第十一話「デート・ディ(夕)」
「結構、日が沈んできたね」
夕暮れ時、ひぐらしの鳴き声が聞こえる公園のベンチで、リリアルと弥一はとりとめのない話をしていた。
魔界のこと、人間界のこと、自分のこと、相手のこと、好きな食べ物や趣味について。それ以外にも、とにかくお互いに訊きたいことも話したいことも山積みなのだった。
「弥一君と初めて会った日に、ちょっと似てるね」
夕焼けの柔らかな緋色がリリアルの顔を照らしている。
そこにとびきりの笑顔がついてくるとなると、弥一はまた大きく心臓が跳ねるのを自覚した。
「そ、そういえばっ、今日はもらってほしいものがあって!」
言いながら、弥一はポケットに入れていた文庫本、その間に挟まっていたしおりを取り出した。
「これは……?」
押し花を薄いアクリル板で挟んだ、手作りのしおり。
その真ん中にあるのは、四つ葉のクローバー……つまり、白詰草であった。
(わっ! ほ、本当に白詰草の贈り物……これってもしかして、もしかしてっ)
プロポーズ、だったりするのだろうか。
いやいやそんなわけはない。
でも人間界では白詰草はとにかく誓いの際に使われるものだ。
しかも、幸運が宿ると言われている四つ葉のクローバー。
相手の幸せを祈る意味が込められていることに間違いはない。
(っ~~~~~!)
あれやこれやと考えていると、リリアルの頭が沸騰した。
ぼっと顔が赤くなるが、それは夕焼けの色と同化して、幸いにも弥一には気づかれなかった。
「だ、ダメですか……?」
リリアルの沈黙を、拒絶と受け取ってしまった弥一は、不安げな表情でしおりを引っ込めようとする。
その手を、思い切ってリリアルは握りしめた。
「そんなことない! ううん、すごく嬉しい! 言葉に詰まっちゃって、何も言えなくて……とにかく、すごく嬉しいの!」
そのリリアルの言葉を聞いて、ぱあっと弥一の表情が色鮮やかに咲いた。
「あっ、ありがとうございます! そう言ってもらえて、僕の方こそ嬉しいです!」
「う、うん!」
ふたりは、見つめ合う。
かすかに潤んだリリアルの瞳。
それは魔眼ではない、光の加減によって色が変わるただのマジョーラ・カラーの瞳。
魔界では比較的珍しくないものだったが、弥一にとってはたとえ一〇〇カラットのダイヤを捨ててでも選びたい、独占したい、魔性の輝きを秘めたものだった。
「リリアルさんの瞳、万華鏡みたいです……」
「弥一君の表情こそ……」
ふたりはゆっくりと、吸い寄せられるように近づいて、そして――
「あらあら~、弥一じゃない。こんなところでどうしたの……って、あら?」
不意に声をかけられて、ふたりはハッと我に返る。
急接近した体と心は、一転して距離を取った。
「お、お母さん!? どうしてここに……」
声の主は、弥一の母・四季だった。
悪気があったわけではなく天然で声をかけてしまったようで、ふたりの雰囲気を壊してしまったことに罪悪感さえ感じているようだった。
「どうしてって、お買い物に出たから、公園でも通って帰ろうかなって――あら、あらら? もしかして、お隣の素敵な女性は、リリアル・リリアンデールさん?」
「は、はいっ! え、えっと、い、いつも弥一君には、お、お世話になっていますっ!」
いきなりの『お母様』登場に、うろたえるリリアル。
悪魔との交際なんて許さない、とか言われたらどうしよう。
そんな絶望的な考えがグルグルと頭の中を駆け巡った。
「いえいえ、こちらこそうちの弥一の相手をしてくれて、本当に感謝してるのよ~。それにしても、弥一ったらこんなに綺麗な女性をたぶらかして……悪い子ねぇ♪」
のんびりとした口調とは裏腹に、リリアルに対しては失礼のないように言葉を選んでいるのがわかる。
それはすなわち、受け入れられているという証でもあった。
繰り返し述べてきたように、人間界では未だに悪魔と魔界への偏見が根強い。
そんな中、こうして物事や人物の本質、それ自体を見る目があるというのは、『よそもの』である悪魔にとってはまさに僥倖……この上なく光栄なことであった。
「ねえ、弥一。さっきの続き、して? お母さん、邪魔にならないようにここで見てるから♪」
にこにこと柔和な笑みでとんでもないことを言う。
それに対してリリアルは赤くなってうつむき、弥一は照れ隠しに怒った。
「で、できるわけないでしょ! っていうか、そんなにリリアルさんをじろじろ見ないでよ! もう!」
「あらあら、弥一ったらもう独占欲? だめよ、そういうのはまだ早いわぁ。お・ま・せ・さ・ん♪」
「違うってばぁ!」
とにもかくにも、こうして初デートでのファーストキスの機会は失われてしまったが、リリアルに取っても弥一にとっても、両手いっぱいで抱えるほどの思い出ができたのだった。
◇
「そ、それじゃ、リリアルさん。また今度」
「う、うん! 連絡、待ってるね」
別れ際に自分のPHS番号を伝えたリリアルは、受け取った四つ葉のクローバーのしおりを大事そうに胸元で抱きしめる。
弥一は、またしてもその豊満な膨らみに視線を奪われて、少年らしい恥ずかしがり方で去って行った。
「ほ、ほら、帰るよっ。お母さん!」
「あらあら。弥一、今日はお母さん、お父さんと新婚体験の予定だったのに……いけず」
「か、帰るよっ!」
「あん。もうっ。……それじゃあリリアルさん、またね」
小さく手を振って、弥一に引っ張られるように帰路につく四季。
その仕草から、表情から、雰囲気まで、なにからなにまで見とれてしまった。
「綺麗な人だったなぁ……」
リリアルの、それが四季への第一印象だった。




