第十四話「先生がなんでも教えてあげる」
「わぁ……」
初めて入った弥一の部屋。それは少年の部屋と言うよりは、書斎――いや、書庫に近いものだった。
一面窓ガラスになっている壁を除いて、それ以外はすべて本棚が置かれている。
きれいに並べられた本は、数冊マンガがある程度で、それ以外は辞書や論文書籍、研究本に知識書など、とにかく少年らしからぬものばかりだった。
それでも、リリアルは好感を抱いた。
気取っているわけではない、おそらくは両親からはじめてもらったであろう勉強机。それが今なお現役で使っているというところに、両親への想いが感じられたからだ。
(やっぱり、優しい子なんだ)
リリアルが興味をひかれたのはそれだけではない。
広めに作られている弥一の部屋には、寝室としても使えるように当然ベッドが置かれている。
そこに、気軽に腰掛けられるようにクッションがあったのだ。
こういう気遣いは、大人であってもなかなかできない。
そういう、『少年』と『紳士』の同居する弥一の魅力に、またしてもリリアルはのめり込んでいく。
「あ、あの、あんまり見られると……ちょっと恥ずかしいです」
「わっ! ご、ごめんなさい! 男の子の部屋って、入るのはじめてだから、つい……」
「そ、そうなんですか!? リリアルさん、すごくモテそうなのに」
「そ、そんなことないよ。それに、今までは誘われても断ってたから……」
つまり、弥一だけは受け入れてくれた。その事実に少年の心はとろけてしまう。
「ぼ、僕がはじめての相手なんですね……」
弥一は赤面しながら無意識で独り言を漏らしてしまう。
それがリリアルに聞こえたかは定かではなかったが、ごまかすように大きく咳払いをして気持ちを切り替えた。
「そ、それじゃあ早速勉強に取りかかりましょう!」
「そっ、そうだねっ」
本当はもうすこしふたりきりで話したい――。
そんな想いをおたがいに抱いているのに、まだ今は繋がらない。
けれどそんなすれ違いでさえ、恋するふたりには甘いスパイスたりえるのだから、不思議なものだ。
「そういえば、今日はメガネをかけてるんですね」
「う、うん! 今日の私は女教師だから!」
「女教師……」
「だから、なんでも教えてあげるね!」
「な、なんでも!?」
その単語に思わず気持ちが高ぶってしまう弥一と、頼られたと思って満足げなリリアル。
このあたりも、恋する男女の行き違いであった。
「さ! まずは魔界四大国の成り立ちからね。それから歴代魔王の名前と偉業と――」
「あ、はい……」
みるからにしょんぼりする弥一に、リリアルは不思議がるだけだった。
◇
一時間後――。
「ちょっと休憩にしましょうか。詰め込みすぎちゃってもよくないし」
「そ、そうですねっ」
それまで学習机の隣で密着していたリリアルが体を離す。
とにもかくにも、吐息が当たりそうな距離での『お勉強』だったのである。
まだまだ少年である弥一には刺激が強すぎた。
(これ、あとでちゃんと復習しないと……)
現在、まったく頭に入っていない。
考えていたのは、『メガネ姿も素敵だなぁ』『髪からいい匂いがする』『む、胸大きいな……』などであった。
勉強の中身など微塵も覚えていない。
しかし、だからといってリリアルにもう一度最初からお願いしますとは言えない。言わない。
弥一は、つまり最低で最高の生徒なのだった。
「弥一、リリアルさん? そろそろ休憩よね? お母さん、入ってもいい?」
差し入れよ、とノックのあとに付け足す。
柔らかでどこか楽しげな声は、弥一の母である四季のそれだった。
「は、はいっ。どうぞっ」
弥一がそう言って、部屋のドアを開けにいく。
リリアルの後ろを通り過ぎるときに、またふわりといい香りがした。
「あらあら、弥一ったらどうしてそんなに丁寧な敬語なのかしら? いつもなら『うん、いいよ』じゃない」
「べ、別にいいじゃないですか、母さんっ」
弥一をからかってから、差し入れのアイスティーとモンブランケーキをテーブルの方に並べる。
……なぜか、三人前。
「あの、母さん?」
「あのね、あのね、お母さんね。リリアルさんにすっごく興味があるの! お願いだから、お茶会させて?」
「だ、ダメだよっ! どうせおかしなことを訊く気でしょう!?」
「あら、あらら? だってリリアルさんは、『なんでも教えてあげる』って言ってたじゃない?」
居直り強盗ここにあり。正々堂々、開き直りの盗み聞き発言であった。
しかも、最初から聞いていたというあたり、登場のタイミングも狙っていたようだ。
「だから、ね? 弥一、お母さんのお願い、聞いて?」
「だ、ダメだよっ! そういうことなら、絶対ダメ!」
弥一は、恥ずかしい気持ちで顔が真っ赤になっている。
リリアルにも申し訳ない様子だったが、当の本人はあまり気にしてはいなかった。
「私なら、大丈夫ですよ。弥一君のお母さんに訊きたいこと、私もありますし」
にこっとリリアルがピュアな笑みを浮かべる。
その純真さに、ちょっとだけ四季がひるんだ。
「……そこまでまっすぐな目で見られると、逆に罪悪感……」
ともあれ、こうして三人での『お茶会』がはじまった。




