9 謀略の破綻
マーガレットにとって便利な手駒だったヴァイオレットだがもはや役立たずだ。ならば切り捨てればいい。使えなくなったサポートキャラは必要ない。
「それは全て貴女の妄想よ。フェレッラ伯爵令嬢」
ヴァイオレットの表情が凍り付くが、マーガレットは容赦なく続けた。
「聖女ローズが王太子殿下を籠絡しようとしているという噂を流したのは貴女よね? それだけではない。聖女ローズの悪評を流したのも貴女、彼女を踏みつけたのも貴女でしょう? 全て貴女がしたこと。私は何も関知していない」
「マーガレット・・・どうして・・・? 私はあなたのために・・・」
「私の名前を呼ばないで、フェレッラ伯爵令嬢。貴女は私の友人でも何でもないのだから」
会場が重い空気に包まれる。
ヴァイオレットは膝を折って崩れ落ちた。令嬢達はヴァイオレットを気の毒そうに眺める者、マーガレットに非難めいた視線を向ける者、互いに身を寄せ合って不安そうにする者と様々だが誰も口を閉ざしていた。マーガレットだけは何事もなかったかのように紅茶を飲んでいた。
ローズはこれ以上の続行は難しいと考え、お茶会を閉めることにした。
「名残惜しいですが本日はこれで閉めさせていただきます。お帰りの準備を整えますので少しばかりお待ち下さい」
ローズが終わりの挨拶をする傍ら、アネモネとイキシアが教会のシスター達に指示を出し、令嬢達の帰りの準備を整えていく。そして準備ができた順に令嬢達が帰宅の途につき始めたしたそのときだった。
「終わり・・・そう終わりよ! どうせ私はもう終わりなのよ!!」
ふらふらとヴァイオレットが立ち上がった。焦点が定まっていない瞳は血走っており、口は三日月型にゆがめられていた。
「私一人では終わらないわ! 道連れにしてやるんだから!!」
ヴァイオレットの手のひらから燃えさかる火炎が吹き出した。そしてその炎はあっという間に近くにいる令嬢を飲み込んでしまった。
会場から令嬢達の悲鳴が上がる。
「ひゃははははは! みんな巻き添えにしてやる!!」
ヴァイオレットが今度は両手を頭の上にかざした。すると彼女の頭上に巨大な火の玉が生み出された。
反射的にローズは自身の背後に結界の壁を展開した。だが結界の中に入れられたのはローズの後ろにいた令嬢達だけだ。ヴァイオレットとローズが会場の真ん中にいて、怯えた令嬢達が四方八方に散ってしまったために、1つの結界でヴァイオレットと令嬢達を遮ることができていない。そしてヴァイオレットのそばには最初に炎に巻き込まれた令嬢が倒れており、彼女も助けなくてはいけない。とっさにイキシアが水魔法を彼女に放ったものの、全身が焼けてしまっており、ぴくりとも動かない。
「ローズ! あんたがまともな聖女だというのなら守ってみなさい!! 無理でしょうけれどね!!!」
狂気にとりつかれたヴァイオレットが顔を歪ませて笑い声を上げる。頭上には太陽のように燃えさかる火の玉が熱気をあたりにまき散らしていた。
「くそっ、こんなところでドラゴンのブレスみたいなイカれた威力の魔法こさえやがって」
「近づいたらあれの餌食、だけどここから放つ水魔法じゃ威力が小さくて止められない。どうすれば・・・」
ヴァイオレットの火魔法のあまりの威力に武闘派と言わしめたミラン辺境伯のイキシアとアネモネも攻めあぐねていた。ヴァイオレットはその様子が愉快なのか、きゃははははと甲高い笑い声を上げた。
絶体絶命の状況、だが場にそぐわぬのんびりした声が遮った。
「大丈夫です。ふわふわあみあみ結界ですよ~」
ローズが両手から薄桃色の光の帯が出現する。光の帯は放物線を描いて飛んでいき、ヴァイオレットの頭上で解れて網の目状となる。
「ふんわり包み込め~」
薄桃色の光の網はヴァイオレットの頭の上で大きく広がり、火の玉ごとヴァイオレットを飲み込んだ。
「な、何よこれ!! あ、熱い!!」
ヴァイオレットは手を上に掲げた姿勢のまま光の網に拘束された。巨大な火の玉も一緒に捕らえているので、ヴァイオレットの両腕がじりじりと火の玉に焼かれていく。
