母の墓前で
週末の朝、
空は薄い雲に覆われていた。
風に乗って、小雪がちらついている。
降るというほどではない。
ただ、空気の中に白い粒がふわりと混じるだけで、
世界が少しだけ静かになる。
葵は手袋をはめ、
小さな花束を紙袋に入れて家を出た。
お母さんのお墓参りに来るのは、
何年ぶりだろう。
避けていたわけじゃない。
ただ、行くと胸が苦しくなる気がして、
いつの間にか足が遠のいていた。
でも今年は──
どうしてか、行ける気がした。
バスを降りると、
頬に触れた雪片がすぐに溶けた。
その冷たさが、胸の奥の緊張をそっとほどいていく。
墓地の入り口には、
枯れ葉の上に薄く雪が積もっていた。
踏むたびに、かすかな音がする。
お母さんの名前が刻まれた墓石の前に立つと、
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
雪が薄く積もった墓石は、
静かで、どこか温かかった。
葵は手袋を外し、
花をそっと供えた。
冷たい石に触れた指先が、
じんわりと痛む。
しばらく黙っていた。
何を言えばいいのか分からなかった。
でも、
ふと口が勝手に動いた。
> 「お母さん、私……前に進めてるかな」
言った瞬間、
ひとひらの雪が、
ゆっくりと墓石の上に落ちた。
その白さが、
胸の奥に静かに沁みていく。
そのとき──
背後で、雪を踏む音がした。
振り返ると、
俊介が立っていた。
花を持って、
少し驚いたような顔で。
「……来てたんだ」
俊介の声は、
昔と変わらず穏やかだった。
「うん。命日、近いから」
それだけ言って、
俊介は葵の隣に立ち、
静かに手を合わせた。
二人の間に会話はなかった。
でも、気まずさだけじゃない。
どこか、
“終わりの優しさ”みたいなものが漂っていた。
手を合わせ終えると、
俊介は小さく息を吐いた。
「……元気でね、葵」
その言葉は、
別れの挨拶みたいに聞こえた。
葵はうなずいた。
それ以上、何も言えなかった。
俊介は軽く会釈して、
ゆっくりと背を向けた。
小雪の舞う中、
その背中が遠ざかっていく。
葵は胸の奥に、
静かにひとつの線が引かれるのを感じた。
> ああ、終わるんだ。
> ちゃんと、終わるんだ。
空は相変わらず薄い雲に覆われていたけれど、
どこか少しだけ、
明るくなったように見えた。




