第22話 ケモノバケモノイキルモノ
口に溢れる甘味。
弾ける爽快感。
喉を流れる冷たい刺激。
「っぷぁぁああ美味ぇえ!!!」
この世界の飲物は最高だ!!
地獄とも言える過酷な環境で育つ植物の実から搾ったエキス、それを元に作る飲料水はこの世界で争いを生む要因の一つになっているほどの価値を秘めてる。俺が飲んでるのはちょいと工夫を凝らして早めに仕上げた安価のモノらしいが、長い時間を掛けて濃縮させ作り上げるモノの方がより高価で美味いらしい。そりゃ、人々が追い求めて奪い合うのも訳ねーぜ。
「気に入ったようだな」
「炭酸飲料は俺の大好物だからな。ここのはまた違う味で、格別に美味い」
「それは良かった。もっとも、これは炭酸と言うモノではないが」
おっと、この刺激は二酸化炭素を利用したものではなく発酵物由来のもので御座んしたか。まぁここは異世界だ、そういったモノを嗜んだって特に咎められたりはしないだろう。
「どうだ、ここは。こんな世界でも、笑顔が消える事は無い。事実上の制約が付きまといはするものの、ある程度の自由が約束されているんだ」
「あくまでも、個人の自由か。最低限の了解だけ取って、後は皆好き勝手。嫌いじゃないな」
ちなみに、今俺達がいるのはユンゲルハイドが所有する基地の一つ、ヘルズだ。一言で言えば、超巨大な車。移動要塞と言った所だな。街としての機能を持つ上層に、主に生産を担う中層、基地の動力を司る下層か。今は上層にいるが、軍人共がカードゲームしていたり、子供が走り回ってたり、呑気に歌なんか歌ってる爺までいる。本当に、皆自由を謳歌している。わざわざ決まりなんか作らなくても、こうやって自然に社会は形成されるんだよな。互いが生きる為に協力し合う、動物としての理念がそこにある。そうだ、それも人間含めた動物が持つ一つの本能だ。群れると言う本能だ。
「ああ。3勢力と言っても、所詮は烏合の衆さ。何の為に、誰と共に、何時何処で戦うか。それを皆好き勝手に決めて集ってる、ただそれだけ」
「ユンゲルハイドはどう言った勢力なんだ? 宗教って聞いたが、神に仕えるとでも?」
「……上っ面だけさ。ユンゲルハイドは、真に自由でいたい者達の集まりだ。軍人の皮を被って、やって来る依頼を選んで、ソイツらでその場のリーダーやなんかを決めてな。外から見たら偉く不気味だが、それが良いんだ。私達は、自由と言う神様に護られる事で真なる浮浪者でいられるんだ」
「汚ぇなぁ、好きだぜそー言うの」
「フッ。人間欲に生きるべし、だ。この後何か予定はあるか?」
「ん? いんや、強いて言うならあの女、カンナを釣る為の餌巻きと罠を張りたいな」
「……そのカンナと言う女は、動物、なのか?」
「ある種、俺が最も敬愛すべき動物かも知れない。ただのバカとも言えるが、決してオツムが緩くは無い。正直言うと、まだ殺したくは無い相手だ」
「……なるほど……それは、友だな」
「友かぁー……なれてるかなー俺」
「……」
おいおい、そんな見透かすような目で見つめないでくれよ。
「お前……恐怖してるのか?」
「……言っても信じないだろうが、俺はお前が思ってるよりもっとずっと怖がりの弱者だ。周りに気を使えない障害者だとか言われるし、軽いいじめにも遭うし、結構ネガティブな所はある。結論から言うと、俺は”俺が傷付けられる事に弱い”から攻撃と逃走に徹する人間的最弱者ってわけだな」
って、何やってんだ俺は。
つい今しがた会ったばかりの女に聞かせる話じゃないだろ、だからダメなんだってーの。本当に気を使えない奴だな。……いや、止そう。俺はこんな事でブルーになるヤツじゃない。自己嫌悪なんてのは生き物がしてはいけない最も大きな罪の一つだ。俺は人間なんかと違うとは言わない、だが、”奴ら”のようにはならない。小さい時、”あの人”を見ながら得た法則は、今でも生きてるんだ。あの醜い姿を忘れるものか。俺が受けた屈辱も、その理不尽さも、無意味さも、忘れてはならない。小さい事だと罵られようが変わらない。この記憶は、等しく人の持つ意思の無意味さを体現している。善も悪もこの世に存在などしない。もしくは善意も悪意すらも無いのかも知れない。だったら俺は、ただ動物のように、生き物としての理念に沿う様生きるんだ。自分を第一に考えると、そう決めたろ。自己嫌悪なんてするな。
俺自身の感性だけは、裏切るな。神条 神鵺。
俺は俺が一番好きだ。
そうでいられたら、後は素直になれ。
