第十話「デート・ディ(昼/後編)」
「そろそろお昼にしよっか」
そう言って、公園のベンチへ向かうリリアル。
繋いでない方の手には、バスケットが持たれていた。
「えっ! もしかして、リリアルさんの手作りお弁当ですか!?」
「うん! 味は、その、悪魔と人間じゃ味覚がちょっと違うから、保証はできないんだけど……」
てへへと恥ずかしそうにリリアルが笑う。
その笑みにまた胸をときめかせながらも、好きな人の手料理がたべれる喜びに弥一は興奮していた。
「食べたいです! 僕、すっごく食べたいです!」
目をキラキラと輝かせる弥一に、今度はリリアルがときめいてしまう。
(ううっ、食べちゃいたいのはこっちだよ……)
悪魔が人間を食べるというのはもちろん迷信だが、そういう意味ではない。
語るのも野暮なので、ここでの乙女心と下心については割愛しよう。
「ほ、本当に、あんまり期待しないでね? 簡単なものしか作ってないから」
「だめです! 期待しちゃいます!」
ベンチに並んで座り、名残惜しそうにしている互いの手を離す。
それからリリアルはバスケットを開けて、お弁当を広げはじめた。
「わあ、サンドイッチ!」
前にコンビニでハムレタスサンドを買っていったのを覚えていたリリアルは、それをどうにか再現しようと奮闘した。
その甲斐あって、見た目も味も、かなり上出来なものになった……のだが、勢い余って作りすぎたサンドイッチを、デゼルだけでなく悪魔寮のみんなにも振る舞うことになったのは余談である。
「食べてもいいですか!?」
「う、うんっ」
こうまで期待されると、一周してやっぱり嬉しいものだ。
あらかじめ用意しておいたウェットティッシュを渡すと、弥一は繋いでいた手を拭くときだけ一瞬ためらいを見せた。
そんな細かい様子の変化さえ、リリアルにはすべてが大切なワンシーンだ。
大事に大事に、心のフィルムに焼き付ける。
「おいしいっ! これ、すごくおいしいです!」
「本当っ!? よかったぁ……」
リリアルが安堵のため息をつくと、その仕草にぽーっと見とれた弥一が口を半開きにする。
そして、ついついその視線がリリアルの豊かな胸に行ってしまうのは、少年とはいえ男の性{さが}なのだろう。
「どうしたの?」
少年の純粋であるからこそ邪さを感じさせない、性的な視線。その意図を読み損ねたリリアルは、単純に不思議そうな顔をして弥一をのぞき込んだ。
前のめりになると、胸の膨らみがますます強調されて、弥一は真っ赤になってしまった。
(わわわ、見ちゃいけない、見ちゃいけない……)
なんとか視線をそらし、ごまかすようにサンドイッチをバクバクと食べる。
そんな慌てた咀嚼では、すぐに喉に詰まらせてしまうのは自明の理だろう。
「うぅっ!」
「あっ、もう! そんなに慌てなくていいのに」
そう言いながら、リリアルは朝に魔界茶葉で入れたアイスティーを差し出す。
「んぐ、ごく、ごくっ……ぷはぁっ!」
紅茶で流し込んだサンドイッチがどうにか喉の奥へと過ぎていく。
弥一は自分の胸をどんどんとたたくと、やっと一息ついた。
リリアルがそっと背中をさすると、子供じみた自分の行動が恥ずかしくなってしまう弥一。
(うう、かっこ悪いな、僕……)
そうしてやっと気分が落ち着くと、リリアルがサンドイッチを一切れも口にしていないことに気がついた。
「リリアルさんは食べないんですか?」
「あっ、私はこっちなんだ」
そう言って、アルミホイルの包みを取り出す。
それを広げると、中には弥一の見たことがない魔界料理が入っていた。
ソーセージとにんじんスティックをレタスで包み、最後に半透明の生地でくるんである。
それは形的には手巻き寿司のような、不思議な料理だった。
「えっと、それは?」
「これね、魔界の料理で、私の好物なんだ。『デュラッハ』って名前なの。人間界だと……ハンバーガーみたいなものかな?」
「へぇぇぇ」
