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思い込みは程々に―悪役令嬢とゲロイン呼ばわりされてしまったヒロイン  作者: 北森八雲


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4 ゲロインにされてしまったヒロイン

 ところが、その少し後から妙な噂が流れ始めた。

 高位貴族の令嬢の間で主に流れ始めたそれは、ローズがゲロを吐いたというもの。そしてローズのことをゲロ聖女やゲローズ、ゲロインだのと揶揄する声が囁かれるようになったのだ。

 厚かましくもわざわざ王都の教会でローズ本人に噂の真偽を尋ねた者も出てきたが、聖女ローズは悲しそうな表情を見せるのみ、教会関係者も憮然とし、悪口を窘めるものの、明確な否定の言葉は発しなかった。


 そして噂が収まらないまま、王立学園入学の日を迎えてしまった。


 貴族の子女が乗る魔導車をよそに、一人とぼとぼと歩いて学び舎に向かうローズ。そしてローズはなまじ入学試験の成績が良かったために、高位貴族の子女が多い最上位のAクラスの所属となってしまった。高位貴族の子女はほとんどがローズの噂を知っていた。そのため、教室内でも遠巻きにひそひそとされるばかりで、彼女と親しくなろうとする者はいなかった。


 マーガレット・フローレンスはその様子を眺めていた。

 聖女ローズが転生者かどうかは見極められなかったが、マーガレットはあの茶会の日、勝ち筋を見た。

 ゲームに先んじてヒロインの名を貶めてしまおう。魅力が最初からマイナスとなったヒロインに近づく攻略対象はいない。茶会での聖女ローズの失態は格好のネタだ。

 マーガレットはローズの失態をヴァイオレットともに多少誇張して言いふらしたのである。

 マーガレットはこう考えたのだ。


 ヒロインをゲロインにしてしまえ。


 ヒロインならともかく、ゲロインに近づくのはよっぽどの酔狂かさもなくば変態しかいないだろう。そしてそれらしい癖を持った攻略対象はゲームにはいない。ならば乙女ゲーム「聖なる薔薇乙女伝説」は始まらないはずだ。


 マーガレットの目論見は成功した。

 入学初日にローズが王太子と出くわすこともなければ、図書室で宰相の長男と同じ本を手に取ろうとすることもなかった。迷い込んだ猫を騎士団長の次男といっしょに追いかけることもなく、居眠りをこいて木の上から落下した魔術師団長の次男の傷を癒やすこともなかった。


 聖女ローズは独りぼっちだ。Aクラスの皆からは遠巻きにされるばかり。大切な連絡事項を彼女に教える者はおらず、何人かが組になって行うような授業では仲間はずれにされている。心ない者は彼女の持ち物を隠したり落書きをしたりと陰湿な嫌がらせを働いているようだ。もちろん、マーガレットはいずれにも関与していないが、さりとて止めてやることもしなかった。


 ローズは日に日に窶れていった。


 ある日、とうとうローズは教室で倒れ、教員により救護室に運ばれた。そしてその日を境にAクラスのローズの席は空席となった。


『勝った! ゲームが始まる前にヒロインに勝った!!』


 マーガレットは歓喜に打ち震えた。

 聖女ローズは王立学園から脱落して姿を消した。乙女ゲームは始まらず、マーガレットが闇落ちしてラスボスになる未来はなくなったのである。


「あらマーガレット、ご機嫌ね」


 ヴァイオレットにもそう言われてしまうくらい、顔が緩んでしまっていたようだ。だが今日ばかりは隠さなくてもいいだろう。なのでこう答えた。


「ええ、今日はいい夢が見られそうだわ」


 マーガレットがこの世界で前世の記憶を取り戻して以来つきまとっていた不安が解消された瞬間だった。マーガレットは心から安堵したのであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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