コメント欄と危ない指先
胸の奥の温度は下がらず、
顔も熱い。
決してクッションのせいじゃない。
何をするでもなく立ち上がって、
部屋の中をそわそわ歩き回る。
落ち着かない。
深呼吸をしても、
胸の奥の灯りは消えてくれなかった。
画面を閉じても、
久しぶりに聞いた大和の声と、
スーツ姿で照れたあの表情が
頭の中で何度も再生される。
そのとき、
スマホが小さく震えた。
“コメントが追加されました”
なんとなく開いたコメント欄には、
見知らぬ人たちの言葉が溢れていた。
「冒頭かわいすぎる」
「スーツ似合ってる!」
「照れてるの反則」
「仕事モードの声、好き」
スクロールするたびに、
胸の奥がくすぐったくなる。
……けれど、
ふと気づく。
女性のアイコンが多い。
柔らかい色のアイコン、
女性らしい名前、
絵文字の多いコメント。
もちろん男性もいる。
でも、
今目に入るのは女性ばかり。
胸の奥が、
ほんの少しだけざわついた。
> みんな、今日の店長しか知らない。
その瞬間、
胸の奥に小さな熱が灯る。
18年前の店長を知っているのは、
たぶん自分だけだ。
その“時間の重み”が、
ほんの少しだけ誇らしく感じた。
気づけば、
指が勝手に動いていた。
コメント欄の入力欄に、
一行だけ文字が浮かぶ。
「店長、18年前と変わらずかっこいいです。」
そこまで打って、
葵はハッとした。
心臓が跳ねる。
指先が震える。
> だめ。
> こんなの送れない。
慌てて削除しようとした指が滑り、
送信ボタンのすぐ近くをかすめた。
画面が一瞬白く光った気がして、
息が止まる。
……送られていない。
ギリギリで止まっていた。
葵はスマホを胸に抱え、
深く息を吐いた。
> 危なかった。
> 本当に、危なかった。
でも、
さっき打った一行は
消しても消えなくて。
クッションに顔を埋めながら、
葵はそっと目を閉じた。
> 店長、18年前と変わらずかっこいいです。
その本音だけが、
胸の奥で静かに灯り続けていた。




