2 悪役令嬢マーガレット・フローレンス
ところが、一人心穏やかでない者がいた。
マーガレット・フローレンス、フローレンス公爵家の長女だ。マーガレットには前世の記憶があった。彼女の認識ではこの世界は「聖なる薔薇乙女伝説」という乙女ゲームで、恋愛あり、友情あり、冒険ありのファンタジーワールドだ。そして主人公のローズは聖女になることを夢見る少女である。彼女は学園に入る直前に聖女の素質を見いだされ、慣れない王立学園での生活に翻弄されながらも、立派な聖女になるべく努力を続けていく。そして攻略対象と出会い恋を知った少女は護るべき大切な人を得たことで聖女の力を覚醒、立ちはだかる強大な敵を倒して、愛する人と大団円。そんな感じの王道なゲームだ。
マーガレット・フローレンスは王太子ルートの悪役令嬢だ。といってもその立場は王太子の婚約者候補でしかない。そして悪役令嬢らしく主人公ローズの邪魔をするのだが、その内容は貴族のお嬢様らしく嫌みを言う、無視をするといったお上品なもの。よくある階段から突き落とすといったような暴力的な行為はしない。そして所詮婚約者候補でしかないので、婚約破棄を食らわされたあげく処罰されるようこともない。エンディングでは、結ばれて祝福される王太子とヒロインが描かれたスチルの端っこで悔しそうにしている姿が描かれる、そんな程度の平和な悪役令嬢だ。
しかし、これは通常ルートの話。
攻略対象のルートをすべて攻略するとエクストラルートが出てくる。これが問題だった。
エクストラルートでは最初から主人公ローズのステータスが最強状態である。そしてその攻略対象は通常ルートのヒーロー全て、いわゆる逆ハーレムが可能だ。何なら一人の例外を除いて通常ルートのライバル令嬢すら攻略できる。そしてその攻略できない一人の例外というのがマーガレット・フローレンスだった。エクストラルートのマーガレット・フローレンスは王太子の婚約者候補ではなく、正式な婚約者である。そして、彼女は孤児上がりの聖女であるローズを厭い、通常ルートとは異なる苛烈な嫌がらせを仕掛ける。しかし、ローズのステータスが強すぎるため、その嫌がらせはまったく効かず、その嫌がらせは全て自分にはね返ってきてしまう。エクストラルートのマーガレット・フローレンスは終始コメディーに徹する道化のような立ち位置なのだ。そしてヒロインが誰を攻略したかにかかわらず、マーガレットは王太子から婚約破棄を言い渡され、王都から追放されてしまう。
一人だけ仲間はずれの悪役にされたあげく、追放だなんて酷くない?
前世を思い出したマーガレットは天を仰いだ。
これだけではない。公開婚約破棄からしばらくの後にラスボス戦となるのだが、そのラスボスというのが何を隠そうマーガレット・フローレンスである。追放されたことを逆恨みしたマーガレットはその身に悪魔を取り込み、ネイプルズ王国もろともローズを滅ぼすべく立ちはだかる。だがエクストラモードのローズは最強ステータス、何ならその仲間もステータス最大値である。そのため、ラスボスとなったマーガレットはほとんどの場合でなすすべもなくたこ殴りにされて終わってしまうのである。むしろ負ける方がとても難しいとされるほど。エクストラルートのマーガレットは最後まで道化な悪役なのである。そもそもエクストラルート自体が制作陣が悪乗りして製作したトンチキ仕様の余計なおまけであった。
そしてエクストラルートのラスボスとなったマーガレットであるが、いかがわしい魔女のような出で立ちで、衣装の面積がとても少なく扇情的な姿になる。元々、マーガレットは宵闇のような黒髪、ルビーのような赤い瞳の顔立ちがはっきりした意志の強そうな美少女だ。体付きもヒロインより遙かに良い。それが闇落ちして薄着になれば、お色気たっぷりの悪役のできああがりだ。
ラスボス仕様のマーガレットをデザインした奴は出てこい!
とマーガレットは憤った。
健全なファンタジーものの乙女ゲームはずなのに一人だけ18禁ゲームじゃないか!
