第34話 誰かの罠
何もやる気が起きない。
土曜日の事、俺は久し振りに二度寝三度寝四度寝とを繰り替えしている。既に午後3時過ぎ、狩猟者になってから初めてこんな時間まで寝たわ。前まではさほど珍しい事でもなかったのに、久し振りだ。
優は起きろと言ってくるが、そんなの無視だ。
お前は俺の母ちゃんか。
いや、俺の母ちゃんはそんな五月蠅く起きるように言わないな。
母ちゃんか、久しく会ってねぇなぁ。
ああ、今度はリトラが来やがった。
「狩猟者……これ、オクマさんの所で買った安定剤。調子の悪い時は、これ飲んで、ッ!? 何でまたそうやって銃向けるんですかぁ!!」
「黙れ……暫くすりゃ消えるっつってんだろ」
「もしそれで消えなかったらどうするんですか」
どうもこうもないんじゃねーの。
「……」
「……」
「……今の貴方は、まるで違いますね」
「……」
「この前私に撫でて欲しいって甘えた癖して、今度は拒絶ですか」
「……」
「……辛いなら、そう言って下さい」
「……」
「狩猟者……!」
ダメだ、眠過ぎる。
「狩猟者! もう狩猟者ったら!」
「今日ぐらい良いだろ……何もしなくたって」
「……優さんちゃんと貴方の分食事用意してくれてますからねっ」
「……んっ」
もう一眠りしよう。
次に起きた時ぐらいは、飯でも食いに一度……いや、良いか。
たまにはこんなのも良いだろ。
「明日も昼まで寝てるようなら、また異世界に飛ばします」
やってみろ。
その世界壊してやっからよ。
……いや、良いか。
どうせ生命力もモッドが3まで上がってんだ、危険度がSでもなけりゃ寝ていられるだろ。
今は眠たいんだ、寝させてくれってぇの。
* * *
目が覚めたら、暗い部屋の中だった。
異世界か?
えーと、スキャン。あぁ異世界だ。
リトラの奴め、アッチじゃまだ土曜の夜じゃねぇか。
「ジェイクとも離れちまったか……まぁ良いわ」
ドッチにしろ俺が死ぬこたねぇし、リトラもその事を分かってて送ったんだろ。
「お休み」
寝ようと思って目を瞑ったら、ドアを開ける音が聞こえた。
めんどくさいので見えないように情報操作、っと。
電気が付いた、眩しい消せ馬鹿。
いや良い俺が消す。《電気信号操作》
「うぇええぉっとととととたた!?」
おい、踏んづけんじゃねぇよ。
そんでもってどうせなら転んどけよチクショウ。
つうか、今の日本語か?
並列世界って事か、また何で。
「何!? 今何か踏んだ!?」
「……」
とりあえず、隠密解除してから電気を付けて、と。
あら、可愛い女の子。
ポップでありながらクールな服装、帽子がチャームポイント。
イイネ。
「ひっ!? だ、誰!? てか何で寝てるの!?」
「平行世界から飛ばされた。眠いから起こさないで。お休み」
「ぇ、あ、お休み……って、いやお休みじゃなくて!?」
「うるせぇなぁ。俺がいたって物品が一つ増えたようなもんだろ気にすんな」
「気にするなって方が無理だから!?」
「あぁもう眠気収まっちまったぁ……」
しゃぁねぇ、起きるか。
俺今長袖Tシャツにジャージっつう慣れた寝間着姿なんだけど。
「おいリトラ」
応答無し。
「リトラ」
情報操作で直接通信飛ばしても応答無し。
「チッ、リトラ聞いてんのか」
まったくもって通じず。
お前は拗ねてる彼女か。
「だ、誰と話してるの?」
「元の世界の ク ソ 悪 魔 」
「く、クソ悪魔……」
「チッ、無視かよムカつく。このまま俺がコッチの世界に定住するっつっても無視するつもりかテメー。おい何とか言えコラ。壊すぞこの世界」
「こわっ……!? 壊さないで!?」
「……はぁ……」
もう良い、通信終了。
仕方ねぇ。
コッチの世界で3日間過ごしても生活に支障は無いっぽいし、適当に寝れる場所でも探して……いや、ここで寝れば良いか。
「壊すってのは嘘だ。まぁ、元の世界に戻れなくなっちまったから、ちょいと泊めてくれんか。礼はするぞ」
「……悪いけど……ここにはいない方が、良いかな」
「何だ、借金の取り立てとかが入り浸ってるってのか? 住まわせる事を報酬にここを守衛しても良いぞ。俺、殺し屋やってるから」
「ころっ……や、でもダメ。借金の取り立てとか、ヤクザとかそう言うのじゃないから」
「あぁ?」
この俺を心配しなきゃいけない程の連中だと?
