3 マーガレットの謀術
場所が変わって、王都の教会。
聖女ローズの元に一通の手紙が届けられた。
差出人はマーガレット・フローレンス。ネイプルズ王国に2家しかない公爵家、どちらも王家の傍系であり、順位は低いながらも王位継承権を有する他の貴族家とは別格の存在だ。マーガレット・フローレンスはそんな公爵家のご令嬢で、王都で知らない者はいない。
聖女付きの年若いシスターは驚きで目を瞬かせている。
「お茶会のお誘いですって」
聖女ローズは嬉しそうに手紙を読み進める。
「同じ時期に学園に入学する女の子達で、交流を深めましょうって。素敵ね」
ぽわぽわと語る聖女ローズ。緊張感が全くない聖女の様子に、聖女付きの若いシスターは心配そうな表情を浮かべる。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。この時のために行儀作法や礼節を学んできたのですもの」
「いえ、そこは心配していないのですが」
教会のシスターにも貴族家出身の者はいるし、聖女ともなると王侯貴族と顔を合わせることも多々あるから、対応できるよう行儀作法や礼節はしっかりと学ばされる。孤児だったローズだが、作法はその辺の貴族令嬢と並べても遜色ないものを身につけていた。むしろ辺境伯家出身だったはずの先代の方が行儀作法や礼節を学ぶとなるとすぐに飽きて脱走を図るから大変だったとベテランのシスターや神官は語る。その点ローズは安心できると。
「それにお茶会に来られるのは同年代のご令嬢だもの。きっと楽しくお話しできるわ」
そうだといいなぁ、と若いシスターは心配したが、聖女ローズを無闇に不安がらせても良くないので言葉には出さなかった。
ローズは人の善意を信じて疑わない。聖女らしいと言えばそれまでだが、貴族令嬢のお茶会は決して華やかなだけの場ではない。むしろ女性の主戦場、隙を見せれば食い物にされてしまう弱肉強食の舞台だ。
ぽやぽやな聖女ローズでは、多分百戦錬磨であろう公爵令嬢マーガレット・フローレンスの前になすすべはないだろう。
「結界で嫌みや妬みも弾ければいいんですけれどね」
「なにか言った?」
「いえ、別に」
シスターの心配をよそに、ローズは手紙を読み返しては表情をふにゃりと緩ませる。初めてのお茶会のお誘いが嬉しくて仕方がないのだろう。
ふと、ローズの視線が手紙の後ろの方で止まる。
「あら、場所は王都の公爵邸ではなく、公爵領の本邸なのね」
シスターも手紙を見て場所と日時を確認する。
「フローレンス公爵領の本邸だとここから少し離れているわね。魔導車に乗らなければいけないかしら」
ローズは初めて不安そうな表情をシスターに向けた。シスターはそんなローズを安心させるように言う。
「大丈夫ですローズ様。フローレンス公爵領は王都のある王領の西隣、先日遠征したミラン辺境伯領は王国の最東端でしたから、それと比べれば遙かに近いです」
「でも・・・」
「先日の遠征は無事成功したではないですか。それに、移動はローズ様の体調を最優先にします。心配なさらずとも私たちがついていますから」
シスターが優しくなだめるとローズは再びふにゃりと微笑むのであった。
こうしてローズの初めてのお茶会に向けた準備が教会で進められていった。
教会でたてられた旅程は、1日かけてゆっくりとフローレンス公爵領都まで魔導車で移動し、公爵領都の教会に宿泊して移動の疲れを癒やす。そして翌日そこからフローレンス公爵本邸での茶会に出向くという流れだ。
ところが、出立前日の夕方にマーガレット・フローレンスから手紙が届いた。そこにはこう書かれていた。
『当日は公爵家所有の高速魔導車で王都の教会までお迎えに上がります』
「ど、どうしましょう・・・」
手紙を読んだローズは不安そうな表情を浮かべている。おつきの若いシスターもどうすればわからず、ベテランのシスターや司祭にも来てもらったが、彼らもいい考えが浮かばないようで、顔をしかめている。
