第32話 禁忌
あのあと病院で待ってたら、喧しい泣き声が聞こえてきた。
どうやら、無事出産したみたいだな。
母体のレミィも生きてる。
これで何とかなったって事だな。
「元気な男の子です、が……あの角と不自然な痣は、一体……」
医師の困惑は尤もだが、気にしないで頂きたい。
「彼女はそう言う種族で、偶に突然変異でそう言う子が産まれるんスよ」
「そう言う……」
「はい、そう言うモンです。出来れば隠して貰いたいんスけども」
「……では、この事は内密にしておきますね」
「そうしてくんさい」
まぁ、どれだけ善人だろうとその記憶があったら何かしら面倒が待ってるだろうから、普通の子が生まれたって風に改竄するんだがね。スンマセン。
この世界で産まれたからには、レミィの子にはちゃんとした人生歩んで貰いたいしな。角と痣に関してはとりあえず隠すとして、まぁシッカリ教育はしてやるか 。
おっと、別の医師が。
「是非貴方に会いたいと仰っていますので、どうぞ、面会に」
「俺だけ?」
また何で。
部屋に入ってみると、酷く消耗したレミィと(情報操作で見えないようにしてるが)角と痣の付いた色白の赤ん坊が寝ていた。髪は、やっぱりレオンの血が濃いのか黒い。ハハッ、しわくちゃ。可愛いじゃねぇか。
「マスター……有り難う御座います。この子が無事で、本当……」
「ちとお産が早まっちまったが、まぁ良かったな。突然変異は、仕方無い。何とかしよう」
「はい……はい……ッ、ぃた……」
「まだ痛むんだろうに、何で俺だけ面会なんだ?」
「……何だか、マスターの子にも思えてきて……」
「んだそりゃ、俺ん中の奴にでも反応……ん? 俺の中にはいないか? まぁ俺に似てるっちゃ似てたな、それで、俺を父にと?」
「……いいえ……今となれば、確かに分かります。レオン、そこにいるんでしょう」
「……何?」
俺の中に、勇者レオンが?
どう言うことだ、魂を奪ったら悪魔の元に逝くんじゃないのか?
「気付いて、無かったのですか……マスターの奪った魂は、全て、貴方の内にいます……もう、ひとつの巨大な世界ですよ……」
「……」
なぁ~るほど?
そう言う事ね。
まぁ、そんな策すら俺の前には無駄でしかないんだが。黒金剛石に当たった事が災いしたな。いや、もしくはヤツも気付いているのか。
「……じゃ、俺がパパだな」
「……ですから……名前を、考えてあげて、下さい」
「結局それか」
「ええ……せめて、せめてレオンと一緒にいる、マスターに……」
まさか間接的とは言え、俺が一児の父になるとは。
しかし、そう唐突に言われても名前なんて出てこないぞ?
俺とレミィの子供、うぅむ。
「…………」
何故、この時パッとこの名前が浮かんで来たのか分からなかった。俺の好きな名前ランキングに乗る名であり、読みを旧約聖書の人物にも取れる名前。今になって、コイツに関する重大な事を忘れてる気がしてきた。これだけは忘れてちゃイカン事があるのか。これは、今後の課題だな。もしかすれば情報操作で何か記憶を封じているのかも知れない。そう思うと、何故だか世界の色合いが数段落ちた気がしてきた。
俺の視てる世界って、こんなに淡かったか?
