第56話 冒涜的な作戦
「坊ちゃん……一体何を」
「何って、経典をやってんだよ」
足立姉妹は、新たな教徒になった。
海の底に眠る偉大な者は、ただあるだけで我らの矮小さを思い知らせてくれる。
その事を簡潔に纏めた本だ。
新たな魔導書だよ。
残りはテメェらで勝手に埋めとけ、運が良けりゃ夢で啓示が得られるだろ。
「この身は星辰揃う日までの陽となろう」
「この身は星辰揃う日からの陰となろう」
「「我が神の夢を妨げる者に、静かなる眠りを捧げましょう」」
ハハッ、霊能力者共が神を崇めるとは。
良いね、不気味だ。
「フフンッ、それっぽい?」
「ああ、上出来だ」
「こんな滅茶苦茶な宗教、カルトですら無い……けど、良いッ……」
「破滅的だろ? だから良いんだ。その神話の真髄は、渾沌の内に眠る無《夢》を謳うモンだからな」
「久遠に座したる……いや、それももう知ってるか」
「ミキ、お前コイツに惚れたろ」
「ああ。最高だ」
あぁもう笑いが止まらない。
見ているかよ狩猟者、お前の望んだ狂気がここにあるぜ。
「……儂の知らない所で、闇が蠢いておる……」
「ケイン、お前も入信するか?」
「わ、儂は……儂は、良い。しかし、この身は坊ちゃんの為に。ケイン=バラムス=フォン=ドレイグ、終わりの先まで付き合おうぞ」
殊勝な事で。
「大変結構ッ。件の狩猟者は白痴の王を信仰している蠅と思え。人の頭に巣食って正気を貪る外宇宙人だ」
「ならどうする? どうやって引っ張り出す」
「頭でもカチ割れと言うのかね」
「鼻の穴に釣り針を挿し込む?」
「胡椒を火で炙って煙を吸う」
「簡単な事だ」
そう至極簡単な事。
「奴の信仰する神を降ろす」
「……しかしそれは、この世界を滅ぼすのでは?」
「勿論嘘っぱちのハリボテだ。だがリアリティが……いや出鱈目さが無いと騙しきれない」
「そんなものをどうやって……」
「想像だ。そもそもの本物自体が所詮は創造の産物に過ぎない代物だ。そこで、濡羽一族の脳を使う」
俺の情報操作で全ての脳をリンクさせ、俺、ジェイク、ウルネラ、アルバロ、ミキ、ケイン、日和、彩月、全員でヤツの姿を拝み、その恐怖を共有して個々の内にて暴走させる。そして綯交ぜにしたそれを、俺がP-001陰陽の派生銃、対狩猟者用長距離砲P-002地獄で空へと撃ち出す作戦だ。後は砲弾の爆発によって拡散した情報素子が勝手に動き始め、果ての宙にて沸騰し永遠に産声を揚げ続ける原初の存在が姿を現した事に歓喜した獲物が頭なり尻尾なりを出した所で蹂躙する。
ん? リトラと信はどうしたって?
流石の俺も常識は弁えてる。怖がってるばかりのリトラと、それに負い目を感じてる信にゃぁこんな事させられるわけねぇだろ。それを置いても奴らはキリスト教の側に立つ概念だ。こんな冒涜的な儀式に入れられるわけねぇだろ。差別じゃない、常識的な配慮だ。
優とレミィ? アイツらは俺のガレージ型隔離世に閉じ込めてある。イザヤもだ。
優の予知能力も一時封印だ、この先起こる恐怖に奴は耐えられない。
いくら超能力に目覚めたとしても、アイツの眼にはこの渾沌を一片でも見られる頑丈さは無い。たちまち腐り落ちて、永劫とも思える苦痛の果てに死んでしまうだろう。それは御免だ。そんな姿は見たくない。俺の優には籠の中の少女でいて欲しいし。レミィには玉座後ろの隠し部屋で赤子を抱く賢者でいて欲しい。
「ぬれば?」
「一族……?」
そうだ、一族の名をまだコイツらに知らせていなかったな。
ならここで名乗るとしよう。
「濡羽一族。英名クリミナルクラスタ。黒金剛石を鴉の羽で包み込んだ薔薇を模すエンブレムの組織だ。この俺を包み込んでくれる暖かい羽と、それを護る痛々しい棘、悪魔の羽が天使の翼に侵蝕されていく様を描いた冒涜的な象徴を持つ、我等の名だ」
あ、以外にもミキが目を輝かせた。
「……最高だなシンヤ。私もその一族に入るのか?」
「お望みとあらば」
「ッハハハ、なら私も濡羽一族だ。せいぜい死者の王を目指そう」
『全員助けるって、ソッチの意味?』
『真なる救済……破滅的』
「フ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”……光栄に思え、この世で最も恐ろしい存在を目の当たりに出来るぜ」
ほぉら仲良く手を取り合って?