そんなの、それこそ信ぐらいの強さを持つ奴じゃないと務まらんぞ?
「20年前に別の星から来たミュージカのお陰で、争いが無くなったの。でも3年前、ある男が闇に呑まれて急に支配体制が生まれてしまって」
……ん?
「……その闇に呑まれた男ってのは、所謂支配者なのか?」
「ドミネーター? そ、そうだね。そう言えるかな」
丁度良い。
何もやる気が起きなかったが、それを聞いてちょっと活力が湧いた。
いつも通り暴れるとしようか。
「OK。どうせなら魂奪うか」
「ん!?」
「ソイツの居場所知ってんなら教えろ。俺様が直々に殺しに行ってやる。お前達は支配から解かれて、俺も魂を得られてWin-Winだ」
「ダメ!」
おっと?
「それは、ダメ。君が消えちゃう」
「ッ……消える、だと?」
「さっき言ったよね、この世界はミュージカのお陰で争いが無くなったって」
「そうだな」
「アレもね、言ってしまうと一つの支配機能なの。この世界では音楽こそが力で、音楽こそが命」
「……つまり?」
「音楽以外の方法は取れない。もしその法則に逆らえば……ソレは、全てに対する反逆行為。”存在を消されてしまう”」
「ッ!?」
痛ッ……つ!?
何だ、今胸が……!?
「だ、大丈夫!?」
「……今言った事、もう一度頼む……」
「ぇ、ど、どう言う……?」
「良いから」
「えぇ……えっとね、この世界では音楽が全てを決めるの。音楽以外の方法は取れなくて、その法則に逆らうと、反逆とみなされて”存在を消される”」
「……存在を消される……存在を、それってどんなレベルでだ」
「えっ。あー……そうだね。余程強い絆で結ばれでもしないと、記憶にすら残らない」
思わず両肩を掴んでしまった。
「ッてうぇぇえええ何!? 何!? 何!!?」
記憶にすら残らない程の存在の抹消。
無への誘い。
悪魔、悪魔リトラ、世の悪の化身がこの世界へ。
俺を、この世界に、悪魔が、送った。
そんな事あるのか。
あったとしたらわざわざ通信を寄越すはずだ。
なら、何故奴は此方の通信を無視までする。
”俺の恐れる事象”を知ってるのか。
いや、俺は奴にそれを教えた事も無いし見られてもいない。
とすれば、考えられる事は一つだ。
「…………俺を飛ばしたのは……リトラじゃねぇ……!!!!」
これは、誰かの罠だ。
「こ、の……この、俺を、俺様を、コケに……!!!」
赦さん。
「金ならある! 俺に音楽の基礎を教えてくれ!」
「何でそうなるの!?」
「音楽しか方法が無いんだろ。だったら音楽でこの世界の頂点に登りつめた後、ミュージカをブチ殺す!! 十中八九どっかの誰かが召喚でもしたんだ、しかも悪魔にすら気づかれずに。平行世界だか何だか知らんが赦さねぇ、この俺をナメ腐ってくれた奴らに”最も残酷”な事象を……!!」
(「お前はやってはいけない事を、取り返しの付かない事を一度やってしまったんだ」)
「……いや、残酷な事象は起こさないでおこう」
「…………ホッ……」
ふいに信の言葉を思い出した。
俺の犯した罪ってのは、多分それだ。
俺が恐れる最も残酷な事で、人為的にその事象を起こしてはならないと魂が叫ぶ禁断の業、あぁそんなの、"アレ"しかねぇわ。
俺は一度、誰かを”全ての記憶から排した”んだ。
それは恐らく、信の言ってる指輪の解放に繋がる。
アイツの事は裏切りたくねぇ。
「あ、でも、音楽の事なら教えてあげられるよ。と言ってもこの方ロックしかやってきてないし、ソッチ方面でしか教えられないけど」
「ロックは好きだ。特にパンクロックだな、剥き出しの感情をそのままぶちまけるって言う五体丸投げの姿勢が大好きだ」
「か、語るねぇ」
「勿論色んなジャンルが好きだが、やはり一番はロックだ」
「……良いね、そう言うの。今の時代、ロックは違法で、ヒッ!?」
「ロックが違法だと!?」
何だそれは。
まさか例の男が訳の分からん法律でも作ったのか。
「あの男……フミヤが、法を制定したんだ。オーケストラこそが至上の音楽って謳い始めて、それで……彼、生まれ持った才能に合わせて凄まじい努力を積んで来たから、あっと言う間に頂点立っちゃって……」
「それで支配者になって、法律作ってオーケストラ以外を排したってのか」
「……」