「このお迎えをお断りするわけには・・・」
「難しいでしょうな」
高速魔導車は王家や一部の高位貴族家しか所有していない最新の魔導車で、貴重なものだ。通常の魔導車の数倍の速度で移動ができる優れものである。
「公爵家が高速魔導車を聖女様のために向かわせるという申し出、無碍にすれば教会が公爵家の面子を潰したことになってしまいます」
つまり、迎えを無視して勝手に教会の魔導車で出立するわけにはいかない。穏便に済ませるには迎えはいらないことを公爵家に連絡し、それを了承してもらう必要があるが、教会には翌日朝までに王都と公爵領を往復できるような連絡手段がなく、ローズの出立予定までに公爵家の了承を取り付けるには時間が足りなかった。
「公爵家の高速魔導車で向かうしかないでしょう」
司祭の言葉にローズはさらに顔を曇らせた。
「だ、大丈夫ですよ。公爵家所有の魔導車ですし、きっと乗り心地だって一級品ですよ!」
「そうだといいのだけれど・・・」
年若いシスターが安心させようとするも、聖女ローズの不安は晴れることはなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お茶会当日、既に聖女ローズ以外の出席者は会場に集まっていた。
「アレをわざと遅刻させるのはどう?」
数日前にヴァイオレットがこんな提案をしてきた。
「あら、それはなかなか悪辣ね」
実行するかどうかは別として、聖女ローズが何か仕掛けてきたときのための罠は張っておいてもいいかもしれない。そう考えて、マーガレットは公爵家から迎えを出し、聖女ローズが時間ギリギリに到着するように指示を出しておいた。転生者であろう聖女ローズが話の通じない人間であれば、時間に遅れたことにして茶会に出席させず追い出せばいい。そんなことを考えたのである。
やがて侍女から聖女ローズが乗った高速魔導車が到着したことを告げられる。マーガレットはいよいよかと身構えたが、待てどもローズが会場にやってくる気配はない。
侍女をやると会場の手前でローズたちは立ち往生しているという。トラブルの気配を感じ、マーガレットは会場にいる令嬢達に、お茶会を先に楽しんでもらうよう伝え、会場の外へと向かった。
お茶会会場へ続く公爵家庭園のプロムナード、その両側には白いマーガレットの花が植えられている。公爵が娘マーガレットにちなんで植えさせたものだ。そしてそのプロムナードの入り口に高速魔導車が停車しており、その脇に人が集まっている。公爵家の使用人が多いが、その中心には白を基調とした聖職者の服が見える。
マーガレットは集まっていた公爵家の使用人に下がるよう指示した。公爵家の使用人達は気まずそうな表情で道を空ける。するとその先にはプロムナードの端で四つん這いになっている少女と、それを介抱する女性の姿が見えた。四つん這いになっている少女は印象的な薄桃色の髪で、間違いなく彼女が聖女ローズだ。そばの女性は付き添いのシスターだろう。
聖女ローズは四つん這いになり、苦しそうにしている。よく見るとその横顔には汗がにじんでおり、顔色もどことなく悪い。おつきのシスターがローズに話しかけているが、ローズは首を横に振った。するとローズが道脇の花壇に向かって嘔吐き始めた。シスターがローズの背中をさすっている。
「下品ね。こんなところで吐くなんて」
いつの間にかマーガレットの後をついてきたヴァイオレットが辛辣な台詞を言い放つ。
「公爵家の花壇を汚すなんてあなた何様のつもり?」
同じ吐かれるなら石畳よりもも花壇の土の方が後始末は楽だけれど、とマーガレットはそんなことを思ったが、聖女ローズを庇ってやる理由もなかったので黙っていた。ローズと付き添いのシスターが恐る恐るこちらを見上げてくる。ローズの顔色は大分悪い。
「孤児上がりの卑しい女はまともに挨拶すらできないの?」
