オープン前日
オープン前日の店内は、
工事の音も消え、
静けさだけが残っていた。
昼のスイーツの仕込み台には、
まだ誰も触っていない真新しいボウルが並び、
夜のバーのカウンターには、
磨き上げたグラスが整然と並んでいる。
(……明日、ここに人が入るのか)
胸の奥がじんわり熱くなる。
告知は想像以上の反響だった。
駅前の大型ビジョン、SNS広告、雑誌の特集。
「灯 -tokyo-」の名前は、
一日で東京中に広がった。
そして、
大和の横顔が一瞬だけ映る動画は、
思った以上に話題になった。
「大和さん、メディアから追加取材の依頼来てます」
「夜のカクテルのコンセプト、記事にしたいって」
スタッフが次々と声をかけてくる。
(……ありがたいけど、落ち着かないな)
大和は苦笑しながら、
バーの棚に並べたボトルを見上げた。
夜のメニューは、
ただのカクテルではない。
“言葉の意味を持つカクテル”
それが大和のこだわりだった。
- ブルームーン
──「叶わぬ恋」
- オールドファッションド
──「変わらない想い」
- サイドカー
──「別れの余韻」
- ホワイトレディ
──「純粋」
- アレキサンダー
──「甘い誘惑」
- マティーニ
──「最上の一杯」=「あなたが最高」
(……意味なんて、誰も気にしないかもしれないけど)
でも、
大和にとっては大事だった。
“言葉にできない気持ち”を
カクテルに託すこと。
それは、
自分自身のためでもあった。
ふと、
昼間の大型ビジョンに映った自分の横顔を思い出す。
(……見てくれたかな)
名前は思い浮かべない。
でも、
胸の奥に浮かぶ“誰か”はひとりだけだった。
スタッフが声をかける。
「大和さん、明日の動線確認お願いします」
「はい」
大和は気持ちを切り替え、
カウンターの内側に立った。
明日、
ここに人が来る。
スイーツを食べ、
酒を飲み、
誰かの一日が少しだけ温かくなる。
その中に──
あの人が来る可能性も、
ゼロじゃない。
(……来なくてもいい。
でも、来てくれたら嬉しい)
そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、
大和は最後の準備に取りかかった。




