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境界線の前に立つ
閉店後の店内は、
昼間の賑わいが嘘みたいに静かだった。
照明を落としたカウンターの向こう。
数日前、葵が座っていた席が
ふと目に入る。
大和は、ゆっくりとその席の前に立った。
テーブルを挟んで向かい合う形になる。
その距離が、妙に胸に引っかかった。
(……ここに、及川さんが座ってたんだよな)
昼の行列の最後尾で見た横顔。
夜の静かな店内で、一瞬だけ合った視線。
忙しさに紛れて、
ちゃんと向き合えなかった距離。
テーブルの存在が、
“店員と客”という境界線を
そのまま残しているように見えた。
(俺は店員で、
及川さんはお客さんで)
当たり前のことなのに、
胸の奥が少しざわつく。
手を伸ばせば届く距離なのに、
越えてはいけない線が
確かにそこにある。
大和はそっと、
葵が座っていた席の背もたれに触れた。
ほんの数日前のことなのに、
ずっと前の出来事みたいに感じる。
(……来てくれたんだよな)
その事実だけが、
じんわりと胸の奥に広がっていった。