「フェレッラ伯爵令嬢、自分で火の玉を消せませんか?」
ローズがのんびりした声でヴァイオレットに問いかけるが、ヴァイオレットは網と火の玉の熱から逃れようと暴れるばかり。
「無理矢理消してしまうしかないよ」
アネモネがそういうので、ローズは力を込めた。光の網が火の玉を締め付け、そして押し潰した。その反動で少しばかり火の粉が散るが、イキシアが水魔法を巧みに操り、火の粉が延焼するのを防いだ。
光の網にとらわれているヴァイオレットは肘から先が焼けただれていた。
「痛い、痛いよぉ・・・」
ヴァイオレットは火傷の痛みに泣き声をあげるが、周囲の目は冷ややかだ。
「無理矢理潰すと反動を消しきれないから自分で消して欲しかったんです。そしてその結界は外からも中からも魔法を通しません。私の治癒魔法もです。なのでしばらくそのままで我慢してください」
「肘から先が焦げたくらいで済んでるんだからむしろ感謝しなさいな」
「ローズちゃんが邪龍のブレス相手にその結界をかけたときは、反動で邪龍の頭がぶっ飛んだからな。上半身が吹っ飛ばなかっただけめっけもんよ」
ヴァイオレットはローズの結界に捕らわれたまま放置された。ローズたちは最初に火に巻かれた令嬢の元へ向かった。
「なんだ、巻き込まれたのはフローレンス公爵令嬢だったのか」
「大勢の前で手酷くフェレッラ伯爵令嬢を切り捨てたんだもの、自業自得ね」
マーガレットのドレスはすっかり焼け焦げ、見えている肌もあちらこちらが爛れてしまっている。艶やかだった黒髪もすっかり焼け落ちてしまい、見るも無惨な姿だ。だがイキシアがとっさに水魔法をかけたことによりなんとか命だけは取り留めたようだった。
ローズはマーガレットに無言で近づき、手をかざした。彼女の薄桃色に光る神聖魔力がマーガレットを包み込む。
「ローズちゃん、そいつを治すんだ。まあ聖女としてはそうすべきなんだろうけどさぁ」
「姉様、たぶんそいつは治してやっても感謝なんかしないと思うわ」
アネモネとイキシアはマーガレットを癒やすことに難色を示しているが、ローズはかまわず神聖魔力を注ぎ込んだ。焼けたドレスは元に戻らないが、体中の火傷が少しずつ元の瑞々しい肌に戻っていく。
「ううっ・・・ヴァイオレットのやつ・・・」
「気がつきましたか? まだ治療中なのでもうしばらくそのままにしていてください」
マーガレットが意識を取り戻した後も、ローズは神聖魔力を注ぎ続けた。火傷が比較的軽かった足やお腹はすっかり元通りになっており、上半身も少しずつ火傷が癒えていく。一方、ローズの額には汗がにじんでいる。
「ローズちゃん、無理しなくていいと思うよ」
同じ聖女としてアネモネはこの施術が負担の大きいものであることをよく理解していた。
全身火傷の治癒がまず神聖魔力を大きく消費するものだ。傷を負ってから間もない方が確かに治りは良く、消費する神聖魔力の総量は一度で治癒した方が少ないのだが、施術者へかかる負担が重いので、何度かに分けてある程度の期間をかけて治癒することも多い。さらにマーガレットはローズを敵視していた相手だ。神聖魔力を使った奇跡はその性質として術者の精神状態に効果が大きく依存する。こと治癒や守護の結界、祝福といった奇跡は聖女が対象を愛おしく思うほど少ない神聖魔力で大きな効果を得られる。逆に相手に苦手意識や嫌悪を抱いてしまえば同じ効果を得るために多量の神聖魔力を消費する羽目になり、聖女の負担は大きくなる。だから聖女には教育が施される。人の見た目や出自で要らぬ負の感情を抱くことがないように。すべからく人々を愛し、国を愛するように。だがそのように教育されていても限界はある。その最たるものが敵意や嫌悪を露わに向ける者だ。いくら聖女でも「お前のことは嫌いだ」あるいは「お前は敵だ」と露骨にされてしまえば、嫌な気持ちになったり苦手意識を持ってしまう。そうなると、そんな彼らへの施術は非常に効率が悪く、効果の低いものになってしまう。
そしてローズがこのお茶会にマーガレットとヴァイオレットを招いた理由。それは、彼女らへの苦手意識をなくすためであった。