案の定ラスボス姿のマーガレットは、一部の拗らせた絵師の性癖にぶっ刺さったようで、イラストサイトにはラスボス仕様のマーガレットの卑猥なイラストが多数投稿されていた。
前世で見たときは呆れるだけだったが、今世では自分がそのマーガレットなのだから本当に頭が痛い。
何が悲しくて闇落ちスケベ女にならなきゃいけないのよ、とマーガレットは怒りをあらわにしたが、それをぶつけられる相手は残念ながらおらず、腹いせに枕を殴ってはみたものの、令嬢の細腕ではぽふんという気が抜けた音がするだけだった。
この世界が「聖なる薔薇乙女伝説」の世界であることを思いだしたマーガレットが確認したことは、通常ルートとエクストラルートのどちらに進んでいるかだった。通常ルートならば王太子に振られて悔しい思いをする程度で済むが、エクストラルートなら仲間はずれにされたあげく、お色気闇落ちラスボス女にされてしまう。
そして、どうやらこの世界はエクストラルートに向かっているらしいことがわかってきた。ヒロインのローズは既に聖女候補ではなく、正式に第23代聖女を襲名している。そしてその実績も出てきてしまっている。
さらにマーガレット自身も王太子の婚約者となってしまっていた。前世を思い出した時には既に婚約が結ばれた後だったのである。そして、王太子はマーガレットを婚約者として大切に扱っており、マーガレットの側から婚約解消を言い出すことはとてもではないができなかった。
マーガレットを取り巻く状況は大分不利といってよかったが、それでもみすみす破滅してラスボスになんぞなりたくはない。なのでマーガレットはエクストラルートを阻止すべくできることを行った。
「フェレッラ伯爵家が長女、ヴァイオレット・フェレッラと申します。未来の王太子妃たるフローレンス公爵令嬢にこうしてお会いできて光栄ですわ」
「丁寧なご挨拶をありがとう。わたくしのことはマーガレットと呼んでくれるとうれしいわ」
まずヒロインのサポートキャラとなる令嬢を取り込んだ。その令嬢はヴァイオレット・フェレッラ、フローレンス公爵領に隣接する領地を治めるフェレッラ伯爵家の娘である。ゲームではローズの学園入学とともに、フェレッラ伯爵家が彼女の後見となる。そしてヴァイオレット・フェレッラは後見となった家の令嬢として、そしてローズの親友として彼女の貴族学園生活を支えるのである。さらに彼女はステータスも高い。支援回復防御を得意とするローズに対し、その親友のヴァイオレットは攻撃魔法特化型で、ラスボス化したマーガレットにもえげつない攻撃魔法をたたき込んでくれる。
マーガレットは学園入学に先んじてヴァイオレット・フェレッラと交流を深めていった。ヴァイオレットは素直で人なつっこい性格なのか、すぐにマーガレットと打ち解けた。ゲームでも伯爵令嬢の彼女が孤児上がりのローズに偏見を持つことなく接していたのはおそらくその性格もあるのだろう。
ヴァイオレットを味方に引き込むとともに、聖女ローズのことも調べ上げた。父親の公爵からも情報をもらったが、そちらにはマーガレットの望む情報はなかった。なので独自に調査をするとともに、仲良くなったヴァイオレットを始め、取り巻きの令嬢達の伝手も使用した。
するとマーガレットの興味を引く疑惑が浮かび上がってきた。
聖女ローズは地方に遠征したがらない。
表向きの理由はローズの身体が弱く、遠征に耐えられないからだとされているが、魔導車に乗って移動できないほど虚弱ではないという。実際、王都の教会で遠目に見た聖女ローズは深刻な病態を抱えているようには見えなかった。ところが、ローズ自身がかたくなに長距離の移動を拒否している。それゆえ、これまで聖女ローズの地方遠征は実現していなかった。
さすがに教会もそのままではまずいと思ったのか、先日初めて聖女ローズの地方遠征が行われた。行き先はミラン辺境伯領、ネイプルズ王国の最東端の領地だ。そこで大規模な瘴気の発生と邪龍の出現があり、現地の騎士団だけでの対処は難しいとされ、教会へ救援要請が出された。ところが、通常の魔導車を使用すれば3日ほどで済む旅程を、聖女ローズは10日間もかけた。そして聖女ローズがもたもたと移動している間に、邪龍はかけつけた先代聖女の協力により討伐され、瘴気の発生もいつの間にか収まってしまった。聖女ローズがミラン辺境伯領に到着した時には、邪龍討伐の宴が盛大に開かれている最中で、聖女ローズ一行はちゃっかりと宴に混ざって盛大なもてなしを受けていたという。
「つまり、聖女ローズは邪龍討伐に遅れたあげく、何もせずにお祭りだけ参加していたわけ? 何を考えているのかしら」
