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20年間忘れられなかった人と、もう一度恋をする  作者: 柚原 澄香


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母の墓前で

週末の朝、

空は薄い雲に覆われていた。

風に乗って、小雪がちらついている。


降るというほどではない。

ただ、空気の中に白い粒がふわりと混じるだけで、

世界が少しだけ静かになる。


葵は手袋をはめ、

小さな花束を紙袋に入れて家を出た。


お母さんのお墓参りに来るのは、

何年ぶりだろう。


避けていたわけじゃない。

ただ、行くと胸が苦しくなる気がして、

いつの間にか足が遠のいていた。


でも今年は──

どうしてか、行ける気がした。


バスを降りると、

頬に触れた雪片がすぐに溶けた。

その冷たさが、胸の奥の緊張をそっとほどいていく。


墓地の入り口には、

枯れ葉の上に薄く雪が積もっていた。

踏むたびに、かすかな音がする。


お母さんの名前が刻まれた墓石の前に立つと、

胸の奥がきゅっと締めつけられた。


雪が薄く積もった墓石は、

静かで、どこか温かかった。


葵は手袋を外し、

花をそっと供えた。

冷たい石に触れた指先が、

じんわりと痛む。


しばらく黙っていた。

何を言えばいいのか分からなかった。


でも、

ふと口が勝手に動いた。


> 「お母さん、私……前に進めてるかな」


言った瞬間、

ひとひらの雪が、

ゆっくりと墓石の上に落ちた。


その白さが、

胸の奥に静かに沁みていく。


そのとき──

背後で、雪を踏む音がした。


振り返ると、

俊介が立っていた。


花を持って、

少し驚いたような顔で。


「……来てたんだ」


俊介の声は、

昔と変わらず穏やかだった。


「うん。命日、近いから」


それだけ言って、

俊介は葵の隣に立ち、

静かに手を合わせた。


二人の間に会話はなかった。

でも、気まずさだけじゃない。

どこか、

“終わりの優しさ”みたいなものが漂っていた。


手を合わせ終えると、

俊介は小さく息を吐いた。


「……元気でね、葵」


その言葉は、

別れの挨拶みたいに聞こえた。


葵はうなずいた。

それ以上、何も言えなかった。


俊介は軽く会釈して、

ゆっくりと背を向けた。


小雪の舞う中、

その背中が遠ざかっていく。


葵は胸の奥に、

静かにひとつの線が引かれるのを感じた。


> ああ、終わるんだ。

> ちゃんと、終わるんだ。


空は相変わらず薄い雲に覆われていたけれど、

どこか少しだけ、

明るくなったように見えた。

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