクッとつばを呑んでしまう。
人間界のアップルパイ(しかも四季のお手製!)とくれば、俄然興味が湧いてくる。
しかし、食欲に負けたいやしい女だと思われないだろうかと、悩む。
「ね、弥一? 弥一も、まだリリアルさんと一緒にいたいわよね?」
「ええっ!? それは、まあ、その……はい」
恥ずかしそうに、それでもこくんとうなずく弥一。
その仕草に一発で仕留められたリリアルは、つい口走ってしまった。
「ぜひ、ごちそうになります!」
四季は小さくガッツポーズ。
勝者と勝者と勝者だけが残る、優しい終戦であった。




