03 アカデミー
日は沈みかけ、校舎内は暗く見通しは悪くなる。
そんな日常の少し不快な瞬間も、照明器具という人類の発明によりすぐさま解消される。
校舎内に明るさが戻るが生徒はほとんど残っていないため、活気までは戻らない。
ここはノトス区の特殊警護団フェニックスの団員養成アカデミー”P.A.”
15歳から18歳の男女が在学している。
制圧術や学問を身につけ、街の治安維持を担うための教育を受ける。
指導にあたる教官は警護団員より選出される。
今期入学者の指導教官はなかなか決まらなかった。
というのも問題児が多いため、誰もやりたがらなかったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、たった今トラブルの処理に駆り出されているこの女性だ。
優秀だが警護団の中では若手のため拒否権がなかったのだ。
ただでさえ不本意で不慣れな業務。
しかし、更なる不快とストレス、怒りがこの女性に降りかかることとなる。
肩甲骨あたりまであろう髪を後ろにひとつにまとめ、肌は白く淡麗な容姿をした女性の額には青筋が浮かび上がっていた。
それもそうだろう。
問題児二人が教室で暴れている。
その報告を受け駆けつけたというのに、その問題児の姿は見当たらない。
そして更に眼前に広がる光景だ。
散乱した机や椅子、倒された机からは教科書や食べかけのお菓子、お菓子の空箱などが溢れ、そこら中に落ちていた。
壁や天井、窓は破壊されておらず器用に暴れたのだろう。
その中途半端な気遣いが余計に女性の神経を逆撫でした。
「よーしよし。なるほど…。逃げ切ったつもりなのでしょうね。そんなものは一時しのぎにすぎないというのに…。明日が来るのを楽しみにしています。」
女性の顔は微笑んでいるが、纏う雰囲気が怒りのそれのため不気味だ。
「せ…先生。あの…片付けはどうしましょうか…?」
「言わずもがな。君たちのクラスで起きたことは連帯責任です。もちろん反論や意見があれば受け付けるけますが?」
女性は選択肢があるようで無いような圧を込め、質問してきた生徒へ答えた。
「ないです…。片付けます。」
生徒はその圧力に顔を引き攣らせた。
「よろしい。片付けが終わり次第、帰宅するようにお願いします。」
「はい…!」
「まったく…。ストレスは肌に悪いというのに…。」
そう言い残し、憂うつな影を落とした女性は教官室へと戻るのだった。
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「お腹いっぱい夢いっぱい」
という言葉を皆知ってるかな?
お腹が膨れたら夢いっぱいってことです。
つまり?夢いっぱいとは?
あーもうだめだ。満腹で思考力と語彙力がゼロ。
「たでーまー」
誰もいないと思っていた部屋には珍しいシルエットがあった。
暗い部屋でスポットライトを当て、机の上で手を組み少し俯く男の顔には影がかかり表情は読めない。
何その演出。いつからその状態で待ってたの?暇なの?
「リゼ教官から私に連絡があったよ。心当たりがあるよね?まぁ立ち話もなんだから、座りなさい。」
さっきまでの夢いっぱいの気分は一瞬で絶望に変わった。
「あ、あのですね?これには理由があるというか。ないというか。まぁないんだけど。すませんした…!!」
こういうのには勢いが大事だ。
そして、下手な言い訳も逆効果なのも理解している。
罪を認めて素直にごめんなさいをする。
何事も先手必勝。スピードは攻撃力でもあり、防御力でもある。
目の前の男、オレの親父ははぁ…とため息をついた。
「学校は楽しいか?」
と聞いてきた。
「まぁ楽しいかな?相変わらず変な声は聴こえることはあるけど、余計なこと考える暇ないから気にならなくなったしな。
それにその声も結構役に立つことがあるから、最近はありがたい存在だったりする。」
「そうか。お前を特殊警護団のアカデミーに行かせたのは正解だったようだね。アイリちゃんの心配事も減ったと思うし。いや…むしろ増やしてしまったかな?」
親父は湯気立つお茶を飲んで一息ついた。
気が緩んだのか、表情は微笑んでるように見える。
「アイリが?なんで?というか怒んないのか?」
あとこのスポットライト演出はいつまで続くの?
とか色々聞きたいことはある。
親父はオレにもお茶を淹れ渡してくれた。
ちょうど飲み頃の温かさだ。
食後のお茶は心が安らぐ。
ただでさえ低下した思考力が更に落ちていく。
「まぁ学校で起きたことについては、私がとやかく言うことではないさ。レイももう善悪の判断はつくだろう?それにどうせ明日リゼ教官から話があるのだろうし…ね。」
まぁそうだろうな。明日確実に説教が待ってるのだろうが、今その時のことを考えて憂うつになっても意味はない。
「さてと、私は仕事を途中で投げ出してきたから戻らないと。ではレイ、おやすみ。」
「おう。おやすみ。」
そうして親父は部屋から出ていった。
オレには母親はいない。オレが生んだ時に死んでしまったと聞かされている。
母親がいないことで特にそれが悲しいと思ったことはない。
親父は仕事が忙しいらしく、家にいることが少ない。
しかし今日みたいな出来事があると帰ってきて話をしてくれる。
親父、忙しいのにごめんな。
そんな感じの家庭事情を見かねた近所に住む、幼なじみのアイリの家族がオレを気にかけてくれているのだ。
同情的な目を向けて来る奴も少なくないが、小さい頃は頭の中に響いてくる声みたいなのが友達みたいなもので寂しいことはなかった。
みんな同じように声は聞こえるもんだと思ってたが、アイリからはそんな人はいないと言われて驚いたな。
一応色々な人に質問してみたが、みんなオレを奇妙なものを見るような目で見た。
アルドルくらいか。信じてくれてるのは。
最初は怪訝そうな顔をしてたが、最近はからかってはくるもののオレの”声”が聞こえるって話を信じてくれている。
…さて、寝るかな。
明日はどんな1日になるんだろうか。
良い日ではないのは確実だが、それでも明日起こる出来事に想いを馳せて眠りについた。




