03 アカデミー
日は沈みかけ、アカデミーの校舎内は暗く見通しは悪くなる。そんな日常の少し不快な瞬間も、照明器具という人類の発明によりすぐさま解消される。校舎内に明るさが戻るが生徒はほとんど残っていないため、活気までは戻らない。教官にとっては一息つく時間だ。
ここはノトス区の特殊警護団フェニックスの団員養成アカデミー”P.A.”
15歳から18歳の200名余りの男女が在学。制圧術や学問を身につけ、街の治安維持を担うための教育を受ける。さらにフェニックス本部には約500名の団員が所属している。
アカデミー生の指導にあたる教官は警護団員より選出される。今期入学者の指導教官はなかなか決まらなかった。というのも手がつけられなさそうな問題児が二人ほどいるとのことで、誰もやりたがらなかったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、たった今トラブルの処理に駆り出されているこの女性だ。優秀だが警護団の中では、アカデミー生から団員にあがったばかりの若手のため拒否権はなかった。不本意で未経験な業務。ストレスは溜まるばかりで、怒りの感情が消える日はない。、
肩甲骨あたりまで伸ばした黒髪を後ろにひとつにまとめ、肌は白く淡麗な容姿をした女性の額には青筋が浮かび上がっていた。そしてその眼光は凍てつく程に冷たく、他を寄せ付けない雰囲気を帯びている。
それもそうだろう。
問題児二人が教室で暴れている。その報告を受け駆けつけたというのに、その問題児達の姿は見当たらない。
どうやったのかは分からないが、自身が駆けつけるのを察して立ち去ったのだろう…と女性は直感した。
そして更に眼前に広がる光景。散乱した机と椅子、倒された机からは教科書や食べかけのお菓子と空箱などが溢れ、そこら中に落ちていた。壁や天井、窓は破壊されておらず器用に暴れたのだろう。床には激しい戦闘痕が黒ずみとして刻まれている。その中途半端な気遣いが余計に女性の神経を逆撫でした。
「なるほど…。これで逃げ切ったつもりなのでしょうね。そんなものは一時しのぎにすぎないというのに…。明日が来るのを楽しみにしているわ。」
女性の顔は微笑んでいるように見えるが、纏う雰囲気が怒りのそれのため不気味だ。何より普段から表情を変えることがないため、貼り付けたような微笑と立ち上る闘気が周囲の生徒を威圧するのには十分だった。
「せ…先生。あの…片付けは…さすがにやった方が良いですかね?」
「言わずもがなですね。あなたたちのクラスで起きたことは連帯責任です。もちろん、反論や意見があれば受け付けますが?」
女性は選択肢があるようで無いような眼力と圧を込め、質問してきた生徒へ答えた。
「ないです!片付けます!」
質問した生徒はもはや無意識に答えてしまっていた。
「片付けが終わり次第、速やかに帰宅して下さい。」
「はい…!」
「まったく。だから教官なんてやりたくなかったのに…。しかし、あの二人…。言葉で伝えても理解出来ないのなら、いっそ力づくで分からせてしまえば…。」
そう言い残し、憂うつな影を落とした女性は教官室へと戻るのだった。その呟きを聞いていたクラスメイトは自分の事ではないのに、震え上がってしまった。
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ケンカの後はめちゃくちゃ腹が減る。オレとアルドルは飯屋に寄って、腹いっぱい食べた後に別れた。
ところで皆は“お腹いっぱい夢いっぱい”という言葉を知ってる?それはね、つまり、お腹が膨れたら夢いっぱいってことです。
え?つまり?夢いっぱいとは?知らん。
あーもうだめだ。満腹で思考力と語彙力がゼロ。
「たでーまー(ただいま)。」
返事なんてないだろうけど一応ただいまを言ってしまう、でもそれを言う相手がいなけりゃ適当なもんだ。だけど誰もいないと思っていた部屋には珍しいシルエットがあった。暗い部屋でスポットライトを当て、机の上で手を組み少し俯く男の顔には影がかかり表情は読めない。
何その演出。いつからその状態で待ってたの?暇なの?