初めて見る料理に、弥一は興味津々だ。
ついつい、その顔がリリアルに無意識で接近してしまう。
「あ、あんまり見つめられると、食べにくいかな……」
照れくさそうにリリアルが言うと、弥一は「あっ」と声を上げて身を離した。
(そ、そんなに離れなくてもいいのに……)
開いてしまった距離が、なんだか切ない。
それなのに甘い蜜のようなときめきも同居して、リリアルの心をかき乱す。
「そ、それじゃ、いただきます」
リリアルはそう言って、控えめに一口デュラッハを頬張る。
「ん~! やっぱりおいしいなあ、魔界クラゲの包みは」
「えっ! その半透明なのが、魔界クラゲなんですか!?」
聞き覚えのある単語に、またずずいっと弥一が身を寄せてくる。
魔界クラゲというのは、魔界特産の万能食材である。
基本的には干して乾燥させたものを水で戻すと、プリプリもちもちの餃子の皮のようなものになるのだ。
もちろん、生で食す好事家もいるが、生のクラゲは若干の毒性を持っているため、料理人には調理免許が必須とされている。
庶民にも優しい養殖魔界クラゲだが、リリアルとしては一度天然魔界クラゲの刺身を口にしてみたい。
(ああ、でもパスタもいいよね、それからクラゲモンブランもいいし、食べてみたいなぁ……)
そんな食欲に思いをはせていると、つい弥一がさっきよりも接近していたことを見逃していた。
「あ、あのっ、リリアルさん!」
「は、はいっ!」
一生懸命な弥一の瞳。
そのまっすぐなまなざしが、リリアルの心を射貫く。
「僕、食べたいです!」
直球な言葉の意味を取り違えて、リリアルはかーっと耳まで真っ赤に染まった。
(う、うそ、人間界ってこんな大胆なこと言うの……? それに未成年って恋愛禁止なんじゃないのかな? えっ、でも、いいのかな? い、一応、勝負下着……だし)
赤面して黙ってしまったリリアルに、弥一が頭の上に疑問符を浮かべる。
それから自分の発言がなにやら紛らわしかったことに思い当たり、慌てて訂正した。
「ち、違います! 料理! デュラッハ! 一口食べてみたいなって! ごめんなさい!」
その弥一の必死の弁明に、リリアルは安堵半分がっかり半分で息を吐いた。
「あ、そ、そうだよね。うん。あはは」
自分の方がどうにもふしだらだったことに恥ずかしくなり、リリアルは照れ笑いを浮かべながら弥一にデュラッハを向けた。
「は、はい、どうぞ」
羞恥心でいっぱいのリリアルは、それが「はい、あーん」の構図になっていることに気づかない。
弥一は弥一で、それがびっくりであると同時にうれしくもあって、周囲を一度伺ってから勢いよくかぶりついた。
「ん、もぐ……。わ、おいしい!」
魔界クラゲの食感は、なんとも形容しがたいが、例えるなら餅皮といったところだろうか。
独特の塩っ気がうっすらとあり、それが野菜にちょうど合う。
もちろん、ケチャップつきのソーセージは、弥一も大好きな一品だ。
「本当においしいです、これ! 魔界料理っていいなぁ、いろんなのがあるんだろうなぁ……」
また知識欲がうずうずと頭をもたげだしてくる。
しかし、その隣では、リリアルが真っ赤になっていた。
(わ、わ、これって、もしかして間接キスだよね!?)
超弩級恋愛奥手のリリアルからすれば、初デートで初(間接)キスというのは、もはや卒倒ものだった。
「?」
しかし、当人である弥一は気づいていない。
このあたりはまだ、お子様なのだ。
(弥一君って、本当、大胆なときあるよね……)
胸のドキドキが収まらない。
リリアルは、そのときめきも切なさも甘痒い感触もすべて抱きしめて、デュラッハの続きを口にした。
味なんて、もうわかりっこない。
ただ黙々とデュラッハを食べるリリアルを見て、弥一はついに思い至ってしまった。
(こ、これってもしかして、間接キスなんじゃ……)
お子様思考回路でも、思春期は思春期。
結局、ふたりそろって赤くなってしまうのだった。




