第38話 神条 神鵺の泣き所
あれから、2週間経った。
何度も通信を試みても通じず。
新技術のアイデアも出るはずが無く。
仕方なく、このメロディアスで過ごしていた。
寧音は文哉の事を庇い、これから皆で再興しようと奮起した。
許されたとは言え、文哉も責任を感じてるのか、身を粉にして働くつもりらしい。
ミュージカがいなくなった事でパワーの供給は断たれ、一瞬だけ食事情や健康問題が懸念された。完全な娯楽と化していた食事は、パワーの無い状態だと悪影響ばかりあるものになっていたらしい。だが驚いた事に、食事関係の知識や備蓄はミュージカが備えていたんだ。皆すぐにこれを獲得して、絶滅の危機を逃れた。しかも不思議な事に、謎のスピーカーが添え付けられてる保管庫内で見つけた備蓄の食料はどれも新鮮なまま、高品質で保存されていたんだ。ぶっちゃけ素材がスゲー活きてて美味い。
そんで肝心の俺はと言うと、一緒に住む事になった寧音と文哉の住処に世話になってる。世界を変えた変革者、ソイツを客として迎えたってわけだな。
まぁ、元の世界に帰る目途も経たないんでちと機嫌は悪い。
「……」
「……神鵺、まだ通信繋がらないの……?」
「コイツがダメージを負ってるせいかも知れんが、過ぎた事はしゃあない」
「ぅぃ……ッ」
何処ぞのサイボーグばりに胸を開けば、身体の40%を占めてる機械部分が露出する。操作して中枢を持ってくれば、傷が付いてる事が分かる。あの大音量で歪んで、それでショートだ。これさえ無傷なら命の心配は無いが、傷が付いてるとなっちゃ、演算すらままならない。寧ろ脳が無事で何故コイツがショートしたのか不思議でならない。内部装甲で守られてるってのに、殺人音波とも言える大音量が内部で反響でもしたのか。
「本当に人間じゃないんだね……」
「す、凄い……」
「……はぁ……」
いやため息も出るわ。
またどうしようもない事態に出くわした。
困った。これは困った。
「……ねぇ、神鵺」
「言うな」
「えぅっ……」
言わんとする事は大体分かる。
「永住するつもりは無い」
「……まぁ、帰る目途が立つまではここにいなよ。恩もあるしさ」
「……んっ」
それからと言うもの、1時間に10回は向こうへ通信を飛ばすがそれでも通じず。
物資を集めて中枢の修理もして、回復を待ってもみた。
それでも一向に解決策は見つからず、遂に30日。1か月だ。
単純計算だと、あちらでは10日過ぎてる事になるな。
欠席ばかりか……これは1回留年かな。
そもそも、元の世界になんて戻れるのか?
現状のまま、このまま1年、5年、10年、30年なんて時が済んだら?
肉体成長が遅くなってても、この世界が向こうよりも時間の進みが早いとなったら、下手したら、戻るより先にこの世界で寿命を迎えてしまうんじゃないのか? いくら含機械生命体と言ったって、不老不死になったわけじゃない。ただ人間よりも遥かに長い寿命を得ただけだ。この先1000年は青年体で活動していられる保証があるが、それとこれとは別だ。俺の精神は未だ人間の枠に収まっている。そんな時間を、この世界で過ごせって? そんなの、”狩猟者になる前と同じ”じゃねぇか。
「……」
一瞬指輪に目が行ったが、ダメだ。
コイツの力は解放しちゃいかん。
それだけはダメだ。
感覚的に、コイツを解放すれば『そんな苦悩も無駄に終わる』と分かるが、それ自体が禁忌だって事ぐらい俺には分かる。
「……アイツら、俺の事探してるかな……」
リトラは探してるだろうが、他の奴らは……ジェイクも探すだろうとは思うが、メイド達にゃ、まぁこんな主人だしなぁ。探す義理も無いよな。優、お前は何もするな。いつも通り皆に飯作ってやってくれれば良い。
「……はぁ……」
だんだん嫌になって来ちまった。
結局人を裏切っちまうんだよなぁ、俺。
何もしない、か。そうだよ何もしないんだよ。
本来の俺は、惰眠を貪って、生気の無い目でパソコンの画面見ながらキーボードカタカタ鳴らして、誰もいない部屋でふんぞり返りながらジュースを煽るニート気質の落ちこぼれだ。自分から異世界に行って魂を狩る仕事を負ったのも、丁度そこにその仕事が転がってたからだ。怠惰で惰性に甘える本物の弱者、それが俺のもう一つの正体だ。そこにあるのは、死を望むどころか、既に死んでる男の姿だ。醜さの塊だな。
人間と言う生き物の凄さを尊敬する癖して、自分はそれに準じようともしないなんてお笑いだぜ。あの機会が無きゃ、俺は、死を超えて無に変わってたかも知れない。俺の望んでいた、_________に。
「…………」
気付けば俺は、寝る時と食事の時、風呂の時以外はビルの屋上で過ごすようになっていた。
そして、41日目。
そろそろ日暮れが近づいて来た頃だ。
赤に染まり始める街並みを見詰めながら、屋上の縁で猫背のまま座っていると、後ろに気配を感じた。
って言うか靴音とかでバレバレだ。
寧ろわざとだった。
「寧音か」
「神鵺、これ」
「……?」
左を向いてみると、何か差し出されてた。
これは……お握り?