それが生き物としてあるべき姿だ。
嗚呼そうだ。
俺は、ただの、動物だ。
……ふぅ、落ち付いた。
この能力はこう言う時便利だな、即座に発散出来る。
咄嗟に展開しといて良かった、でなきゃ最悪この女に当たってたぜ。
《思考世界解除》
「……いや、すまん、今のは忘れてくれ」
「……急に語り出すから何事かと思ったが、どうやら地雷を踏んでしまったみたいだな。怒りと悲しみの貌だ。そうだな、誰しも否定される事に恐怖はするさ。だが、私はそれで良いと思うぞ。話を戻すと、その友、カンナを失うのが嫌だと言う事だな。だったら、お前の手で何とかしてみると良いんじゃないか?」
「……それもそーだな。依頼主とも連絡付かんし、敢えて何もしないで待ってみるのも一つ手と言ったところか。ありがとな、引かずに聞いてくれて」
「良いんだ。人の望む事には応えたくなってしまう性分でな。周りからは損な性格だなどと言われているが」
「だろうな。だが何度も恩を返されたろ」
「ああ、ああそうだ。だから止められないんだ、その度に喜びを感じてしまうから」
「嫌いじゃない、寧ろその性格は好きになれる」
コイツ、もしや契約も建前で言ってたのか。
何て言うかお人好しだな。だから好きだが。
「いかんな、ついつい話し込んでしまう。まだ互いに名乗りすらしていないと言うのに」
「あぁーそういやぁ、言ってなかったな」
「では改めて自己紹介だ。ミクラエル=ゲンフォード、ユンゲルハイドの戦士だ。皆からはミキと呼ばれている」
「ミキか、覚えたぞ。俺は神条 神鵺、色んな世界へ飛んで魂を狩る狩猟者だ」
「カミジョウ……神か、お前は神だったのか」
「チゲェよ。神の定めた戒めを体現する者としての姓が神条、神鵺が名だ。もっとも神なんてもう廃れたようなもんだがな。今の時代、そんな奴に縋るのは生き物失格者ぐらいなもんだ」
「本当に弱肉強食が好きなんだな、シンヤは」
「反吐が出るぐらいには」
「獲物にはなりたくないな」
さて、そんなこんなでミキ姉とすっかり意気投合し、彼女の案内でヘルズを見て回りながら暇を潰していた。
ここの食い物は主に植物。水の類もサボテンみたいなモノから取れるようだ。たまに地下水なんかも見つかるが、直ぐに人がこぞって無くなる有様と来た。そりゃ、サボテンに頼るしかねーわな。
家畜なんかもいるらしいが、それらは飼育が杜撰なんで品質が悪いようだ。あの馬みたいな奴は移動に重宝されるものの、食用には向かず。豚や牛の類もいないし、羊やら山羊やら言ったモンは当然いない。本当に、死ぬ間際の世界だな。だからこそ必死に生きてる印象を感じる。命の輝きすら見えた気がした。泥臭くとも生き延びてやると言う意思、俺はそれが大好きだ。
世界見学してたら、すっかり日も暮れてしまった。
天井は宿屋、ファンタジー世界に良くあるような、酒屋と一緒になったタイプの奴だ。一度こう言うとこ泊まって見たかったんだよなぁー俺。
今日の報酬と言う事で貰った金を使い、適当な飯を食って、商店で買った歯ブラシでしっかり歯を磨いてから床に就く事にした。服は、盗られかねないし着たままだ。部屋はミキ姉の借りてる隣の部屋だった。
「それじゃぁ、お休み」
「おやすー」
ベッドに寝転がると、なるほどこれは、寝心地が良いな。
土台は石なんだが、その上のマットが植物由来のものですっごいふわふわしておる。
今日は良い夢が見れそうだな。
「……」
ふと、環奈の事が脳裏を過った。
アイツちゃんと寝れてんのかなぁ。
「……まぁ、考えてもしゃーないか」
目を閉じて、しっかり脳を休ませよう。
* * *
稀に見る、感覚の伴う明晰夢。
リアルな実感を得るこの夢で、俺は誰かに胸肌を撫でられていた。
ヤケに冷たい、死人の様な人物に撫でられている……こんな夢は……いや違う、俺は今、夢と現の狭間にいるんだ。って事は……ああ、気付いたら目が覚めてきた。身体が覚めてると、現実での感覚を夢と錯覚する事が俺には良くあるんだ。で、俺の着てるTシャツをめくって無遠慮に撫でていたのは……。
「……ミキ?」
「ああ、起きてしまったか。すまない、どうにも気になってな」
んな理由で、こんなドジやらかすような女なのかお前。
「……ミキお前……まさか、俺が寝てる間に気持ち払おうとしてたのか」
「まぁ、そうだな」
「俺がそんくらいの事で驚くとでも思ってたのか……来い」
「アッ……」
こっから先は、良い子ちゃんにゃぁ見せられねーよ。