輪になって踊るか。
この目玉を潰された古の印の周りで。
「……不浄極まり無い……」
「吸血鬼が言う言葉じゃないな」
「逝く準備は出来たかお前ら。濡らしても知らねぇぞ」
さぁ目を閉じて。
想像するんだ、闇よりもっと暗い深淵の果てを。
無限とも思える程に増え続ける小さな神々が笛を鳴らしている中で、一際大きな”何か”が蠢いている光景を。
「うぅ……」
「おぉ、これが……!!」
「うわぁ……うわぁぁ……」
「アハハ……何これ……何これ何これ何これ何これ何これ何これ」
『Ia Ia ____』
『Aia ____ Aia ____』
個々の反応はやはり違うな。
ケインは本能的な恐怖を。
ミキは歓喜を。
日和はひたすらに嫌悪を。
彩月は何時もの発狂。
ウルネラとアルバロは、驚いた事に賛美の呪文を知っていやがった。
ジェイクは……こんな程度じゃ動じないか。
これで全員イメージを共有出来た。
ここで一度リンクを遮断し、それぞれの内で勝手に妄想させておく。
まぁせいぜい俺の想像でしかないもんなので本物には劣るが、その本物だって元は想像の産物だ。これはそういうモンだからな。
死亡者0、再起不能0、上々だ。
これぐらいで良い。
全員の記憶からこの数十秒分をカットして、情報素子として放射、真っ黒い塊が出来上がった。
「はぁ……嫌なものを見た気がするわぃ……」
「あぁんもう少し見させてくれよシンヤァ」
「またすぐ見れる」
「私達は、地下に逃げさせて貰うよッ!!」
「ふんぐるい むぐるうなふ 」
「彩月! シッカリしろ彩月! 彩月ィー!!!」
逃げる足立姉妹を尻目に、ウルネラとアルバロを変形させていく。
今度はウルネラが手前になり、アルバロがマズルとなる。
ほぼ標準的なロケットランチャーの形だ。
RPG-7と言えば分かる人は多いだろう。
「最後のサブミッションは、奴らだな……まぁ、環奈を騙す事も出来れば、俺が邪神じゃないって説明も付くだろうし」
『そう上手くいくかな?』
『危険度は高い……』
「まぁ、発狂した場合は敵を殺した後で記憶のカットでもしてやれば良い。死ななければ万事OKだ」
『本当にやり方がえげつない』
「ジェイク、今の内に全域スキャンだ。サーモグラフ、重力偏差、磁力偏差、超音波、過去履歴、全方法で獲物の在処を突き止めろ」
『了解した。システム、スキャンモード』
そして俺は、邸の上空へ再び舞い戻って来た。
記憶の塊を弾へ込め、呪いを呟き、P-002地獄へ装填する。
「遥か彼方、何処にも無い場所、時空の中央に座する混沌よ。今この世に踊り出で、愚かなる者に滅びを捧げよ……!!」
〔白痴の偽神〕発射ァ!
月を隠した雲を砲弾が貫き、5秒、10秒、20秒程経つ。
そして、仄かな光が地上へ射した。
いいや、全てが排された。
「さぁ……」
「『『『絶望タイムだ』』』」