ヴァイオレットが憤慨する。この頃には二人の交流は進み、マーガレットとヴァイオレットは互いに敬称をつけず名前を呼び合い、プライベートな場では砕けた話し方をするほどに仲が良くなっていた。
「聖女の自覚があるならば遅れるなんて言語道断、むしろいの一番に駆けつけるべきよ。たまたまミラン辺境伯領の場合は先代様が駆けつけてくれたからいいものの、そうでなかったらどれだけ被害が出ていたことか!」
ヴァイオレットは怒りを露わにしている。彼女の正義感の強さはゲームと変わらないとマーガレットは彼女と付き合いを深めていくうちに確信した。そしてその正義感の強さを利用した。
ゲームではその正義感でローズに嫌がらせをする心ない貴族令嬢たちに立ち向かいローズを守っていたが、今の世界ではその正義感の矛先は不甲斐ない聖女を紛糾する方向に向けられている。そうなるようにマーガレットは聖女ローズの悪評を少しずつヴァイオレットに刷り込んでいったからだ。それは予想以上に上手くいき、ヴァイオレットは今や聖女ローズを親友であるマーガレットの敵として嫌悪するようになっていた
さらにローズの疑惑は出てくる。
聖女ローズは祝福に対し、物品を要求している。
金銭や高価な宝飾品をせしめているという証拠はつかめなかったが、祝福を授ける土地の特産品を要求しているらしいという情報が得られたのである。そのくせ、祝福を授ける土地に出向くことはしない。王都の教会で儀式をして終わりである。
これが先代聖女であれば土地への祝福を授けるとなれば、何も受け取ることなく喜んでその土地に出向いたというのに。
「聖女が代替わりしても、王国は平和と豊作が続いているけれど、それは先々代様や先代様が頑張ってくださるおかげじゃないかしら? きっとアレはなにもしてないのよ。アレはフェレッラ伯爵領の出だそうだけれど、そこを治める領主の娘としてはアレが聖女だなんて恥ずかしい限りよ!」
親友になるはずだったヴァイオレットからもはや“アレ”呼ばわりされている聖女ローズ。ヴァイオレットはすっかりこちらの味方になったとマーガレットは内心ほくそ笑んだ。そしてヴァイオレットが言うように聖女ローズの功績は先代や先々代の功績を横取りしたものなのかもしれない。
マーガレットはある可能性に思い至った。
それは聖女ローズもマーガレットと同じように前世の記憶持ちの転生者だということだ。
乙女ゲームもさることながら、前世ではその乙女ゲームの世界を舞台にした悪役令嬢ものの小説や漫画も多く出版されており、前世のマーガレットもそれらを嗜んでいた。そして悪役令嬢ものの敵としてしばしば出てくるのが、転生者のヒロインだ。転生者のヒロインはあの手この手で悪役令嬢を嵌めようとしてくるのだが、最後には悪役令嬢にやり返されるされるというのがお決まりだ。
そしてその手の性悪ヒロインが聖女だという話も非常に多く、性悪聖女が多すぎないかと苦笑したことが思い出されるが、まさか自分がその性悪聖女と対決することになろうとは、前世ではそんな小説を読んでいるときには当然考えもしなかった。
そしてこの手の性悪聖女は攻略対象を籠絡して逆ハーレムを作ろうとするのがお決まりだ。「聖なる薔薇乙女伝説」のエクストラルートは逆ハーレムも可能で、これを性悪聖女が狙わないはずがない。ゲーム開始となる学園入学まではまだ時間があるが、できるなら先手を打ってゲーム攻略が進まないようにしたい。
「あの聖女も私たちと同じ時期に学園に入学するのでしょう?」
マーガレットが不安そうな表情を浮かべてみせると、ヴァイオレットがわかりやすく憤る。
「アレのことだから、聖女の立場を利用して好き勝手するに違いないわ!」
「そうねぇ。例えば見目麗しい殿方を侍らせたがるとか」
「性格の悪そうなアレがやりそうなことね。王太子殿下も狙われるかもしれないわ」
「間違っても王太子殿下が籠絡されるとは思えないけれど、私が殿下の婚約者だからって嫌がらせされたりしないかしら」
二人はしばし考え込んだ。そしてヴァイオレットがおもむろに口を開いた。
「アレの弱みを握るのはどう?」
聖女ローズの疑惑ならばいくつか見つかったが、追い詰めるならばもう少し決定的なものが欲しい。そもそも今のマーガレットは聖女ローズ本人をよく知らない。王都の教会で遠目にその姿を見たことがあるだけだ。
「一度くらい直接会ってみるのもいいかもしれないわね」
「アレと会うの? 大丈夫?」
「この公爵領の本邸ならば周りは私の味方よ。いきなり学園で鉢合わせするよりは遙かに安全だと思うわ。ヴァイオレットも協力してくれる?」
「もちろんよ!」
こうしてマーガレットとヴァイオレットは聖女ローズを呼び出す算段を整えたのである。
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