「リゼ教官から僕に連絡があったよ。心当たりがあるよね?まぁ立ち話もなんだから、座りなさい。」
ドクン!と心臓が飛び跳ねた感覚。さっきまでの夢いっぱいの気分は一瞬で絶望に変わった。冷や汗が背中を伝う。
「あ、あのですね?これには理由があるというか。あるようでないというか。まぁないんだけど。すませんしたぁ…!!」
こういうのには勢いが大事だ。そして、下手な言い訳も逆効果なのも理解している。罪を認めて素直にごめんなさいをする。何事も先手必勝。スピードは攻撃力でもあり、防御力でもある。
目の前の男、オレの親父ははぁ…とため息をついた。そのまま沈黙が続く。時計の針がチカチカと音を立てて、何か言われるのを待つ。
「学校は楽しいかな?」
と親父は優しい口調で聞いてきた。怒られると思ったからなんだか気が抜ける。
「まぁ楽しいかな?相変わらず変な声は聴こえることはあるけど、余計なこと考える暇ないから気にならなくなったしな。それにその声も結構役に立つことがあるから、最近はありがたい存在だったりする…かな?」
「そうか。レイを特殊警護団のアカデミーに行かせたのは正解だったようだね。アイリちゃんの心配事も減ったと思うし。……いや、むしろ役割を増やしてしまったかな?ハハハ。」
親父は湯気立つお茶を飲んで一息ついた。気が緩んだのか、表情は微笑んでるように見える。
「アイリが?なんで?というか怒んないのか?」
あとこのスポットライト演出はいつまで続くの?とか色々聞きたいことはある。
親父はオレにもお茶を淹れ渡してくれた。ちょうど飲み頃の温かさだ。食後のお茶は心が安らぐ。ほろ苦くも甘い味が口内に広がる。ただでさえ低下した思考力が更に落ちていくように感じた。
「まぁ学校で起きたことについては、僕がとやかく言うことではないさ。レイももう善悪の判断くらいはつくだろう?それにどうせ明日リゼ教官から話があるのだろうし…ね。」
まぁそうでしょうね!明日確実に説教が待ってるのだろうが、今その時のことを考えて憂うつになっても意味はない。何事も前向きに!だ。
「さてと、僕は仕事を途中で投げ出してきたから戻らないと。ではレイ、おやすみ。明日遅刻しないようにね。絶対にサボっちゃいけないよ?」
「わかってるって。親父、おやすみ。仕事頑張れよ!」
親父はニコリと笑うと部屋から出ていった。玄関を出て行ったのかどうか分からないうちに親父の気配は消える。いつもオレを起こさないように家に出入りする親父の気遣いにはありがたい気持ちもあるけど、別にそんな気を遣わんでも…とも思う。まぁ多分そういう性分なんだろうな。
ちなみにオレには母親はいない。オレを産んだ時に死んでしまったと聞かされている。母親がいないことで特にそれが悲しいと思ったことはない。親父は仕事が忙しいらしく、家にいることが少ない。しかし今日みたいな出来事があると帰ってきて話をしてくれる。
親父、忙しいのに面倒事ばっか起こしてごめんな。オレは悪くないんです!周りの皆が無駄に絡んでくるからしょーがないんです!とか言ったら怒られそうだな。
んでまぁ、そんな感じの家庭事情を見かねたオレを、近所に住む幼なじみのアイリの家族が気にかけてくれてるおかげで、元気でいられてる。
オレに同情的な目を向けて来る奴も少なくないけど、小さい頃は頭の中に響いてくる声みたいなのが友達みたいなもので寂しいことはなかったかな。みんなも同じように声は聞こえるもんだと思ってたが、アイリからはそんな人はいないと言われて驚いたっけか。一応色々な人に聞いてみたことがあって、みんなオレを奇妙なものを見るような目で見た。
そん中でアルドルくらいかな。信じてくれてるのは。最初は怪訝そうな顔をしてたが、最近はからかってはくるもののオレの”声”が聞こえるって話を信じてくれている。それにケンカの相手になってくれるのはあいつくらいしかいない。それはお互い様なんだろう。いつしかオレ達は親友で、いつもつるむようになっていた。
…さて、寝るかな。
明日はどんな1日になるんだろうか。良い日ではないのは確実だが、それでも明日起こる出来事に想いを馳せて眠りについた。