「まぁ何か裏に事情とかあるんだろうが単純に気に入らんな。んで何だ、お前ら地下ライヴとかでかろうじてロックがやれてるってところか?」
「良く分かるね君!?」
「伊達に物語壊してねぇからな」
「酷い!?」
「まぁそう言う事なら、良いだろう。剥き出しの感情と言うモノがどれほど恐ろしいものか、装飾しまくりのオーケストラ野郎に思い知らせてやろうぜ」
「つ、つい今しがた別世界から飛ばされたとか言う人に言われてどうにかなる問題じゃないよ。この世界は、音楽、歌でどれだけ人の心を動かせたかで……」
ブチッ。
「優劣で決まるような世界ならとっくにロックは消えてるだろうがぁ!!!!!」
「ヒッ!?」
「どうにかなるどうにかならないじゃねぇ、テメーがロック好きなんだろ、だからロックをやってきた違うか!!!!」
「……そ、それは……その通りだけど……」
「どうせまたしょーもねぇ理屈だ。音楽に論理を求めるな。考えずに感じろ。お前もロックのカッコ良さに惚れたから今ここにいるんじゃねぇのか」
「……そう……そうだよ、僕はロックが好きなんだよ! だからこの3年間、戦い続けた! 何度も死ぬ思いして、奴と戦って来た!」
あ、これは、嫌な流れ。
「……でもダメだった……抵抗勢力の持つパワーじゃ、奴には……」
「……」
「これで分かったでしょ……魂だけ熱くてもダメ、技術があっても魂が熱くなきゃダメ。僕達には、熱さが足りない……気が狂う程のビートが……」
そう言う事か。
なら、良いだろう。
枷の外れた奴等がどれだけ恐ろしいか、俺が狩猟者になる前から影響を受けたバンドの音楽で分からせてやるか。
「ここにギター、ベース、ドラムはあるか」
「ふぇっ?」
「あるなら貸せ」
「な、何を」
「良いから」
「……わ、分かった。待ってて」
フンッ、気が狂う程のビートだ?
アレコレ考えるより先に、これだろうが。
音楽で全てが決まるんだろ?
だったら俺の大好きな"一番頭イかれてる奴ら"の音楽を聴かせてやろうじゃねぇか。
この世界にソイツらがいりゃ、この世界はこうならないだろうしな。
「用意出来てた。コッチ。でも、せいぜい一人一つしか……」
「いいや、これはただイメージ増強するための媒体にしか過ぎない」
「んん?」
「見せてやるよ。俺の大好きな怒りの音楽。パンクロックのクソデカいミート野郎共を!」
M! T! H!
おねげぇします!!
《幻覚再現》!
「――ッ!?」
デブちんが腹の底から唸るように、叫ぶように、喧しくギターを鳴らす。喉から溢れ出るデスヴォイスは、生き物の抱く命を震わせる。ベースの重低音が胸の奥で眠る怒りを沸々と沸き立たせ、ドラムのビートに合わせて身体全体に行き渡らせる。
「な、何……これ……こんな滅茶苦茶なロックが……!?」
気付けば、俺はソイツらに混じって怒りの歌を喚いていた。
ヘドバン、スクリーム、ジャンプ、あらゆる手段で訴え掛けた。
「す……凄い……!」
そんなこんなで一頻りジャカジャカやって、一曲歌い終わった。
超疲れた。でも気持ち良い。
「……ふぅ……」
「……って、普通に歌えるじゃないかぁ!」
「今のは幻覚に合わせただけだ。曲だって俺が作ったわけじゃないし、記憶にあるのを再生しただけだ。本物はこんなモンじゃねぇ」
「そ、そう……」
「で、だ。感想は?」
「……それが、君の心に響く音楽なんだね。滅茶苦茶なのに、思わずノっちゃいそうだった」
「そうだ。滅茶苦茶だ。人の持つ獰猛さは獣の中でも特に滅茶苦茶だ。俺はそれを呼び覚ます音楽が好きだ」
「……凄く、熱いね。焼き殺されちゃいそうなぐらい」
「音楽には好き嫌いもある。それはテメーらの勝手だ。だが排他だけは絶対赦さねぇ」
拳の一発でもぶちかましてやりてぇが、それがダメなら焼き消す程の熱いビートで打ち負かすのみだ。
「女、もう一度言おう。俺に本物を作れるだけの技術をくれ」
「……分かった。君も音楽を愛する一人。今から君は、抵抗勢力の叛逆者だ」
「叛逆者、神鵺だ。よろしく頼む」
「僕は調律者、ネネだよ。君となら、出来るような気がする」
よぉーし鬱だとかグチグチ言われるような気分は無くなった。
神条 神鵺、バンドやります。
三日経つまでに世界攻略してやる!




