大和が動き始める
昼過ぎの北海道。
まだ什器も入っていない、
コンクリートの匂いが残る店内。
図面を広げたテーブルの上に、
大和のスマホが伏せて置かれている。
業者との打ち合わせが終わり、
ふと一息ついた瞬間──
無意識にスマホを手に取っていた。
(……また見てるな、俺)
自分に苦笑しながら、
葵のアカウントを開く。
ギムレットの投稿。
編集された文章。
そして、あのタグ。
#言葉の代わりに出す一杯
胸の奥が、また静かに疼く。
(……既婚者なら、こんな投稿しないよな)
昔、虹の投稿で見た指輪。
あれは確かに左手だった。
でも──
灯-tokyo-で再会した夜、
葵の左手には何もなかった。
(……見間違いじゃないはずだ)
期待しちゃいけない。
勘違いしちゃいけない。
そう思って、
その違和感を押し込めた。
でも、
ギムレットの投稿がその蓋を外してしまった。
(……期待していいんじゃないか)
図面の上に置いたスマホを見つめながら、
胸の奥で静かに形になり始める。
ふと、
葵が飲んでいたグラスホッパーの写真が頭に浮かぶ。
ミントの香り。
甘さ。
軽やかさ。
そして──
“幸せ”というカクテル言葉。
(……味、どうだったんだろう)
気づけば、
DMの画面を開いていた。
指が止まる。
何を書けばいいのか分からない。
踏み込みすぎてもいけない。
距離を戻すのも違う。
(……自然で、
でも、ちゃんと伝わる言葉)
何度か打っては消し、
言葉を整えていく。
最初に浮かんだ敬語は消した。
馴れ馴れしい文も消した。
残ったのは、
自身の“揺れ”が滲む短い文章。
---
> この前、グラスホッパー飲んでたよね。
> 俺は対応できなかったけど、
> ちょっと気になってた。
> 味、どうだった?
---
送信ボタンの上で指が止まる。
(……これでいい)
不自然じゃない。
でも、
“あなたを見ていた”という気持ちは伝わる。
そして何より──
返事がほしい。
会話が続いてほしい。
そんな願いが、
最後の一行に静かに滲んでいた。
大和は息を吸い、
そっと送信ボタンを押した。
コンクリートの冷たい空気の中で、
スマホの画面だけが温かく光っていた。




