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思い込みは程々に―悪役令嬢とゲロイン呼ばわりされてしまったヒロイン  作者: 北森八雲


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10 性悪聖女の幻

 ローズがお茶会にマーガレットとヴァイオレットを招いたのは抱いてしまった苦手意識を克服するためだった。マーガレットのフローレンス公爵家もヴァイオレットのフェレッラ伯爵家も有力な貴族家だ。今後ローズが聖女として活動を続ければ、この二家と関わる場面は必ずある。あなたたちのことは苦手だから奇跡は授けられませんなどと言うことはできない。マーガレットやヴァイオレットと表面上でもいいから和解し、ローズが思い描いていた楽しいお茶会のひとときを過ごせれば、苦手意識を消せるのではないかとローズは考えたのである。


 ローズにとってマーガレットの茶会での出来事は悲しく辛い出来事だった。自分が魔導車に酔ってしまったばかりに、主催者であるマーガレットとその友人のヴァイオレットを怒らせてしまった。もしかしたらお茶会も台無しにしてしまったかもしれないと自分を責めた。そして、そのたびにあのときと同じように吐き気を催してしまい、まともに食事がとれなくなるまで至ってしまった。

 そこにゲロインの噂が追い打ちをかけた。落ち込んでいたローズにはその噂に反論するだけの気力がなかった。むしろ、吐いてしまったのは事実なのだからと、さらに自分を責めてしまった。そして王立学園入学を迎えたのだが、弱り切ったローズには嫌がらせや陰口に対抗する力は残っていなかった。ローズはさらに窶れ、とうとう学園で倒れてしまったのである。

 教会も手をこまねいてみていたわけではなく、落ち込むローズを慰め、休養させようとした。だがローズは首を振り、今まで通り聖女の勤めを熟そうとする。自分の失態で勤めを疎かにするわけにはいかないと。だが学園でローズが倒れたことによりそうも言ってられなくなった。

 勤めは果たすからと泣いて懇願するローズをどうにか宥めて無理矢理気味に休養させるとともに、ミラン辺境伯領から先代聖女であるアネモネ・ミランを呼び寄せた。アネモネは快く引き受けてくれた。そしてこんな提案もしてくれた。


「ローズちゃんの後見にはミラン辺境伯家がついて、ローズちゃんは私の養子ってことにしようか。先の遠征で仲良くなったからね。そうだ、甥っ子と姪っ子も王都に連れてこよう。彼らもローズちゃんをとっても心配してるんだよ。いい話し相手になってくれると思うんだ」


 教会は諸手を挙げて歓迎した。

 そしてローズが回復するまで、聖女の勤めはアネモネが代行した。

 建国祭の雨はアネモネが大雑把なうえに横着したせいだ。元々建国祭の時期は晴れが多いのだが、今年はたまたま大きな雨雲が近づいてきた。ローズであれば器用に雨雲をどけてみせただろうが、アネモネはしなかった。


「えー? ローズちゃんってそんな細かい天候操作できるんだ。器用だねぇ」


 と脳天気に言い放ち雨雲を放置した。そして、建国祭は雨が降った。


「雨が降りましたなぁ」


 虚無の表情でそう呟く司教に対し、アネモネは「お天気に文句いっても仕方ないでしょー」とカラカラと笑って見せた。


 不作の件もだいたいはローズの世代になってさらに豊作になっていたものが一時的に先代と同水準に戻っただけだ。領地がきちんと運営されていれば「去年より減ったな」位で済むものだ。ミラン辺境伯領が前年よりも豊作だったのは、アネモネの地元故に、イメージがしやすく、加護を授けやすかっただけという理由である。そしてフローレンス公爵領とフェレッラ伯爵領の比較的大きな取れ高減はアネモネの私怨に近い。


「なんでローズちゃんをいじめた奴らに加護を授けなきゃならんのよ。頭わいてるの?」


 とはいえ、やったことは両領地への加護を授けなかっただけ。決して取れ高が下がるよう呪いをかけたわけではない、そもそもやりたくても出来ない、アネモネも聖女なので。


 国を覆う守護結界だけは急な交代が難しいためローズが維持した。若干の弱まりはあったものの、結界を維持し続けたのはローズの意地といってもいい。


 ローズからアネモネの交代は突発的かつ一時的なものであり、流石に王家には後追いで報告をあげたものの、各貴族家に周知されることはなかった。なので傍目にはローズが聖女の力を弱らせたように見えたのである。とはいえ、守護結界以外の勤めをアネモネに交代したにもかかわらず、守護結界が若干とは言え揺らいだのは、やはりローズはだいぶ参っていたのだろう。


 そんなわけで、アネモネが勤めを代わりに熟している間、ローズは休養に専念した。初めの頃は大変だった。こんなことになったのは自分が不甲斐ないからだと泣き、隙あらば自分が勤めを熟さねばと弱りきった身体で抜け出そうとした。そのたびに教会総出でローズを宥め慰め落ち着かせた。

 状況が好転したのはミラン辺境伯領からイキシアとその兄ジャスティンが来てからだ。先の遠征でローズはミラン辺境伯家の兄妹と知り合い、仲を深めていた。そしてアネモネの目論み通り、二人はローズの良い話し相手となった。特にジャスティンは懸命にローズの面倒を見た。ローズが不安そうな様子を見れば寄り添い、泣いてしまったときは優しく慰め、彼女が心穏やかに療養できるよう粉骨砕身したのである。


