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境界線を越える
葵が「……はい」と答えたあと、
大和は一瞬だけ呼吸が止まった。
(……断られなかった)
その事実が、胸の奥に静かに広がっていく。
抑え込んできた感情の輪郭が、
ほんの少しだけ浮かび上がる。
店内を片付けながら、
ふと視線がテーブルに落ちた。
かつては、
このテーブルが“越えてはいけない線”だった。
踏み込まないための距離。
(……でも今日は、自分から越えた)
その線をまたぐように誘った。
そして──及川さんは拒まなかった。
それだけで、
胸の奥がふっと軽くなる。
照明を落とし、最後の鍵をかける。
夜風が頬を撫でた瞬間、
今日の出来事がようやく現実として落ちてきた。
(……明日、会えるんだ)
抑えようとしてきた気持ちが、
静かに息を吹き返す。
ふと、
自分が明日をオフにしていた理由が胸に浮かぶ。
(……最初から、どこかで思ってたんだろうな)
もし来てくれたら。
もし話せたら。
もし、もう一度だけ向き合えるなら。
そんな“もし”を、
自分でも気づかないふりをして
そっと残していた。
そして今日、
その“もし”が形になった。
拒絶されなかった。
それだけで十分だった。