ヴァイオレットはそんな二人を見下す様を隠す気もないようだ。ローズとシスターは蛇ににらまれた蛙のように震えている。マーガレットは自分よりもヴァイオレットの方がよっぽど悪役令嬢らしいなと妙な関心をした。
「聖女だというのならカーテシーの一つでもしてみなさいな」
ヴァイオレットに煽られるように促され、シスターの手をかりローズはよろよろの立ち上がる。だが、すぐに足下がふらつき転んでしまう。ちょうど倒れた先がヴァイオレットやマーガレットの足下で、まるでローズがヴァイオレットやマーガレットに平伏しているかのような格好になる。
「・・・すみ・・ませ・・・ん・・・う゛う゛っ」
ローズは途切れ途切れに言葉を紡ごうとするも、また吐き気に襲われたようで、再び嘔吐き始める。もう胃の中が空っぽなのか、口からは何も出てこない。
「まあ、汚い。こんなところで吐かないでよ」
ヴァイオレットが嘔吐いているローズの後頭部を踏みつけた。その様子に公爵家の使用人達が表情を引きつらせた。
「ヴァイオレット、やり過ぎよ」
マーガレットがやんわりと止めると、ヴァイオレットはローズの後頭部から足をどけたが。
「コレ相手にこれくらいやっても罰は当たらないでしょ」
全く悪びれる様子はなく、ローズを睨み付けた。
「使用人達が引いてるから」
マーガレットが窘めると、ようやくヴァイオレットが後ろに下がった。とはいえ、マーガレットも具合の悪そうなローズを助け起こすようなことはしない。じっと見下ろすだけだ。
ローズが恐る恐るといった風でゆっくりと顔を上げた。マーガレットとの深紅の瞳がローズの空色の瞳を捉えた。
「もっ・・・もうしわけっ・・・」
ローズが何か言おうとしているが言葉になっていない。マーガレットを見上げる空色の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
震えるローズをマーガレットは見下ろしていたが、やがて興味をなくしたように背を向けた。
「お嬢様、聖女様達をどうすれば」
「放っておきなさい」
聖女の処遇を聞いてきた使用人にそう言い放つと、マーガレットはヴァイオレットとともにローズと付き添いのシスターを残して去って行った。
マーガレットは思った。あれだけ怯えた様子ならば学園でローズがこちらに危害を加えてくることはないだろうと。だが、念のためもう1つ手を打っておいてもいいかもしれない。
「ねえ、ヴァイオレット。面白い噂を流しておかない?」
マーガレットが耳打ちすると、ヴァイオレットの口元が三日月型にゆがむ。
「それはとても面白そうね」
結局、お茶会に聖女ローズが参加することはなかった。集まっていた令嬢達は聖女ローズがなかなか現れないことを心配していた様子だったが、マーガレットから聖女は体調が優れず急遽欠席となったと説明され、とりあえずは納得した様子を見せた。
翌日、公爵家の元に聖女ローズの名で教会から謝罪文が届けられた。
そこには昨日の茶会で大変な迷惑をかけてしまったことを深く詫びる内容が過剰なほど丁寧に書かれていた。そして教会としてはできる限りの謝罪と賠償をするので、どうか命だけは許してほしいと書かれていた。
受け取った公爵は首をかしげた。そして一家の晩餐の席でマーガレットに尋ねた。
「教会から聖女の名で謝罪文が届いたが、茶会で何かあったのか?」
マーガレットはすました様子で答えた。
「聖女様が体調を崩されてしまったため、お茶会に出ることなく帰られてしまっただけですわ」
それにしては文章が大仰だったがと公爵は腑に落ちないものを感じたが、フローレンス公爵家が大貴族である故に必要以上に恐れられているのかもしれないとも思い、それ以上追求しなかった。
教会には「謝罪は受け取る。そして賠償を求めることはしない」という内容で返信し、公的にはお茶会のちょっとした騒動は一旦収められたのであった。
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