「逆らうもの全てを凍てつかせる絶対零度の暗黒辺境伯令息と呼ばれたお兄様が、ローズ姉様にはあんなに優しくなるなんて」

「まて、その小っ恥ずかしい二つ名は何だ」


 ローズとジャスティンはミラン辺境伯領での邪龍騒動の際に出会った。


「(あの方が辺境伯家のご令息・・・とても逞しい方)」

「(あれが今代の聖女か・・・なんて可愛らしい女性だ)」


 実は初めから意識し合っていた二人だが、これをきっかけに仲はさらに深まり、ついにはジャスティンとローズは婚約にまで至った。

 そしてローズにも変化があった。ジャスティンの隣に立っても恥ずかしくないよう、強くなりたいと願うようになったのだ。だいぶ身体を回復させたある日、ローズはアネモネに尋ねた。


「どうすればアネモネ様やジャスティン様のように強くなれますか?」


 ローズの空色の瞳は揺らぐことなくしっかりとアネモネを見据えていた。


「いい表情になったねローズちゃん。なら先代聖女としてちょっとしたアドバイスをしよう。ローズちゃんを大切にしてくれる人たちはそうでない人たちよりも大事にしなさい。逆にローズちゃんに対してあからさまに悪意を見せてくる人たちからは距離をとりなさい」


 ローズは目を丸くした。聖女たるもの全ての人々に等しく慈愛をというのが教えだったからだ。アネモネは続けた。


「一人の強さという意味ならローズちゃんは割と強いと思うよ。でも一人の強さなんてたかがしれているんだ。他の人と協力し合わなければ大切なものを守り切ることはできない。だからローズちゃんを大切にしてくれる人達はそうでない人達よりも大事するんだ。そうすれば彼らはローズちゃんを守ってくれる。逆に悪意を隠さず見せてくる連中は大切にしたってそれを返してくれやしないんだから、そういう奴らの扱いはほどほどでいい」


 半年かけてローズは心身を回復させ、元通り聖女の勤めに戻ることが出来るようになった。

 ローズは考えた。聖女として、ジャスティン・ミランの婚約者としてあの失態にどうけじめをつけるべきか。いつまでもマーガレット・フローレンスとヴァイオレット・フェレッラを怖がっているわけにはいかない。どちらも有力貴族家で、聖女であり続けるにしろ辺境伯家の一員になるにしろ交流は避けられないのだから。

 もし彼女らがローズの失態にただ怒っているだけならば、真摯に対応しなくてはならない。だが、もし敵意を持って嵌めたのだったとしたら・・・。


 ローズは悩みながらも全身火傷を負ったマーガレットに治癒を施していく。実のところ、ローズはマーガレットへの恐怖や苦手意識は克服し切れていない。そのため、治癒術の効率が悪化し、かなり魔力と体力を持って行かれたが、マーガレットの火傷はほとんどが治癒し、残るは顔だけだ。


「あんた・・・何故私を助けたのよ・・・」


 マーガレットがそんなことを呟いた。ローズはその呟きに対する答えを持っていた。聖女としての矜持だ。だが次の言葉は看過できなかった。


「あんたは・・・性悪ヒロインでしょう・・・。私は悪役令嬢・・・こうして破滅してうれしいはずでしょ・・・。それとも私に媚びを売りたいの・・・?」

「何故貴女はそんなことを言うのですか」


 思ったより低い声が出てしまってローズ自身も驚いてしまう。マーガレットはルビーの瞳を見開いた。


「貴女を治癒したのは私が聖女だからです。それ以上でも以下でもありません。ですが、貴女がそこまでそういうなら、その通りにしましょうか? 私は貴女にとって性悪だそうですからここで治療をやめます。幸い火傷が残ってるのはお顔の右半分だけですから生きて行くには不便はないはずです」


 ローズはマーガレットの右頬に触れていた手を引っ込めた。そしてすっと立ち上がる。


「ま、待ちなさいよ!」


 ローズはマーガレットを見下ろしてこう告げた。


「私は“性悪聖女”だそうですので、露骨に悪意をぶつけてくる人にまで優しく出来ません。ですが、改めて正式に教会へ依頼をしていただければ、条件次第で残ったお顔の火傷も癒やしましょう」


 いつの間にか他の令嬢達はシスター達に誘導されて帰宅していた。そして教会の騎士がやってくると、拘束されたヴァイオレットはそのまま担がれてどこかへ消えた。マーガレットも騎士に促される形で中庭を退出させられたのであった。


 中庭にはローズとアネモネ、イキシアの3人が残された。


「怖かっただろ、よく頑張った」


 アネモネがローズを抱き寄せる。だがアネモネの方が小さいので、傍から見るとローズがアネモネを抱きしめているように見える。そしてイキシアもローズの背中にぴったりと寄り添った。


「これでよかったのでしょうか?」

「うん、上出来だ。あとはフローレンス公爵令嬢が賢明な判断をすればいいだけだからね。ローズちゃんが気に病む必要はない」

「ローズ姉様、今日は美味しいものを食べてぐっすり寝ましょう。なんなら今夜はとても大きなベッドで3人で川の字になって寝ましょうか」


 ローズは安心した様子で、ふにゃりと笑った。

 それはマーガレットやヴァイオレットに決して見せなかった心からの笑顔だった。

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