星空が二人を近づける
葵が空になったショートグラスをそっと置いた。
その小さな音に気づいた大和が、静かに歩み寄る。
「……お口に合いましたか」
葵は一度だけ息を整え、大和を見上げた。
「はい。
店長のオリンピック……
やっぱり特別でした。」
その“やっぱり”が胸の奥に落ちた瞬間、
大和の心がわずかに揺れた。
(……やっぱり、か)
それは、
“他の誰でもなく、自分の一杯を選んでくれた”
そんなふうに聞こえてしまう言葉だった。
喉の奥で小さく息を飲む。
表には出さない。
けれど胸の奥が、静かに熱を帯びる。
葵の目元には、
さっきの一口の余韻がまだ残っていた。
涙ではない。
けれど、感情がふわりと滲んで、
瞳の奥が柔らかく揺れている。
(……そんな顔、見せられたら)
大和は言葉を返せないまま、
ただその表情を受け止めるしかなかった。
葵は続けようとした。
「店長、次は──」
その瞬間、
店内の照明がふっと落ちた。
空気が静かに変わる。
天井に星がゆっくりと浮かび上がる。
灯-OTARU-の“星空の時間”。
葵は言葉を止めて、
思わず見上げた。
「……わぁ」
息みたいな声が漏れる。
「キレイ……」
星の光が、
葵の横顔を淡く縁取る。
まつげの影も、頬の赤みも、
その光に溶けていく。
大和は、その横顔にまた胸を掴まれた。
(……やっぱり、なんて言われたあとに)
「……星空の時間、始まったよ」
自分でも分かるほど、
声が優しくなっていた。
星の光が静かに降り注ぐ中、
葵は星空を見上げたまま、
頼もうとしていた一杯を言えなくなる。
大和もまた、
胸の奥の熱を持て余していた。
ずっと噛み合わなかった心が、
同じところで静かに立ち止まった気がした。
それは、
二人が望んだわけでも、
言葉にしたわけでもない。
ただ──
星空が、そっと二人を近づけた。




