6 聖女ローズの茶会
マーガレット・フローレンスは憤っていた。
何故今更ローズの主催するお茶会に参加せねばならないのかと。既にローズが学園に来なくなって半年以上が過ぎており、マーガレット自身、ローズのことや乙女ゲーム「聖なる薔薇乙女伝説」のことを忘れかけていた。
ところが数日前、マーガレットは父親の執務室に呼び出された。そして不機嫌そうな父親から招待状を渡された。差出人は教会と聖女ローズの連名、王都の教会で聖女ローズが主催するお茶会の招待であった。
王立学園から姿を消した聖女が今更何の用なのかとマーガレットは訝しんだ。そしてローズが罠を張っているのではないかと考え、欠席の返事を出そうとした。
ところが父親の公爵がそれに待ったをかけた。
「その茶会には必ず参加せよ。欠席は認めぬ」
マーガレットが理由を問いただそうとしたが、公爵は「これ以上この件について話すことはない」と不機嫌さをあらわにされ、執務室から追い出されてしまった。
王都の公爵邸から少しばかりの距離を魔導車に乗り、王都の教会へと向かう。門をくぐって荘厳な教会の建物に出迎えられると、ヴァイオレット・フェレッラの姿を見つけた。ちょうど、同じタイミングで彼女も到着していたようだ。彼女と合流すると、ヴァイオレットは不機嫌さを隠す様子もなくこういった。
「お父様からこのお茶会には必ず参加しろって。気が乗らないわ」
「まあ、私もそうよ。本当は出たくなかったけれど、欠席は認めぬと」
「マーガレットもそうなの。まさか、アレが仕掛けてくるんじゃないかしら?」
「そうかもしれないわ。気をつけましょう」
そんなことを話しながらシスターに案内され、会場の中庭に到着する。『聖女の花園』の呼び名にふさわしく、色とりどりの花々が咲き誇っている。そしてその花園から聖女ローズが二人の小柄な令嬢を伴って姿を現した。ローズの姿にマーガレットは息を呑んだ。
ローズは薄桃色のつややかな髪を揺らし、新雪のように白い肌は透き通るようで、頬はバラ色に色づいている。空色の瞳は若干垂れ目がちで、それがさらに優しさをたたえている。白色を基調に金糸で刺繍があしらわれた聖女の衣装は彼女によく似合っている。胸元の桃色のリボンは彼女ならではのアレンジだろうが、さらに愛らしさを増していた。彼女は背筋を伸ばし、しっかりと前を向いて穏やかな微笑みをたたえていた。
かつてフローレンス公爵家にやってきたときのように顔色が悪い様子もなければ、学園にいたときのように暗く俯いた様子もない。
“理想の聖女”がそこにいた。
その聖女ローズがマーガレットの元にやってくる。
「フローレンス公爵令嬢、フェレッラ伯爵令嬢。ようこそお越しくださいました。お席にご案内します」
若干緊張した様子が見て取れるが、ローズは丁寧に応対してくれる。むしろ、マーガレットの横でずっとローズを睨み付けているヴァイオレットの方が礼節を欠いている。
マーガレットはヴァイオレットとともに上座のテーブルに案内された。テーブルには同じAクラスの令嬢が席に着いていた。そしてホストである聖女ローズと彼女に付き添っている小柄な令嬢2人もそのテーブルに着いた。そしてすぐに教会のシスター達がお茶を用意してくれる。テーブルには可愛らしい焼き菓子が並べられており、甘い香りを漂わせていた。
「本日はフローレンス公爵令嬢にお越しいただけましたので、フローレンス公爵領名産の茶葉をご用意いたしました」
ローズがそう案内する。装飾の少ないシンプルな茶器から香りをたてるお茶はマーガレットが好んで飲むものだった。
お茶会は和やかに進んだ。
ローズは各テーブルを回り、令嬢達と穏やかに談笑している。かつて学園で友達一人おらず寂しそうにしていたのが別人のようだ。
「ローズ様ってあんなに朗らかな方だったのですの??」
「学園での姿が嘘のよう・・・こちらが本当のローズ様なのかしら?」
「ローズ様素敵・・・。ああ、まさしく聖女様ですわ」
同じテーブルの令嬢達もローズに対し好意的なまなざしを向けている。
マーガレットは焦った。
学園ではここにいる令嬢達も含めて皆ローズを仲間はずれにしていたというのに、何故今になって彼女らは手のひらを返したかのごとく、ローズに好意を寄せているのか。まさかこれがヒロインの力? エクストラルートのローズは通常ルートの攻略対象の男性達だけでなく、その婚約者であるライバル令嬢すら虜にした。まさか今になって聖女ローズがエクストラルートのヒロインとして覚醒したというのか。
ふと隣にいるヴァイオレットの様子を見た。彼女は来たときと変わらない様子でローズを睨み付けている。彼女までローズの虜になっていないことがわかってマーガレットは少しだけ安堵した。
各テーブルを回っていたローズが戻ってくる。付き添っている小柄な令嬢2人も席に戻った。
「お楽しみ頂けていますか?」
ローズがそう問いかけると、同じテーブルの令嬢達は「ええ」「もちろんですわ」と肯定の返事を返す。黙っているのはローズの付き添いの令嬢2人を除けば、マーガレットとヴァイオレットだけだった。
「私、こうして皆様とお茶会をするのをずっと楽しみにしていました。今でこそ聖女のお役目を拝命していますが、元は天涯孤独な身の上です。こうして皆様とお茶を楽しめるのは奇跡のようなものです。皆様と女神様に感謝しなくてはいけませんね」
ローズは穏やかに語る。その様子に同じテーブルの令嬢達も同調する。
「ええ、素晴らしい巡り合わせですわ」
「今日は良き日になりますわね」
そしてとうとう彼女たちはこんなことを言い出した。
「わたくしはローズ様が学園で酷い噂を流されて悲しまれている時に何もしませんでした。それなのにわたくしをお招きくださったのですか?」
「私は学園でローズ様を無視しました。あの時が例の噂を信じてしまっていたのです。本当ならこうして暖かく接して頂ける資格は私にないはずなのに・・・」
「わたくしは愚かにもあの噂を広めてしまったのです。罪深きわたくしをどうかお許しください」
まるで懺悔の間のようだ。流石にローズも少し困ったような表情になっている。
「顔を上げてください。あの噂のことでしたら皆様が気に病むことではありません。誇張はされましたけれども、私がフローレンス公爵令嬢が主催されるお茶会で粗相をしてしまったのは事実ですから」
そしてローズがマーガレットの方を向く。空色の瞳がマーガレットのルビーの瞳を一瞬捉えたが、すぐに伏せられた。
「フローレンス公爵令嬢、改めてお詫びいたします」
ローズは深々と頭を下げた。
マーガレットは居心地の悪さを感じたが、こう丁寧にされては無碍にすることもできない。思案していると横から割り込む声があった。
「そうよ、あんたがフローレンス公爵家の庭で下品にゲロしたのよ」
それはヴァイオレット・フェレッラだった。