とりあえず受け取るが。
「何でまた」
「食べて」
「はぁ?」
「良いから、ほら」
まぁ、出されたもんは喰うけどよ。
「いただきます……はむっ…………んまいっ」
「でしょ?」
「ただの塩むすびだよなこれ」
「それにはね、僕と文哉の気持ちがいぃっぱい詰まってるの」
「また夢のある」
何だ、隣に座ってまで。
元気づけようってのかお人好しめ。
「……ここの所元気無さそうでさ。やっぱり、帰りたいのかなって」
「……そりゃそうだろ……あむっ」
「向こうには、君の家族がいるの?」
「……いるっちゃいるが、向こうでも離れ離れだ。メイドと連れ子、雇い主なら一緒に住んでるがな」
「……凄いね……色んな人犠牲にしてまで、帰ろうとするなんて」
「……俺は悪だからな。周りの事なんざ歯牙にもかけねぇ」
「嘘」
「んだと?」
寧音でもそれは聞き捨てならんぞ。
あ、おい逃げんな。
「だって今、感謝してるんじゃないの?」
「……」
「周りの事気にしないんだったら、それこそ口も聞かないと思うな。でも君は、ちゃんと僕達の言葉に返事してくれる。今渡したおにぎりだって、もっと嫌な性格の奴だったら目の前で捨てると思う」
「……天邪鬼は嫌いなんだ」
「それが君の良い所だよ。自分の為とか言って、何度か人助けした事あるんじゃない?」
「……かもな」
「ミュージカの件も、文哉のロック排他も、君は怒ってた。過去の皆が築き上げた文化の事を思って、怒ってくれた」
「……」
「不器用なだけで、本当は優しいんじゃない?」
「……あぁ~……」
とりあえずおにぎり全部食って、と。
チッ、米が手に付いた。舐め取るか。
「ごちそうさまでした」
「……ふふっ」
「…………」
良い顔で笑いやがって。
ムカつく。
「……まだあるならもっとくれ」
「そう言うと思ってた」
「文哉……」
何なんだよお前ら。
二人しておにぎり作ってたのかよ、復興作業はどうした。
「ちゃんと具の入ってるおにぎりもあるよ。まだ早いけど、ここで夕飯にしようか」
「……」
広げた風呂敷を囲んで、3人でおにぎりをもっしゃもっしゃと。
ちゃんといただきますもしたぞ。
「……美味い……どれも普通のもんなんだよなこれ」
「そうだよ」
「僕らの気持ちをたっぷり込めたからね。元気になーれって」
「お人好しめ」
「その気になれば食料奪って逃げる事も出来たじゃないか。お人好しは君の方だろう?」
「……むぅ……」
想い一つでこんなに美味くなるのか。
もしかしたら、この世界の住人は”想いを乗せる”って言う能力を持っているのかもな。音楽とか料理とか言うのは問わず、想いの力で影響を及ぼす能力。
これが心の栄養って奴か。
優、お前の言ってた事分かったわ。
「……優……」
「ん?」
「今、何か言ったかい?」
思えばコッチの世界に来る前、リトラの事怒らせてたなぁ。
優の奴、ちゃんと俺の分も飯用意してくれてたって。
「……」
やっぱ探してんのかな。
向こうでは13日と半日ぐらいか……心配掛けさせてたら悪いな……。
「……はむっ……」
美味い。
けど、急に虚しくなってきた。
「……はむぐっ、んっ、むんっ……んむっ」
口いっぱい頬張ってんのに。
めいっぱい喰ってんのに。
「そんな慌てなくて……も……」
「……神鵺……?」
「……フグ……~~…………!!」
食えば食うほど、優の作る飯を思い出しやがる。
「んぅぅ……ぅぅ……」
「……神鵺っ」
「どうしたんだ急に泣き出して」
「~~……美味い……美味いんだげどよぉ…………優の飯が食いたくなんだよ……」
「ゆ、ゆう……?」
「それは……君の家族かい?」
「んん……んん……」
そうだよ。
帰りてぇよ。
帰って優の言う心の栄養たっぷりな飯が食いたいんだよ。
リトラにも謝りたいんだよ。
レミィとイザヤにも暫く会えてないし、足立姉妹とゲーム出来てないし、ケインの淹れる紅茶だって啜ってないし、信……信はいなきゃ怒るだろうし、ミキとも呑んでないし。
「帰りたい……」
「……」
「……神鵺……」
「元の……元の世界に帰りたいんだよ”ぉ”お”……!」
生まれて初めて泣き叫んだ。
家に帰れない事がこんな辛いなんて知らなかったぞ俺。
こんな体験小さい頃に済ませるもんだろ。
そろそろ19迎えようって青年が家に帰りたいって泣き叫ぶとか、そんな話あるかよ。
あるんだよ。
この方迷子になった事も無くて、大抵の事は自力で何とか出来た俺が。自分じゃ何とか出来なくて、周りに助けてもらってもどうにもならないこの状況に直面して、人生で初めて堪え切れずに大泣きするって事が。あるんだよ。
俺だって辛くなったら泣くんだよ。
飯食ってたら、そりゃ我慢も限界になるだろ。
今思い出した事だけど、落ち込んでる時に飯食うと涙腺とか色々緩むんだよ俺。
「リトラァー!! 俺が悪かったからぁ!! 門繋いでくれよリトラァー!!! リィトォラァアー!!!!」
『”神鵺さん”!? 神鵺さんですか!? 返事して下さい神鵺さん!』
「ッ、グスッ……」
声が聞こえてきた。
この聞きなれた声は。
「……リトラ……?」