まぁ良い、ともかく名前だ。
今のこの気持ちを忘れない為に。
「……イザヤ……イザヤなんてどうだ」
「イザヤ……」
「ソイツには並ならん力を感じる。将来何かを起こすやも知れん。それが良い事でありゃ文句無いが」
「……イザヤ……」
「気に入ったか?」
「ええ。イザヤ……イザヤ……貴方の名前はイザヤ」
子の名を何度か反復し、レミィは愛に満ちた表情となった。命の神秘だな、生き物の奇跡だ。
「HappyBirthday、イザヤ。そしてだ」
「……?」
「姓も必要だろ。もう奴隷なんて自分から言わなくても良い、賢者を堂々名乗れ」
「……!」
「そしてレミィ=ヒリウス。今ここに対等の者として告げよう」
腰を下げ、目線を同じくする。
「俺はお前らを護ろう。そうしたい。これからも、俺の許にいてくれるか?」
「……マスター……! はい、このレミィ・ヒリウス、生涯を尽くします……ッ!」
「そんな興奮すんな。まぁ、喜んでくれてるんなら良かったわ。宜しくな」
「~~……はい……!!」
そこまで喜ばれる事かと疑念も浮かぶが、まぁ下僕とは言えあんま上から目線で決めつけたりするのもいかんし、一度こうやって意思確認したかったんだよな。タイミングを間違えてる気もするが。一方通行なんて気持ち悪いばかりだし、俺かて責任を取るぐらいには社会人だ。奴隷と言うのは言ってしまえば専属雇用の雑用や世話係みたいなものだしな、雇い主が世話するのは当然だ。ましてやコイツは賢者、今となっちゃ枷を付けるなんぞ勿体無い。俺らの間には、もう首輪と鎖すら必要無くなった。
「……まぁ、今はゆっくり休め。俺らが着いてる」
とりあえず頭でも撫でてやり、面会を終えた。
イザヤのあの痣と角には見えないと言う情報を植え付けているため、周りに見える事は無い。俺達は邸へ戻った。
「はぁ~何とか一件落着っと。まだ夕方か。日和、彩月は大丈夫か」
「彩月なら大丈夫だよ、ただやっぱり弱いね」
「まぁ、そりゃ、何とも……」
「面目無い……」
「一週間訓練すれば超強くなるかもな」
「確率で言えば、70%で自殺ルート……」
「30%で成功か、高確率じゃん」
「そ、そんな事言わないであげようよ神鵺君」
「あの時の姉妹の連携、見事なものと聞き及んでおるぞ?」
「アレのせいで私達怖い思いしたんですけどねぇー」
「……精進あるべし……」
「ま、ご苦労さん」
そんなこんなで、俺もゆっくりする事にした。ケインに紅茶を淹れてもらい、優雅にティータイムだ。
「狩猟者、ちょっと付き合え」
と思ったら信がイヤに真面目な顔で寄ってきた。お前、そんな顔するのか。思考世界ですら何食わぬ顔してたっちゅうに。
「何だ藪から棒に」
「良いから来い」
「……ケイン、後でもいっぱい頼むわ」
「承った」
とりあえず、S市にある俺の部屋へ移るか。
* * *
まず一つ、状況説明させてくれ。
俺は今、信に壁ドンされている。
小柄な天使に壁ドンされてる。
だがその雰囲気に甘い空気は入っていない。
炭酸飲料や痺れ菓子なんて比較にならない程のピリピリした緊張感で満たされてる。
怒ってるんだ、この六天 信が。
何が起こっても金と自由のために考え行動する、自己中の六天 信が。
何かは知らないが明らかに正当な理由を以て怒ってる。
「お前、禁忌を犯したな」
「禁忌?」
「気付いてないのか。指輪を見てみろ」
「……んん!?」
何だ、蔦状の装飾が、更に施されてる?
地味な増え方だが、確かに良く見てみると、明らかにゴツくなっている。
黒金剛石がもっと強固に取り付けられた感じだ。
「黒金剛石が力を発揮した証拠だ。お前を蝕む代わりに、一つ願いを叶えてしまったんだ」
「俺が!? 侵蝕されてるってぇのか!?」
「良いか、その石はただの象徴とかじゃない。お前ら狩猟者が抱く本質を現すものだ。何をしたかは知らないけど、お前はやってはいけない事を、取り返しの付かない事を一度やってしまったんだ。分かるか」
「……」
「……悪い事は言わない。二度とその力を解放するな。破滅するぞ」
「……ああ……何なのかは分からないが、狩猟者のやりそうな事でも”絶対にやってはいけない”って程の禁忌が指輪の解放なんだな。リトラは気付いてないのか」
「奴は気付いていないしこの事を知らない。カンナのとこのクロウなら知ってるだろうけどな」
なるほど、前にリトラに殺されそうになった時クロウが協力したのは、そう言う事だったのか。この石の性質を知ってるとなれば、寧ろクロウは意識的に俺を殺そうと目論んでいたのかも知れない。まったく、油断も隙もあったもんじゃねぇな。
「でも、この事は伏せておけ。これを知ったら、リトラは恐怖に耐えられなくて壊れちまうかも知れない。それは、避けたい」
「……堕天使も怖がるのか」
コイツも俺と同じか。
頭撫でてやろう。
「好きなんだな、リトラの事」
「そんなんじゃない」
あら退けられた。
「またまたぁ」
「焼くぞ」
「紅くなってるが?」
「ッ……チッ、もう良い」
照れ隠しか、門を潜ろうとして……止まった?
ああ、念押しか。
「……お前のした事、しっかり思い出せよ」
「……ああ。これを思い出さないと、何かしら起こるってのは何となく分かる」
「頼んだぞ、狩猟者」
「おう」
信もリトラも、まだ名前で呼んではくれないか。
まぁ仕方ない事とは言え、何か、寂しいな。
これが禁忌を犯した罰って奴か。
胸の奥に一つ穴が空いたような気分だ。




