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忙しさでごまかす季節
別居して迎えた春は、思ったより静かだった。
朝の光がまっすぐ差し込む部屋で、葵は資格試験のテキストを開いた。
ページをめくる音だけが、生活の中心になった。
合格通知が届いたのは、梅雨が明ける頃。
封筒を開けた瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。
「……よかった」
その小さな声が、部屋の空気にすっと溶けた。
夏には昇格が決まり、仕事は一気に忙しくなった。
新しいマグカップを買って、デスクに置く。
それだけで、自分の生活を取り戻しているような気がした。
大和のことは、気にならなかったわけじゃない。
でも、俊介とは婚姻関係のまま。
誰かを傷つけてまで、自分の気持ちを優先するつもりはなかった。
大和がどうしているかも分からない。
連絡先も知らない。
会いに行く理由も、資格もない。
だから、ただ前を向いた。
忙しさに身を預けるように、春と夏が過ぎていった。




